SEQUENCE 6. 時は巡り廻るとも〜2〜
熊野郷さま 作
ラ・セーヌの菜園モジュールには、草花を専門に栽培するエリアがあり、とりどりの花が栽培されている。
その中でも薔薇を扱った区画は、偶に選定した花などを希望者に配布していた。
なかなか人気のある催しで、かなりの順番待ちなのだが、今日は幸運を引き寄せた人物が居たらしい。
「はい、どうぞ」
にっこり差し出された一抱えもある花束には、赤い薔薇の他に白いカスミ草やその他の花が華美を抑えて品良く飾り付けてある。
「ついでにアレジメントしちゃいました」
ニコニコ笑顔で注文からの逸脱を乗り切ってしまおう、としているかのような女性クルーに、ラ・セーヌのチーフカウンセラーは苦笑しかない。
「だって、だってですね。艦長にお贈りするんでしょう? だったらただの薔薇の切りっぱなしなんて渡せませんよ〜」
無言の相手に焦って言い訳をする女性に、カウンセラーは苦笑を収めて微笑んだ。
「判ってるよ。オスカルには君の力作だと伝えとく」
ラ・セーヌの艦内人気投票でのダントツ一位は艦長で、しかし二位に不動なのがその夫だったりする。
だから艦内「夫に持ちたい第一位」に微笑まれて、彼女は満足げに首を振った。
「でしゃばりたく無いんで、カウンセラーの心にだけ留めておいてください〜」
二人の記念日に、ちょっと関われただけで十分、などと奥ゆかしく言われては、彼としては好意を甘んじて受け取るしか無い。
「メルシィ。マドモアゼル」
黒い瞳が深い微笑みで煌めき、長身を優雅に折って古風な礼をしてみせる。
そんな気障な仕草が滑稽どころか様になっている稀少人種は、見惚れて固まった女性クルーを残して通路に出て行った。
彼女が見惚れてしまうのも仕方無い。今日のカウンセラーは何時もの軍服ではなかった。
少し薄手のシャツブラウスに濃い茶のベストをきっちり着込み、長い足は乗馬用の皮ズボンとブーツで包まれていたりする。これに大ぶりの花束なんかを抱えたものだから、まるで、雑誌の表紙か、何かの宣伝用の撮影か? と聞きたくなるようなセクシーさ加減だ。
だがしかし。本人にはなんの認識も自覚も無い辺り、夫婦揃って天然だと艦内で定評に成りつつある。
彼本人としては、無頓着になるよう努めてきた結果の現在なのだが。
全神経を張り詰めて、髪の毛一筋や所作言動の全てが、相手に対してどう映るか計算し行動していた従僕時代に比べれば、今はそんな作為を抜く努力をしていると言っていい。
奇妙な苦労ばかりする。と、幼なじみでもある妻は笑うのだ。
そんな、小さな努力を見逃さない彼女の愛情が嬉しくて、彼は思わず抱き寄せてキスを贈る。その後、夫婦の時間に突入したりするのだが……
それは。
まあ、何時もの事。
大柄ながら均整の取れた痩身が、さり気無い仕草で小脇に抱えた薔薇の花弁すら揺らさずに流れる様に歩いていく。
大して広くない割には交通量の多い艦内通路の、行き交う通行人をすり抜けていく様は一種独特の優雅さで、擦れ違う人々を振り向かせていた。
歩みはゆったりしてはいても、ストロークの長さで結構な速さがでていた彼は、分岐を曲がったところで先を歩いていた小柄な背中に歩調を緩める。
「Dr.早蕨?」
思わずの呼びかけに、くるりと振り返った穏やかな笑顔は、ラ・セーヌの副医務部長のもの。
「カウンセラー・グランディエ。こんにちは」
カウンセラーは微笑み返して隣に並んだ。
「メディカルセクションに戻られるのですか?」
問われて副医務部長は柔らかく頷く。
「ええ、新種の生薬の薬草を開発中なんで、様子を見に行っていたんです」
動作のひとつひとつが柔らかく、話す相手に安心感を与える。上品な内科医は、外科として敏腕を揮う医務部長の良き片腕だ。
