異国の酒

ゆずの香さま 作

晩餐の後片付けが済むと、召使い達の遅い夕食の時間がくる。
アンドレもその輪に加わって、なごやかに談笑しながら夕食を取っている。
衛兵隊の兵舎で、1班のメンバー達とくだらない話をしながら食事をするのも、最近の彼は嫌いではない。
でもやはり、幼い頃から慣れ親しんだ場所で取る食事の方がくつろげる。
祖母の厳しいしつけのおかげで、長く暮らしたとはいえ、彼はジャルジェ家を自分の家だと勘違いはしていない。
あくまでも、自分は使用人。屋敷の中で、自分の扱いが従僕としては破格のものであっても。
彼のその強い自制心が崩れたのは、長い年月のうちでもたった1度だけだ。
ずっと心密かに想い続けた令嬢。
薄暗い部屋で、あまりにも儚く淋しげな彼女を見たら、もうどうしようもなくなった。
腕を取り、抱きしめて、くちびるをふさいで・・・愛の言葉と共に彼女を寝台に沈めた。
本気で抵抗する彼女を押さえこむのは簡単で、その非力さが余計に彼を高ぶらせて。
・・・でも、彼にできたのはそこまでだった。
薄闇にほのかな白い肩や華奢な鎖骨のライン、見え隠れする胸元の柔らかな陰影が彼を捉えかけた。
しかし、そこまでしておきながら止められたのだから、やっぱり彼は自制心が強いといっていいだろう。
そのことがあってからも、表面上は、彼と彼女の関係は変わらなかった。
もしかしたら、俺は彼女から遠ざけられるかもしれない・・・が、それも当然だ。
彼は自分のしたことの後悔と、そんな心配に眠れぬ夜を過ごしたのだが、明けて翌日、彼女は普段と態度を変えなかった。
彼女には彼女の葛藤があったのだろうが、それでも彼女は彼をそばに置くことを選んだのだった。
恋が叶ったわけではないが、それは彼にはじゅうぶんな安堵と、そして彼女を守って生きていこうという気持ちを強くさせた。
好戦的で豪快にさえ見える彼女のなかの、繊細で不安定な傷つきやすい小さな少女を。
あれ以来彼は、彼女の部屋で2人きりのときは適度な距離感を持ち、ことさら穏やかにふるまう。
もう彼女にあんな顔をさせたくないから。
あのとき彼は彼女に誓った。
だから。
俺がオスカルに触れることはもうないんだろう。
彼にとってそれは少し・・・いや、正直に言ってしまえば、けっこう苦しい。
手の届く距離にいるから抱きしめたくなるし、頬に触れたくもなる。
でも本来それは、従僕になど許されないこと。
彼は少しずつ、あきらめることがうまくなっていった。


