復活の日




           SEQUENCE3.フェルゼンインタビュー『仕掛けられた罠』


                                               熊野郷さま 作


 まあ、他意はたっぷりあるんだが、悪意はないよ。
 単に驚く顔が見たかったんだ。
 二人を逢わせて、どんな顔をするのか、さ。
 だから、少々小細工させてもらった。
 オスカルには全く予備知識を与えずに。アンドレには、夢を見続けさせて、ね。
 彼らは私の事を、まったく疑わなかった。
 信頼してくれるのは嬉しいが、こういう時は少々胸が痛いな。
 ああ、本当に素直な二人組みだ。政治家には絶対向かない。いや、まったく。
 え? どうやってアンドレに夢を見続けさせたか?
 そもそもあのしっかり者に、どうして起きているのを夢だと思わせられるのか。かい?
 彼はね、起き抜けに囁かれると、暗示に掛かりやすいんだよ。
 嘘じゃないよ。
 何しろこれは、オスカルから聞いたんだ。子供の頃に彼女が見つけた、彼の癖なんだそうだよ。
 小さい頃は、時々それで悪戯したと話してくれた。
 楽しい話も色々聞いたが、これは私の大切な思い出として仕舞って置こう。
 まったく、人というものは面白いね。
 まあ、年を取る毎に、暗示を信じ込んでいる時間が短くなっていったと言うから、私の最初の囁きは、5分提示で覚めてしまっただろうけれど。今回は、オスカルの部屋まで暗示を信じ込んだままだと確信していたよ。
 簡単な事さ。
 この世界だよ。
 魔法のように進んだ科学文明、見た事も無い道具に機械。そして異星人。
 窓の外には飛ぶ車。威容を誇る街の景観だ。
 君が目覚め、真実を訊いた時を思い出したまえ。自分がちゃんと覚醒しているのか疑わなかったかな?
 普通の人間よりも、好奇心の強い職業にある君ですらそうなんだ、ましてや従者という、良識と常識が最も要求される職業の彼が、現実として受け入れられる筈が無い。しかも彼が起きるのを待っていたのは我々だ。
 あの運命の七月十四日の前日までしか知らない彼が、我々三人の揃う様を現実だとは思えまい。
 貴族の私、衛兵のアラン、市井の記者で民衆を扇動している君。三人揃うには、あまりにも接点が無さ過ぎる。
 つまり、私の暗示は部屋から出て廊下を歩くだけで肯定され、強く信じ込む事となる訳さ。容易に想像がつくだろう?
 だから私は、彼が目覚めて直ぐに検査を受けるように段取りを付けた、というわけさ。
 ん? どうした?
 あっはっはっはっは。
 検査の手配をしてくれたのは君だったな。まあまあ良いじゃないか、そんな顔するな。
 おかげで滅多に見れない姿が拝めただろう?
 かつて、ヴェルサイユの氷の華とまで謳われたオスカルと、静かな懐刀と密かに揶揄されていたアンドレ。
 ポーカーフェイスが常の二人が、茫然自失の躰で見つめ合う様子は、そうそう見られるものじゃない。
 オスカルは我々の居たことをすっかり忘れていたし、アンドレに至っては気が付きすらしていなかった。
 あんな二人、私も見た事は無いよ。
 悪い悪戯では無いだろう?
 なにしろ引き裂かれた恋人同士の感動の再会に、さらに劇的な演出を加えてやったんだ。小細工の甲斐があったといえるものさ。
 今夜は心から、楽しもうじゃないか。宴もたけなわだ。何しろ、これで取り合えずはみんな揃ったのだ。
 さぁ、ヴァンを飲みたまえ。こんな時ぐらいしか出てこないんだからな。この社会順応施設は妙なところが堅くて難儀だ。特別な祝い以外の飲酒を許可しないなんて、信じられないよ。ヴァンくらい水と同じじゃないか。
 愚痴ってもしょうがない。とにかく飲もう、ウルバヌス星産のヴァンも、ドイツ産位には旨いよ。
 それにしても、オスカルもアンドレも人気者だな。
 さっきからアンドレが近寄りたがって、ちらちら彼女を見ているのに、双方に群がる衛士達に阻まれて身動きとれずにいるじゃないか。
 その上オスカルの両脇にロザリーとディアンヌが陣取って、まるでとりどりの花が咲いているようだ。実に目の保養だな。
 皆が群がる筈さ。
 妬くなベルナール。
 オスカル絡みで、ロザリーが君を優先しないのは、わかりきっているだろう?
 あんな風に少女に戻って、はしゃいでいる彼女も可愛いじゃないか。
 オスカルが、初めて宮殿に彼女を伴い伺候した時、私もエスコートに加勢したんだが、あの時を思い出したよ。
 あの方にお会いして、市井に流れる歪められた噂とは真逆な人物に驚き、高貴さに気圧されて真っ赤になっていた姿が昨日のようだ。
 実に可愛らしく、初々しい令嬢だった。
 見せたかったよ、羨ましいかい?
 ははは。
 ディアンヌは更に可愛らしい。
 姉二人の傍に懐き、寄り添う末妹といった風情だな。
 あの兄からは、想像がつかない可憐さだ。
 皆が『本当に血が繋がっているのか?』と首を傾げるのには大いに賛同するよ。
 最近『遺伝子』の仕組みを齧ったんだが、あの兄妹は、まさに遺伝子の妙技だな。
 今後も、絶対似ないで欲しいものだ。
 だがオスカルは……あれは完璧に拗ねてるな。アンドレの方を見ようともしない。
 これでも付き合いは長いからな。アンドレ程では無いにしても、多少は機嫌の良し悪しは解るさ。