カウンセラーもまた、医局との協調が必要な職務柄、日頃からの親交は篤かった。
「どんな効能が見込めるんですか?」
和漢に詳しい彼女が処方する薬は、効き方が柔らかくそれでいてしっかり成果を上げてくれる。
カウンセリングでも度々お世話になるものなので、彼の興味も当然なのだが、副医務部長はにっこり首を振って見せた。
「まだ秘密です。花も咲いていませんから」
悪戯のように肩をすくめて質問を躱し、女医は彼の抱えた花束に目を遣った。
「あら」
黒い瞳を煌めかせて深く微笑む。
「カウンセラー。お誕生日、おめでとうございます」
しかし祝われた方は、きょとんと見返すばかりで、女医は訝し気に口元を緩めた。
「間違い、ました?」
その言葉にハタと気が付いたように彼は慌てて首を振った。
「いや、誕生日を先に祝われたのは、妻以外からではここ数年で初めてなので」
言葉の終わりは、溢れそうな笑みで締めくくる。
「メルシィ、マダム」
あらあら、と微笑みながら彼女は肩を竦めた。
「喜んで頂いたのが申し訳ありませんよ。私もその花束で思い出したんですから。ご自分の誕生日に、奥様に花を贈る方は、ラ・セーヌではあなただけでしょう?」
八月に大きな花束を抱えた男性も貴方だけですし。と付け足してクスクス笑う。
カウンセラーは照れた仕草で頭を掻いた。
「参ったな。そんなに有名ですか?」
女医は笑いながらしっかり頷いた。
「そんな風に、いつまでも恋人のようにしてくれる旦那様なんて、珍しいんですよ。ラ・セーヌでの旦那様の基準って云われているのはご存知ですか?」
益々追い討ちを掛けられ、すっかり恐縮してしまったカウンセラーは、少し染まった頬を隠す様に顔を撫でると、ふと思い付いて女医を見た。
「ちなみにオスカルは?」
これに詰まったのは勿論、副医務部長で、彼女はけほけほと噎せてしまった。
「あ、すみません」
悪戯心が招いた反応に慌てて女医の背をさする。
「いえ、すみません。驚かせて」
大きな優しい手に背中を撫ぜられて、どうにか落ち着いた女医は、苦笑しながら肩を竦める。
「そうですね。艦長は、みんなのヒーロー。ではないでしょうか?」
ラ・セーヌの理想の旦那様は、あんまりな奥様評に爆笑で応えた。
「あはははは……あいつなら、確かにそうかもしれない」
楽しそうに笑って、最後に軽いウインクをして見せる。
「私には、最高に良い女なんですけどね」
手放しのノロケに目を見開いた副医務部長は、『御馳走様です』と肩を竦めるしか無かった。
二、三の分岐を経て、やがて通路はホロホールの入り口にさしかかる。
「今日は乗馬をされるんですか?」
服装からそう訊ねられて、彼はにっこり頷いた。
「ええ、良い馬のデータを手に入れたので、慣らしを兼ねてあいつと遠乗りに」
たとえホログラムのデータであっても、パーソナルスキルを自分に合わせて調教するのは本物の馬と変わらない。
体調管理や日々の世話など、専用のソフトで端末操作で済むあたり、生き物に比べたら手軽な為、愛好家も多くデータ交換も盛んだ。
だが、馬好きほど端末ソフトでのデータ調整ではなく、ホログラムを使って直接手を掛けて世話をしたがるという。
多趣味で知られるハールカン人をして、これだけは度し難いと云わしめる地球人の馬好きと釣り好き。
カウンセラーは間違いなくその類で、また世話の手際の良さや調教の巧さはプロ裸足だと定評がある。
それに、彼の妻である艦長は。調教管理は夫に一任するものの、馬操術は幾つかの賞を大会飛び入りで掻っ攫うほどの腕前だった。
「素敵でしょうね、お二人が馬を駆る姿」
仕事とプライベートはきっちり分ける真面目な夫婦なだけに、滅多に人前でそんな姿は見せてくれない。
だから余計に、見ることを憧れるクルーは多かった。
