ほーー・・・

あぁ・・・
ミカエル・・ノエル・・・こちらへ・・・

「お母様!!」「母上!!」

もうまもなく私はお父様のところへ旅立つ・・・
ミカエル、お前は本当にお父様によく似て心やさしくあたたかい男になったな。
私はお父様が旅立たれたあと、どんなにお前を頼りにしていたか・・・

「たった3ヶ月ではありませんか!
 それに私はまだ一人前ではありません。母上からまだ教わりたいことがたくさんある!!」

何を言う・・二人も子供がおって・・私のかわいい天使たちが
それに年老いた私は、もう剣の相手はしてやれぬぞ・・フフ。


「・・・・」
「お母様、ミカエルは涙で声が出ませんのよ・・・
 私は・・私はお母様に似て・・こんなに・・・」

あぁ、ノエル。皆が言っていたな。どこまでもよく似た母娘だと・・
ご夫君が不憫なくらいな・・我が母上の心労が身にしみたよ・・・
だがなぁ、二人ともどちらにも似ているのだよ。
ノエルの頑固はお父様譲り、ミカエルの正義感の強さは私譲り・・・

「・・でも、お二人ともそうでしたわ」
「あぁ、結局よく似た夫婦なのだよ、父上と母上は・・」

フフ・・そうだなぁ・・二人の言うとおりかもしれない・・フフッ
愛しい我が子、ミカエル、ノエル。
何も心配することはない。私は今こんなに安らかだ。
最後によく顔を見せてくれ・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・!!
アンドレ、迎えに来てくれたか・・
やはりお前が居ないのは苦痛だ・・3ヶ月が限界だった
よくがんばったと褒めてくれ
子供たちよそんなに泣くな・・
泣くな・・泣くな・・・・
「ふっふぅっふぇ〜〜ん・・えぇ〜ん」・・
そんな赤子のように・・えっ・・赤子!!




寝台の両脇からオスカルとアンドレはほぼ同時に立ち上がり
二人のゆりかごにたどり着いた
「おむつか・・」
「いや・・それにしてもめずらしいなお前まで夜泣きするなんて」
アンドレはミカエルを抱き上げ上手にあやす。
「ノエルはほんとにおむつじゃないのか、それとも腹がへったのか」
ゆりかごの中のノエルを不安そうな顔で覗き込むオスカル
「そんなことはないだろう、それより抱いてやれ」
オスカルがノエルを抱きあやすと泣き声がだんだん小さくなる。
それをみて必死だったオスカルがやや得意げな顔になりノエルにささやく。
「なんだ、もう終わりか?泣くだけ泣けばよいものを・・フフフ」
ノエルの頬に口づけを落とし長椅子に腰掛けると、先に腰掛けていたアンドレに凭れ掛かり
あくびをひとつする。
「最近はこちらが開き直ったせいか、おとなしくなるのが早いな」
「おまえも立派な母上だ。ノエルも観念したんだろう、やはり『母は強し』だな」
「フン、ばあやのために始めたことだ」
照れくさいようなアンドレの言葉にこんな答えしか出ない。
たいしたことはないが、ばあやは子供たちに風邪を移してはいけないと自ら隔離している。
誰かにお子様たちを頼まなければと考えていたところ、それならばと、皆の心配を尻目に
オスカルはさっさと自分たちの部屋へ子供たちのゆりかごを移した。
ばあやは年のせいか、回復が遅く未だ鼻水と咳に格闘が続いている。

「変な夢を見た・・・私の最期だ。なぜだろう?お前はもう旅立っていたようだ」
「ひどいな、俺はもう用済みか・・」ミカエルを抱いた反対の腕をオスカルの肩にまわす。
「ばかなっ、お前無しでは3ヶ月生きるのが限界だと・・・」
「誰が?」
アンドレはにやにやと、月明かりでは分からないが桜色に染まったであろう頬の持ち主に聞く。
「だから言ったろう、私の最期だと。お前が旅立ってミカエルに世話になっていたらしいが、
 3ヶ月後には私もお前のところへ旅立とうとしていた。もちろんお前が迎えに来てくれたから
 何の不安もなかったが・・・」
左腕に抱えたノエルを気遣いながらミカエルの頬を右の掌で温め、オスカルはさりげなく上目遣いで
アンドレを見ると、同時にやわらかい口づけが降ってきた。
オスカルは心の深くで温かい塊がじわっと広がるのを感じていた。
すでに二人の天使はそれぞれの腕の中で夢を見始めていた。

