復活の日




          SEQUENCE4  アランとの朝の会話『惨劇の検証』 


                                               熊野郷さま 作

なんだよベルナール。
 男の寝顔眺めて、楽しいか?
 ん? なんだこの腕。重てぇな。
 げ! 離せアンドレ!
 抱きついてんじゃねぇぜ。気色悪ぃ!
 くっそぅ……あったま痛てぇ。
 ざけんな。何があったかぐらい覚えてらぁ。
 言ってみろだぁ? なんで?
 うぜぇ。
 呑んでて喧嘩したら隊長に投げられた。おわり。
 おい、投げ飛ばされた後は、伸びてたんだよな?
 そうか。アンドレの野郎と気持ち悪く添い寝させてくれたのは、てめぇらか。
 焦ったぜ。こんなの抱いて寝たのかって。
 じゃかあしい! 俺にはそっちの趣味はねぇ!
 だいたいこいつが抱き付いてきただけだ!
 なにぃ!? この腕はフランソワとジャンの悪戯?
 あいつら。いっぺん絞める。
 ったく。ガキかって……ガキだよな。
 ガキなんだよな、あいつら。
 はぁ。
 すんげぇ年取った気がする。
 下手したら、あいつらの親父と同じぐらいなんだぜ、今の俺の歳。
 笑ってるけどな、お前も同じようなもんだろうが。
 いや。俺よりお前の方が親父だよな? 息子居たんだしよ。
 え? 俺にも居ただろう?
 女房も居ないのにガキがいるかよ!
 あん? ウジェーヌだぁ?
 ありゃあ部下だろ。
 まあ、懐っこいガキだったがな。
 実の親父と縁が薄い分、義理の親父に甘える訳にもいかなかったんだろうよ。
 いつもどこかしら気を使いながら、俺のケツにくっついて、うろちょろしてたな。
 けどな、息子ってより、弟分じゃねぇのか?
 ん? 十以上違えば、兄貴も親父も変わらねえ? まあ、そうかもな。
 やれやれ。ウジェーヌ一人でも煩かったってのに、今度は衛兵連中か。親父代わりは、柄じゃねえって。
 お前も手伝えよ、子育て経験者。
 当たり前だ。誰が見逃すかよ。
 まあ、お前のフランソワみたいにゃいかないだろうがな。あの子は頭が良い上に性格も良かったからな。
 自分に似てだぁ? 言ってろ親バカ。
 冗談はこれくらいにして、冷めないうちにくれないか? そこの保温マグだよ。カフェだろ?
 メルシィ。
 二日酔いには、これが一番だぜ。
 お? なんだよこれ。すんげぇうめぇな。
 ロザリーが淹れた? なるほどな。
 食糧複製機は、何でも出てくるが味がイマイチだもんな。お前の所は料理上手なカミサンで良かったな。
 ああ、ウチは交代で飯作ってるぜ。その他の家事も分担だ。
 ディアンヌの奴、指導員のエレ・フナに男女平等をやたらに吹き込まれてるらしくてな、俺もしないと怒るんだよ。
 ま、あいつが元気に笑ってるなら、洗物を機械に放り込むくらい、大したことじゃねぇよ。
 やっぱり親父だ? はいはい。言ってろ。
 親父といやぁ、ハンスの野郎だ。
 見た目にゃあ大して変わらないが、あいつが最長老だろ? 今のところはよ。
 昨夜はそれを痛感したぜ。
 アンドレと呑んでて、あいつがやって来たんだが、する話ってのが、全部昔話なんだよ。
 まあな、前々から下手につついたら延々『あの方』話になる奴だけどな、昨夜はこれまた延々隊長話だったんだぜ。年寄りの昔話は長えってのがよく身に滲みたぜ。
 え? どんな話だ?
 ん〜なんかなぁ。初めて出会った時に、剣を鞘ごと突き付けられた上に小突かれたとか聞いたな。
 しかも第一声が奮ってらぁ『若僧』だとさ。十八の小娘がタメの野郎にだぜ。あんまりらしくて笑っちまったよ。
 そしたらアンドレが横から茶々を入れてきた。なんか、ハンスはハンスで、仮面舞踏会にお忍びだった『あの方』の仮面ひっぺがしたらしいから、どっちもどっちだとさ。
 何なんだろうな、類は友を呼ぶってやつか?
 あ、アンドレのすげぇ失敗も聞いたぜ。
 例の『あの方』の乗った馬を、あいつが暴走させちまって、死刑になりかけたんだとさ。
 一瞬そこで『あの方』が死んでれば、後の世の中少し変わったんじゃねぇか? って言いそうになったが黙っといた。
『あの方』は隊長が体張って助けたから、軽症で大事にはならなかったらしいが、断罪されるアンドレを全身打撲でズタボロの隊長が、命懸けで庇ったそうだ。
 詳しい話は今度ハンスかアンドレに聞けよ。
 運の強い野郎だぜ。いや、そんな頃から、隊長はアンドレが離れるのを、許さなかったってわけだ。
 何だよその顔は。
 別に今更やっかみやしねぇよ。
 ニヤニヤ笑うな、鬱陶しい。
 ま、アンドレの失敗は凄まじいが、それよりはハンスの方が酷えぜ。そん時初めて、隊長が女だって知ったんだとさ。
 普通、見て判るだろう?
 今の隊長の姿が、その頃に一番近いってんだろ? あれでどうやって野郎だと思えるんだ? 本人示して聞いたんだよ。ロザリーに酒注いで貰って、にっこり笑ってたな。その、なんつうか、ちゃんと色っぽくて女っぽかったぜ。
 だから、俺にはさっぱりわからねえ。つったらよ、行動と態度と言動がそもそも女じゃねえ。とか抜かしやがる。