勿論、夫妻は知る由も無いけれど。
「ダメ出し厳しいんですけどね」
たははとばかりに情けなく笑って見せて、彼は頭を掻く。
「また、そんな事を仰って。どうぞ楽しんでくださいな」
ホロホールの黄色いゲート前、副医務部長は軽口を叩くカウンセラーに笑いながら会釈した。
「では、また」
小柄な体が踵を返す。しかし、カウンセラーが柔らかく呼び止めた。
「Dr.早蕨」
「はい?」
きょとりと振り向く女医へ、白い薔薇が一輪差し出された。
「これをどうぞ」
程よい綻び具合の薔薇の花が、手の中へと収まる。副医務部長は不思議そうに花を眺めた。
「頂く理由が判りませんけど……?」
疑問には照れたような笑みで返事が返る。
「さっきのお礼です。誕生日を祝ってもらえて嬉しかったので」
そう言いながら女医の空いている方の手を取ると、恭しく長身を屈めて甲に唇を落とした。
「メルシィ、マダム。貴女の友愛に感謝します」
優雅としか言い様の無い流れるような所作にしばらく見惚れていた彼女は、そっと離れていく男の手と固まった自分の手を見比べて、染まりそうになる頬を必死で抑えてにっこり笑み返す。
「あんな事でここまでして頂いては、申し訳ないくらいですね。よろしいのですか? これは奥様への薔薇でしょう」
白薔薇を掲げて見せれば、さらににっこりとカウンセラーは微笑んだ。
「しない方がよっぽど怒られますよ。あいつは俺よりフェミニストですから」
艦隊きっての麗人と讃えられながら、むしろ女性クルーに人気がある艦長。さもありなん、と、言ったところか。
「ではまた、定例会議で」
爽やかな笑顔を惜しげも無く振り撒いて、カウンセラーは開いたゲートの向こうへ消えて行った。
通過を確認して閉まっていく扉の向こうに、燦々と降り注ぐ陽光と、それを弾いて煌めく金の髪が垣間見えたように思える。
「記念日おめでとうございます」
閉じたゲートに彼女は呟き、小さく笑う。
「本当に罪作り」
敬愛と友愛の花言葉を持つ一輪を胸に抱いて、副医務部長はゆっくり歩き始めた。
金の光を撒き散らしながら、小さな白いものが飛び込んできた。
思わず抱き止めて、二十数年が霧散する。
『アンドレ! 似合うか?』
満面の笑みで飛びついてきた幼馴染み。初めて袖を通した近衛士官の白い制服を、最初に見せようと走って来てくれた。
あの溌剌とした笑顔が、そのまま腕の中で弾ける様に見上げてくる。
「似合う? 父さま!」
デ・ジャ・ヴは愛娘の、菫がかった碧い色の瞳で現実に戻ってきた。
「ああ、よく似合うよ」
艦隊士官アカデミーの白い制服を纏う少女へ、かつて母親に送ったのと同じ賛辞を送る。
まるで思い出をなぞらえるようにそっくりな笑顔が、思い出と重ねるなと言わんばかりの甘えた仕草で胸に顔を擦り寄せる。
「見て貰いたかったの! 父さまと母さまに」
すりすりと懐く柔らかな金髪をそっと撫でる。
「そうか。ありがとう。フロル。とてもかっこいいよ」
父の賛辞にぴょこんと顔が上がる。
「母さまより?」
可愛い対抗心には別の方向から返事がきた。
「うわ! フロル、図々しい」
硬質な声の主は、そっくり同じ白い制服を纏い、造作も同じ顔を渋面にして姉を睨み付けている。
「オーギュ煩い」
「何だと、フロルの癖に」
「オーギュの癖に生意気」
「フロルの減らず口」
父親そっちのけで口喧嘩を始めてしまった姉弟の頭上に、ふわりと大きな手が乗せられる。その手は優しく金の髪を撫で下ろして、まだ細く硬質な線を持った肩を抱き寄せた。
「久しぶり」
父の広い胸に二人して抱き締められながら、負けじと子供達もしがみつく。
「父さまも久しぶり!」
「元気してた?」
口々に挨拶を寄越した後、二人は同時に息を吸い込んだ。
「「誕生日おめでとう。父さま!」」