「お前がそんな夢を見たからちびたちは悲しくなったのかな?」
「まさか・・」
「でもつい最近まで文字通りお前と一心同体だったんだから
 感じることは出来るのかもよ」
アンドレの心地よいテノールで言われると本当にそんな気がしてくる。
「私もちびたちに泣いてもらえるほど恋しい母親ということか」
「当たり前だ。どんなに日常生活はみんなが面倒を見てくれたとしても
 おまえは産み育んでくれた母なのだから。言ったろ、母親というのは居るだけでありがたいと」
「うん・・。でもなんでこんな夢をみたのだろう・・見ているとき不吉な、悲しいというより
 安らかな温かい気分だったんだ。ミカエルとノエルを置いていくのに」
「夢の中のお前はすべてやりぬいたと人生に満足していたんじゃないか?
 ちびたちに送ってもらえるということは立派に育て上げたんだろうから」
「・・・しかし、子供を育てるとはこんなに大変なものとは思わなかった。元衛兵隊の連中のほうが
 言葉が通じるだけ楽だった気がする」
「ちびたちとヤツラを比較対照にしないでくれ。なぁミカエルぅ〜」
でれでれのだらしない顔の父親も以前は衛兵隊の一員だったのだが・・・




すやすやと安らかな寝息を立てる天使たちをゆりかごに寝かせ、大きな赤子を抱き上げ
寝台に向かうとアンドレはあくびをかみ殺しながらつぶやく
「子供を育てるとは人生そのものだと思うが・・・」
「ん?」半分夢の中のオスカルはふわぁっと寝台に降ろされて目を開けた
「安らかな最期のために子育てをするわけではあるまい。
 ほかにもたくさん考えなければならないことがある。ルイ・ジョセフのこと、
 領地のこと、フランスのこと・・・」
「お前は何か焦っていないか?子供の夜泣きと一緒で開き直りも大切だと俺は思うが?」
アンドレは寝台に滑り込みひじをついてオスカルを見下ろす。
いつものことなのに急に恥ずかしいような気になり
目をあわさずアンドレの胸に顔を埋めて続ける
「分かっている。時がこないと解決しない事もあるということも。
 だが、私は、私自身は本当にこのままでいいのか?あとに続くものに何が残せる?
 ちびたちが大きくなったとき祖国はどうなっている?ちびたちの未来のために
 祖国がどうあるべきか・・・なのに私は何も出来ていない。ミカエルとノエルを置いて
 このまま最期を迎えてもあんなに安らかに旅立てないと思う。夢はあんなに温かだった・・・
 不安なんだ・・・・将来が・・・」
「何が不安?俺が居て、ちびたちが居て、おばあちゃんがいて。そりゃ、遠く離れている旦那様や
 奥様のことは心配だろうけど・・いつも言うとおり、お前は一人じゃない。なにがあっても
 俺がついている。未来を見えないといって不安がるより今見えている明日を考えよう。
 明日にはちびたちの口から言葉が出てくるかも知れないぞ?」
「・・・!!ちびたちがしゃべる?本当に?ちびたちは普通の子供と同じように育っているのか?」

寝台の上で飛び起きると振り返りアンドレを見つめる。蒼い瞳が大きく見開かれている。
ベルやフランソワが居たときはなんとなく『次はああなるのか?』と思っていたが、最近はまったく
目印がないから正直不安だったオスカル。
「夜泣きばかりするとノエルは私のような声になってしまうか?とか・・
 あんなに泣くのは病気なんじゃないか?とか・・・あぁ、お前はなんなくちびたちのことをこなして
 いるのに私はちっともわかってやれない。子供の頃はお前に負けるなんて絶対許せなかったのに
 最近はなんだか悲しくなってしまって・・そこから目をそらして逃げていた。
 まかせておけばいいと・・・なのに、他へ目を向けるとより一層不安になって・・・」
両手で顔を覆い隠し下を向くオスカルを背中から抱きしめやさしく話しかける。
「子育ての大家が我が家にはいるだろう?そんなに心配はいらないよ。赤子ってのは思うより
 案外丈夫なもんだ・・・っておばあちゃんは言ってるよ。
 一人で悩まないで、気になったら俺やおばあちゃんに言えばいいんだ。
 答えがすぐに納得できなくても不安がらずに信じるんだ。辛かったらちびたちと一緒に泣けばいい。
 おばあちゃんやみんなが信じられないかい?」
「・・・アンドレ・・・ちびたちが愛しいんだ、手放したくないんだ。
 利口でなくてもいい、剣が弱くてもいい。どうか健康に育ってほしいんだ。なのに・・・
 私は無知で不安ばかりで・・・」
「そんなことはないさ、夜泣きされても平気になったじゃないか。ひとつひとつ慣れていけばいい。
 俺だって不安なんだぞ。二人でちびたちと一緒に育って行けばいいじゃないか。ちびたちはもうすぐ
 一歳だ、ということは俺たちはちびたちの親一歳、こうやって四人で育っていけばいいんじゃないか?
 ムキになることはない、ゆっくりがんばろう、俺がそばにいるから」
こらえていた涙が次から次へと湧き出して、不安を洗い流していく。
・・・きっと、もう、大丈夫。