 まあ、ちょっと納得しちまったけどな。
 が、だ。
 それを言われたら収まらねぇ奴が一人居るだろ?『あいつの女らしさが、てめぇらに解ってたまるか』って、俺に啖呵切った奴がさ。
 アンドレの野郎はなかなか腹の中を顔に出さねえんだが、あれだ。こう、黒〜い霧か蛇が蜷局巻いてるみたいな空気が、野郎の頭の後ろ辺りに渦巻くんだ。落ち込んだりムカついたりすると、な。
 ひょっとしたら態とそれを見せつけてるのかも知れねぇが、とにかくそんなうぜってぇ空気を背負いながら、顔も態度も穏やかなままでハンスを見てやがる。薄ら寒いったらねぇぜ。
 ハンスもアンドレの様子なんざ判ってるだろうに、隊長が如何に男前かってな武勇伝を次から次に出してくるんだ。
 挙げ句に『性別抜きで生涯最高の友』とか言いやがる。それは惚気か自慢か? って何となくムカついていたら、アンドレの野郎がボソッと口を開いた。
 えぇと『俺は、貴方がそうあいつに言う度に、こう言いたかった』だったかな。
 ハンスが何だ? って奴さんを見たら、今まで俺が見た中でも一番良い笑顔でにっこり笑ってな。『ウアプラービス』って言いやがったんだ。
 途端にハンスがゲラゲラ笑い出してよ。これまた爽やかな笑顔で『奇遇だな、私もパリでオスカルを助け出した時に、君にそう思ったよ』だとさ。
 そのまんま二人してにっこり睨み合いやがってよ。見た目はどっちも爽やかな二枚目がニコニコしてるんだがな、アンドレの後ろとハンスの後ろに、ベヒーモスとドラゴンが火を噴いてる幻が見えた気がしてな、周りの奴らも異様な雰囲気を察して、じわっと逃げて行きやがる。二人の間に挟まった俺は、どうしたらいいってんだ?
 これが、ベルサイユ宮廷仕込みの化かし合いってやつか。なんて明後日な事、考えてるしかねぇじゃねえかよ。
 いい加減イライラして来た辺りで、『まあ一献』とかハンスが酒注いでアンドレが『どうも』とか受けて酒盛りを再開しはじめやがったんだが。
 今度はこっちが納まらねえ。
 いきなり訳のわからねえ事言い出して睨み合いやがって、こっちに気ばっかり使わせた挙げ句に蚊帳の外たぁどういう了見だ? と、まあ、ねじ込んだ訳だ。
 そうしたらハンスの野郎『それを説明するのは、無粋と云うものだよ』とかなんとか気取った事言いやがるからよ、気障な真似してやがるとぶん殴るぞ、と言い返したら『正にそれだよ君。遠慮せず発散したまえ』なんてふざけた事を抜かしやがった。こっちはかなり酒が回ってる上に苛ついてたんで、簡単にぶちきれたワケだ。
 ん? ハンスに切れたのは口実だろうって? さあな。イギリスの水夫並みに酔っ払ってたから覚えてねえや。
 ま、止めに入ってきたアンドレを殴り倒した時は、結構気持ち良かったけどな。
 隊長にぶん投げられたのは、その直後だった。
 相変わらず切れの良い技の掛け方だぜ。東洋の武術らしいが、初めて食らった時はびっくりしたもんだ。ウケミってのを取らないといけないんだが、酔っ払ってちゃあ無理だ。そのまんま目を回しちまった。情けない。
 そういえば、お前。たしかリセ・ルイ・ル・グランを出てたよな? 語学とってたなら解るか『ウアプラービス』の意味。
 ラテン語だろうと当たりはつけたんだが、俺は聖句ぐらいしか知らないからな。さっぱりだ。
 え?『 汝、殴られるべし』つまり、殴るぞって訳か?
 ふうん……なんつうか、含みの多い連中だな。
 くっそぅ。もう一発殴っときゃ良かったかもな。俺こそウアプラービスだ。
 あん? 朝っぱらから騒動起こすな?
 しねえよ。もう酒も抜けた。
 それにしてもベッド脇でこれだけ話してるってのに、アンドレ起きないな。
 殴り倒した時に、打ちどころでも悪かったんじゃねぇだろうな?
 鎮痛剤? それで寝てるのか。
 やれやれ脅かしやがるぜ。
 後で医者に連れて行ったら良いんだな? 解った。こんなきれいな痣つけたまんまだと、また隊長に投げ飛ばされちまうもんな。
 んじゃ、湯でも浴びて酒臭いのを流してくるか。
 ハンスやみんなは、もう準備にかかってるのか?
 そうか。
 隊長には例の件教えたんだな。いや、アンドレには言いそびれた。
 ま、大差ねぇさ。こいつが知ったって、どうせうろたえてるだけだろうさ。
 とにかく、俺はこいつが起きたら医者に連れて行って、その後お前らと合流する。いきなり現場に連れて行ったところで、こいつに拒否権が有るわけねぇんだ。せいぜい惰眠を貪っておくこった。
 ……なぁ。俺達がここに寝かされた夜中に、隊長が来てなかったか?
 いや。何でもねぇんだ。
 風呂入ってくる。じゃあ、後でな。
 

 
 追記。
 浴室に入った彼が、自分の顔にも同様の痣を発見したのは、二分後の事である。



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アランはどんなときでもアランなのだと、
可笑しくて悲しいのがアランなのだと、
時空を超えてアランなのだと
思い知らせてくださる熊野さま、大好きです♪ 
                        さわらび