ついさっき口喧嘩していたとは思えない、息のぴったり合ったユニゾンが弾ける。
「メルシィ」
父親が抱き締める腕に力を込めると、まだ細くはあっても健康でしっかりした腕に背中を抱き返される。彼は深く微笑んだ。
「背が伸びたな、二人とも」
ほぼ半年振りの我が子は、記憶より目線が上がり体つきがしっかりしていた。
顔つきも大人びてきているのに目を細める。
この年頃は瞬く間に子供の殻を脱ぎ捨ててしまうから、顔を合わせる度に驚かされるのだ。
「これはホログラム?」
柔らかな髪の感触を両手で確かめる父に、一卵性の様にそっくりな二人が同時に頷く。
「ハンスおじ様のところの試作機なんだよ。亜空間に置いたネットベイを改良して、相互通信でタイムロスを極力なくしたんだって」
「制服を見せたいって言ったら、使わせてくれたの。父さまに誕生プレゼントだって」
今、ラ・セーヌと地球はどれだけ離れているのか? ワープ速度を以てしても数ヶ月は掛かる。
そんな空間の隔たりを、古い友が埋めてくれた。北欧の騎士の磊落な明るい笑顔が思い出され、子供達の成長の節目に立ち会えた喜びが湧き上がった。
彼は昔から、絶妙なタイミングで助け舟をくれる。
「あ〜フロルとオーギュが抜け駆け!」
彼方から彼の笑みを更に深める明るい声が飛んでくる。
「ずる〜い!」
視線を上げれば、緩やかな丘を駆け下りてくる小柄な影と、その後ろから二頭の馬がそれぞれ手綱を引かれて歩いてくるのが見えた。
陽光を派手に反射している豪華な金髪が何より目を奪う。
葦毛の馬を従えた妻の姿に見惚れているうちに、三人目が小柄な弾劾となって突っ込んできた。
「父さまゲット〜!! ボンアニヴェルセール!」
姉兄を押しのけて胸に懐く娘を、だがしかし父は呆気に取られて見下ろしている。
「? どうかした? 父さま」
きょとんと見上げる娘へ、多少引きつった笑みが送られた。
「可愛い色になったね」
少し掠れ気味な声が出る。無理もない。父親としては衝撃が強いだろう。何故なら、母方の祖母譲りの亜麻色がかった明るい金髪とジャルジェの特徴である紺碧の瞳は、パステルピンクとペールブルーに変わっていたのだから。
「ほらやっぱり。父さまもびっくりしているよ、ベル」
フロルが呆れたように肩を竦めた。
「ママンロザリーは泣き出したしな」
フンと鼻を鳴らすオーギュ。
どうやら彼女の変身は、預け先のシャトレ家内でも物議を醸した様だ。
「もう! ただのヘアマニキュアとコンタクトじゃない〜母さまは褒めてくれたわ」
姉兄からの不評に文句を返す末娘に、ゆっくりと追い付いて来た母親のくすくす笑う声が被る。
「フロル、オーギュ。そんなに目くじら立ててやるな。小麦粉を被った訳でもないし、ワインで晒した訳でもないんだから」
十八世紀の貴族の奇行をあげつらう母親に、息子はさも嫌そうに鼻に皺をよせる。
「母さま、それじゃあ紀元前だよ」
しかしこれは父親には受けた。
「生肉のパックも、していないみたいだし、蜂蜜とミルク漬けならパンケーキみたいで良いじゃないか」
柔らかな髪の毛をワザと嗅いで、香る筈の無い娘のお気に入りのコロンを楽しむ振りをしてみせた。
タイムラグの無い亜空間双方向通信とはいえ、ホログラムの映像は、体温は感じられても個別の香りまでは再現されない。改良の余地ありだ。デバック項目に入れて、開発者に送ってやろうと、感謝は脇に置いて頭の隅でチェックを入れる。
するとそんな父親の心情を汲んでか、栗毛の馬の手綱を牽いていた次男が、黒い癖毛を揺らしながら笑い出した。
「もしかしたら匂うかも、ベルはさっき三枚もマリアおばさまのパンケーキを食べたんだ」
「わぁ! アントンのばか〜!」
すっぱ抜かれて真っ赤になって兄を追いかけ始めた妹を、笑って躱して彼は駆け出した。