アンドレは腕の中で声をあげて泣いているオスカルの髪をやさしく撫でる。
こんなにも愛しい妻は慣れない育児に心が疲れていた、もっと早く気づいてやるべきだった。
軍務を完璧にこなし、兵士たちに心を砕き、どこまでも真面目な武官だった。
だもの、子育てだって完璧を求めたはずだ。ひとにすべて任せられるはずがない。
多少の世話は任せられても、常に目は配っていた。心を砕いていた。
でも、赤子は軍務とは違う、兵士とは違う。彼女がうまく出来なくて当たり前だ。
疲れて当たり前だ、誰にも聞けずに我慢していたのだから。
それでも『愛しい』と『どうか健康に』と・・・そして、手放したくない自分で育てたいと。
なによりも6人の娘を(おばあちゃんの手を借りたとしても)お手元で育て上げた奥様の娘だ、
母子の情愛は痛いほど分かっているはずだ。

正直、自分でも子供たちの将来は心配だった。たとえ身近な人々が認めてくれたとしても、
自分は平民だ。物心ついた子供たちはどう感じるか、大人になって世間でどう見られるか。
その頃世の中はどう変わっているのか・・・
オスカルに諭しながら答えは見つかった。見えない未来よりも明日を、四人で歩んでいけばいい。
みんなに支えられながら、少しづつ。困難はみんなで乗り越えよう。俺も、おまえも、ちびたちも
『家族』じゃないか!!。




すっかり落ち着いたオスカルはアンドレの肩に凭れ掛かり暗闇に目を預けていた
アンドレがオスカルの顔を見下ろし腰に回した手に力をこめ引き寄せる
「なあ、オスカル、夢の中のちびたちはどんなだった?」
フフっと微笑みながらオスカルは言う。
「ん・・・顔は分からなかった、背格好も。でもな、ミカエルはお前によく似て心やさしくあたたかい、
 私に似て正義感の強い男だそうだ。ん〜・・・、ちょっと自信がなさそうだったけど・・
 それもお前似か・・アハハ。
 ノエルは、どこまでも私に似ていてご夫君が不憫なほどだそうだ。頑固さはお前譲りだと・・・
 なぜ、ご夫君が不憫なのかは知らないが」
唇を尖らせて黙るオスカルがかわいい。額に口づけを落とすとさらに強く抱き寄せる。
「お前に似ると不憫なのか?ノエルをそんなやつにはやれないぞ。俺はちっとも不憫じゃないんだから。
 もっとも、お前はそのほうが奥様の気持ちがわかっていいんじゃないか?」
夢の中の自分もそう言っていたが、面白そうに聞くアンドレがくやしい
「さっきから聞いていれば!!もう奥様じゃない『義母上』だ。この間も言われていたじゃないか。
 それに、私たちは結局よく似た夫婦だとミカエルが言っていたっ!!」
くだらない揚げ足をとりながら掛布に包まり寝台に横になると強く目を瞑る
そこがまたかわいくて愛しくて添い寝して抱きしめる。
「そうだな、義父上・・義母上だな・・ありがと・・・・
 俺たちは似たもの夫婦か・・・うん、そうかもなぁ・・」
「あぁ早く大きくならないかな。そしたら今夜のこと話してやりたい。
 あと、暖炉の前で本を読んでやるんだ。お前の好きだっだ冒険のやつ。
 それから、二人に剣を教えて、遠乗りに出かけて、それから・・・それ・か・・ら・・」
安らかな寝息をたててアンドレの腕の中、
今度は杯でも交わしているのか、嬉しそうに夢の中へ・・・・



・・・・・・
分かったよ、お前がなぜそんな夢を見たのか。お前のちびたちへの深い愛情のなせる業だ。
ほんとは、泣き出すちびたちをおまえが感じたのかもなぁ・・・
だって、とっても安らかだったんだろう。俺も今、とっても安らかだ・・・
お前とちびたちのことを考えていると・・・自然と温かい気持ちになる
オスカル、愛しいわが妻。本当にありがとう。俺の家族になってくれて。
お前のお陰で義父母に甘えられるよ・・
「ありがとう・・・」
俺の家族を産んでくれて、ありがとう。明日も明後日もずっと愛してるよ。
明日がたくさんあって未来がある。急に未来には行けないんだ。
大切な思い出をたくさん作ろう。そして大きくなったちびたちに話してあげよう。
こんなにも愛されて育ったんだよ・・って・・


さあ、寝よう・・・愛しい家族と一緒に・・・
・・・明日のために・・・


                                   終わり





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mokoさまから頂いたノエルにぴったりのお話です。
周囲に感謝できることの幸せをしみじみと感じました。
誰もが誰かとともに生きているのですね。
はからずも拙作のサイドストーリーという形になっておりまして、
感激いたしております。
心の洗われる贈り物、ありがとうございました。
                                   さわらび











尽きせぬ愛を…

mokoさま 作