そんな彼を、神さまが哀れに思ったのだろうか。
それはなんとも不思議な出来事だった。


アンドレの食事が終わる頃、使用人用の食堂に執事がやってきた。
ぐっしょりと濡れそぼっている。
「まったくひどい雨だよ。届け物を受け取るためだけに、これだけ濡れた」
このところ、夜になると雨が降る。
昨夜はひどい雷雨だった。
「このぶんじゃ、今日も雷になるかもしれない」
執事がそう言うと、最近奉公に入ったばかりの少女が怯えた顔を見せた。
彼女は昨日、雷鳴に悲鳴をあげて皿を取り落としたのだ。
アンドレはその姿を見て、まだ少女の頃のオスカルを思い出した。
嵐の夜、彼女を心配してアンドレが部屋へ行くと、オスカルは部屋にいなかった。
自分だってまだ雷が怖かった子供のアンドレは、それでもキョロキョロとオスカルの姿を探す。
広い部屋の中で、バルコニーに続く窓が開け放たれていた。そこから雨が吹きこんでいる。
アンドレが窓辺に近づくと、激しい雨の中、バルコニーで空を見上げている彼女がいた。
「オスカル!」
駆けよった彼を見ることもせず、オスカルは空を見つめている。
そこにひときわ大きな稲妻。
アンドレは体をすくませたが、オスカルは高揚した声で言った。
「きれいだな、アンドレ!」
「え?」
「闇の中に浮かび上がる稲妻が空を裂くようだ」
「あ。うん」
「この光はどこから来るんだろう。きれいだ!」
きれいなのはオスカルだ・・・
濡れネズミになっても、きらきらした瞳で空を見上げるオスカルに、彼は見とれた。
今思えば、もう、この頃にはアンドレは彼女に惹かれていたのかもしれない。
弟のような、美しい、幼なじみに。
それにしても。
アンドレはちょっと笑ってしまう。
一般論を言っても意味がないけれど、雷鳴に怯える少女がやっぱり普通だよな。
子供の頃から、オスカルはオスカルだったってことか。
そんなことを回想していたアンドレに、執事が話しかけた。
「アンドレ。オスカルさまにお届け物だ」
「こんな時間に?」
「必ずオスカルさまにお渡しするようにということで、受け取りに私が呼ばれた。
早めのお誕生祝いかもしれんな」
「そうですか」
「おまえ、今夜もこのあと、オスカルさまにワインを所望されているんだろう?」
「はい」
「なら、今日はもう仕事はいいから、これをオスカルさまにお持ちしてくれないか」
アンドレは執事から、そこそこに大きな木箱を渡された。
「割れ物注意だそうだぞ。あと、箱の天地にも気をつけて欲しいそうだ」
アンドレが頷きながら木箱を受け取ると、気を利かせた仕事仲間の女の子が彼の食器を下げてくれた。
笑顔で礼を言うと、彼は雨を含んで湿った木箱を持って食堂を出た。