「走ればカロリー消費できるよ」
「ひど〜〜い!」
更に煽られ追いかけてくる妹から逃げながら、黒髪の少年が父親に手を振る。
「父さま誕生日おめでとう! あの丘に僕が一番で着いたら、最初に馬を教えてね」
「ちょ! アントン! ずるいぞ!」
「なにそれ!」
「まて〜〜!!」
ちゃっかりといきなり振られた勝負に、子供達は慌てて次男坊を追いかけていく。
後には、呆気に取られた父親と笑い転げる母親。
明るい陽光の中、緑豊かな斜面を駆け上がる金と黒とピンク。
放り出された手綱を取りながら、彼は眩しくその様を眺めた。
「アントンは、なにもかもお前にそっくりだな」
笑いを収めて妻が呟けば、夫は肩を竦めてすぐ傍の木に預けていた花束を取り上げた。
「気を回し過ぎさ。今すぐコンシェルジェ教育したい位だよ。なにしろこれを渡す時間を作ってくれた」
おもむろに片膝を着き、恭しく花束を捧げてみせる。
「永遠の愛を、マダム・グランディエ」
大時代なやり方に、妻はクスクス笑いながら花束を受け取り、仕上げに左手の指輪に口づけが落とされるのを楽しそうに見下ろした。
昔なら柳眉を逆立てて怒り狂っただろうが、最近の彼女はむしろそうされるのを喜んだりしている。もちろん、相手は限定されるのだが。
「今日は随分サービスが良いんだな」
茶化す口調に立ち上がりながら、夫は花束を抱きかかえた妻を腕の中に引き込んだ。
「遠乗りが次回になったから、せめてもの詫び、かな?」
彼の言葉の終わりは、丘から響く勝利の雄叫びと重なった。
抱き合ったまま、馬の背越しに丘を見れば、金髪を風に靡かせた少女が、一位宣言を高らかに主張して小躍りしていた。
その横には悔しさたっぷりな長男が立ち、言い出しっぺはと見れば、次女共々座り込んでいる。
「希望校に受かったら、ポニーから卒業の約束だったな」
あの結婚式の時、母の胎内に宿っていた小さな命。
まさか四人もいっぺんにとは驚いたが、そもそも母方から多産の遺伝子を受け継いだ割には、一度で済ませれて楽かも知れない。
そんな風に夫婦で開き直り、友人達の助けも受けて、戦いや任務の遂行と同じく必死で子育てもやってきた。
その甲斐があってか、みんな素直で真っ直ぐ育ってくれたと思う。
あの石畳の上で唄を口ずさんだ時、こんな未来を想像できただろうか?
まあ、あれはあれで満足しては居たのだけれど。
「もう、十五年か……」
胸に去来する想いに、夫が思わず呟けば、空より鮮やかな紺碧が存外強い視線を返して寄越す。
「まだ、十五年だ。アンドレ」
それぞれの進路を決めて、巣立ち始めた子供達。
両親の長期任務を期に、親元を離れて希望の学校を選んだ。だから自分達はまた二人に戻ったのだ。
こうして、家族で持てる時間は、あとどれだけあるのだろう?
完全に二人に戻るまで、どれだけ残っているのだろう?
なんにせよ。今、みんなで居られる事を喜ぼう。
「父さま母さま。早く〜〜」
声を揃えて丘から呼んでいる四つ子の姿に母親の微笑みを浮かべて、彼女は夫に軽くキスを送る。
「久しぶりにあいつらを鍛えてやろう」
ひらりと葦毛に跨ると、夫も苦笑しながら栗毛の馬に跨った。
「お手柔らかに」
軽い掛け声と共に馬腹を蹴り、丘の上までに距離の縮まった遠乗りに、二人は駆け出した。
END
こちらのDr.早蕨は随分できたお方だと感心していましたら、
なんと四人の兄弟姉妹が登場して、さらにびっくり!
こんな日々を送れるのなら、現世での悲劇も許容できますね。
幸せいっぱいのお話をいただき感謝でいっぱいです。
熊野さま、ありがとうございました。
さわらび
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