 え? 拗ねてるようには見えない?
 そうだろうな。
 魅了する微笑み、的確で卒の無い受け答え。天性の社交性の華を持ち、人を逸らさないカリスマ性。
 あれこそが、研ぎ澄まされた怜悧な輝きでヴェルサイユの社交界を席巻した、氷の華だよ。
 しかし、だ。
 彼女が本当に興に乗り、楽しんだりはしゃいだりしている時は、あんな風じゃないんだ。
 もっと子供の、悪戯小僧のように笑う。
 そして、ここが一番のポイントだが。『なあ、アンドレ、どう思う?』もしくは『アンドレお前はどうだ?』この台詞と彼を見る仕草が、五分に一回は出るんだ。
 それが全く無いのだ。
 機嫌が悪いと判断して差し支えあるまい。
 ………………
 ん?
 いや……哂い給え。
 また例の妄想さ。
 ここにあの方が、オスカルと並んで微笑んでおられたら、どれほど華やかだろうか…とね。
 ……本当に吹き出すとは、遠慮の無い奴だな。
 君にこそ、あの方を会わせたいよ。市井の心無い噂やその尻馬に乗った書き手達が、どれほど間違い悪意に満ちていたのかを、その目で確かめるといい。
 だが、何度も言っているが。私は君に感謝しているよ。
 君がロザリーをあの方の世話人に遣わしてくれたおかげで、あの方の最後の日々がわずかにでも慰められたのだ。
 悪意だけに取り巻かれた、絶望の内に終わらなくて、本当に良かった。心からそう思う。
 なんだい?
 だが諦めて居ないのだろうって?
 当然だ。
 実は、救命の嘆願は、ご一家全員を希望したんだよ。
 意外かな?
 そんなに驚く事でもあるまい。
 私は確かにあの方をお慕いし、恋情を返していただいた。身に余る幸福だった。
 だが、その一方で、私は十六世陛下の寛大さと懐の深さ、その人となりに心酔しても居るのだよ。
 資質や能力は、王としてのすべてをお持ちだった。あの方が持ち得なかったものは、ご自身の徳ではなく、真に頼みとできる臣下だ。それが少な過ぎた事だ。しかも私利私欲に走る貴族達は、時代を読みきろうとする陛下の目を目隠したのだ。
 三部会の惨状を、記録を見返して痛感した。
 あの方を守ると称して、独立戦争へなど逃げなければよかった。
 もっと御傍にあり、オスカルと連携して、陛下の手助けをすれば良かったと。またも後悔の穴の中さ。
 君の事もそうだ。
 君が黒騎士になるより前に出会いたかったよ。
 君を謁見に連れて行けて、庶民の目と声を直に陛下に届けられたら、あの悲劇は起きなかった。そう思う。
 ああ、歴史が変わってしまうな。
 それはそれで困る。
 今の知識が有るからこその妄想さ。
 陛下とマリー・テレーズ殿下は、規約によって無理だそうだ。
 あの方や十七世陛下に関しては未だ検討中。
 しかし朗報はある。
 ルイ・ジョセフ・グザビエ殿下は可能だそうだ。
 病の事もあり、オスカルよりも数ヶ月は長くカプセルに入らねばならないそうだが、呼べる。
 喜んでくれるか。
 ありがとう。
 君たちが口添えしてくれたおかげだよ。
 君は本当にいい奴だ。
 さて、話を戻そう。
 オスカルが拗ねて、アンドレに腹を立てているなら好都合だ、このまま一晩、彼女はロザリーに預ける。
 明日は我々の計画通りに進みそうだ。
 アンドレには気の毒だが、今夜は管を巻くアランの相手をしてもらおう。
 それにしてもアランだ。
 私は色恋に関しては、かなり鈍感だと自負してはいる。
 なにしろ十年近くも、とあるご婦人から想いを寄せられていてながら、気が着かなかったぐらいで……大体紛らわしいんだ。あんな癖があるんだから。
 五分毎にあれでは、幻惑されても仕方あるまい。
 …いや、よそう慚愧に耐えん。
 つまり、私はアランがオスカルに固執しているのは、有能な上官への尊敬と忠誠だと思っていたんだよ。
 オスカルには悪いが、やはり私にとっての彼女は、性別を抜いた存在なのだ。おかげでアンドレに恨まれずに済む。
 つまり、私が言いたいのはだな。
 ん? なになに?
 一生分の片思い?
 ほう。あんな無骨な顔をして、結構純ではないか。
 そうか、そうなのか。
 うむ。
 この中で彼の心情を一番理解できるのは、多分私だ。
 アンドレでは傷に塩を塗りこめかねん。私も加わろうじゃないか。
 ではベルナール。明日の事は手筈通りに。
 頼りにしているよ。
 さて、私はアランを慰めてこよう。
 失礼するよ。手が空いたら君も来たまえ。
 じゃあ。
 
 〔追記 インタビュアー記す〕
 この十数分後、アランとハンスの泥酔した大立ち回りが起こり、アンドレが巻き込まれて右頬に痣を作る事となった。
 これもハンスの罠の一つなのかは、判っていない。
 ただ、オスカル・フランソワが、喧嘩両成敗と称して、二人を投げ飛ばした事は、明記しておこう。


 インタビュー終了


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なんとも楽しいお話に、すっかりひきこまれました。
設定、性格、場面、どれもがこんなにしっくりはまって
そして吹き出す結末…(^o^)。
熊野郷さま、幸せなお話をありがとうございました。 
                        さわらび