手早く湯を使い、お仕着せから少しラフなシャツ姿に着替え、アンドレはオスカルの部屋をたずねた。
片腕に木箱を抱え、もう片手には銀のトレイ。
その上にはワインと、華奢なワイングラスが2つ乗っている。
以前は1つだけ用意していたのだが、彼女が「おまえもつきあえ」というのは必ずで、結局グラスをもう1つ取りに行くことをくり返すうち、彼女に「初めから2つ用意してこい」と厳命されたためだ。
さて・・と。どうしたものかな。
両手がふさがっているアンドレは、彼女の部屋の扉の前で困ってしまった。
これではノックもできやしない。
少し考えて、仕方なく彼は扉を軽く蹴った。
「入れ」
いつも通りの凛々しい返答が返ってきたが、彼には扉を開けることができない。
「悪い、オスカル!ちょっと開けてくれないか?」
いつもと違う彼の答えに、異変を感じたようで彼女はすぐに扉を開けてくれた。
「メルシ」
アンドレは部屋に入ると、長椅子の近くのテーブルに手にしていたものをすべて並べ始める。
「なんだ?アンドレ。荷物を抱えて」
オスカルは彼の持ちこんできた木箱を興味深そうに見ている。
「おまえ宛てに先ほど届いたらしい。執事が直接受け取ったのだから、心配のない筋からのものだろう」
オスカルの元には様々な贈り物が届く。
たいがいのものは丁寧にお断りして受け取らないが、中には悪意を含んだものも届く。いわゆる「嫌がらせ」と呼ばれる行為。
だから、オスカル宛ての贈り物には必ず執事のチェックが入るのだった。
「どなたからだろう?」
「俺は聞いていないけど」
「送り状も貼っていないし…
中にカードでも入っているかな。
アンドレ、開けてくれ」
彼はあらかじめサッシュにさしてあった小さめの釘抜きを取りだすと、器用な手つきで木箱に打たれた釘を引き抜いていった。
ほどなくして蓋が外されると、雨はその中にまで染みこんで緩衝材までが湿っていた。
アンドレが手際よく荷を解き進めていくと、現れたのは、カードと、美しく艶やかな陶器の瓶だった。
長椅子にもたれて彼のようすを見ていたオスカルが、野うさぎのようにぴょんと起きあがる。
「酒、だよな」
「みたいだな。って、おまえ、異常に嬉しそうな顔をするな」
あきれながら、アンドレはカードをオスカルに渡した。
封を開き、2つ折りになっているカードを開く。
しかし、残念ながらそれは雨ににじんで、ほとんどの文字が読み取れなかった。
かろうじて残っている文字・・・これは。
「東洋の文字?」
英語やラテン語、スウェーデン語など、語学が堪能なオスカルにも、東洋の文字までは判らない。
「瀬・・津・・・喩、かな?」
「漢字というやつか?おまえ、よく読めるな」
「いや、まったく判らない。読めてもいない。
近衛にいた頃、東洋からの賓客のために少しは勉強したけれど」
「漢字ということは、これはシノワズリなんだろうか」
アンドレは、けっこう大きな酒瓶を手に取ると、光沢を放つ陶器をしげしげと眺めた。
「ん〜、最近シノワズリは流行っているが、どうだろ?
この陶器の質感や彩色はシノワズリというよりも、その向こうの島国のものじゃないか」
「ふう・・ん。俺にはよく判らないけど。
でも、この陶器の藍の色味はおまえの瞳によく似ている。
選んでくださった方の気持ちが伝わるようだな」
「うん。それにしても、どなたなんだろう?
執事なら判るだろうから、明日聞いてみよう」
オスカルは腕を伸ばしてアンドレから酒瓶を受け取った。
彼はこともなく手にしていた酒瓶だが、しかし、それは予想以上に重く、オスカルには持っているだけでかなりの力が要った。
「んー。『瀬津喩』・・か。気になるな。
贈り主の名前なのか、酒の名前なのかすら判らん」
「予備知識が足りないんだから、考えても判らないだろ」
「それもそうだな」
「で、どうする?」
アンドレにそう問われて、オスカルはきょとんとした目を向けた。
「どうって、なにが?」
「この酒だよ。
おまえ、今日はワインを飲む気でいただろ?
どうするんだ?この酒はしばらく飾っておくか?
この陶器自体、価値がありそうだし」
「おまえはばかか?」
オスカルは笑った。
「酒なんて眺めていたってなんの意味もないじゃないか。
飲むに決まってる。開けてくれ」
オスカルは彼に酒瓶を渡すと、期待満面の無垢な瞳をくるくるさせてアンドレを見上げた。
こういうところは子供の頃のままだな。
軍務を取るときのクールな彼女の横顔を見慣れているアンドレは、そのギャップがおかしくてならない。
こんなオスカル、とてもアランには見せられない。
「グラスはどうする?替えるか?」
「いや、とりあえずこのままでいい」
アンドレが優雅な手つきでワイングラスに酒を注いだ。
揺らめく琥珀色の液体。
「これは・・・ブランデー、だな」
まずはワインさながら、テイスティングに、ひとくちだけ。
それなのに。
「すごい香りだ」
オスカルはグラスを手にすると、くちもとのあたりで揺らした。するとその液体は空気と混ざり合い、花とも果実ともつかない艶やかな芳香を放つ。
広がり押し包んでくる香りに、彼女は陶然となった。
意識の一部がふわりと浮いて、何か・・・涼やかな笑い声を聞いた気がした。
くすくすと笑う女の声を。
「どうした?オスカル」
「香りと・・女の笑い声が・・・」
彼女はハッとして気を取り直し、アンドレを見た。
「いや、なんでもない。
どうかしてるな。空耳だ」
オスカルはグラスをテーブルに戻すと、ブランデーを注ぐようアンドレに目で促した。その目にはもちろん、「おまえもつきあえよ」という意味合いが含まれている。
アンドレは苦笑しながら2つのグラスにブランデーを注ぐと、肘掛け椅子に座った。
「香りが素晴らしいだろう?」
さっそくグラスを手にしたオスカルが、半ば目を伏せ、その芳香を楽しんでいる。
アンドレもグラスを取ると、その酒の香りを確かめてみたのだが。
「全っ然、判らない」
「は?」
「特別、なんの香りもしない。
その代わり、酒くさくもない」
「うそだろう!? これだけ華やかな香りが判らない?
おまえ、意外と無粋なやつだな」
「オスカルの感性が豊か過ぎるんだろ」
アンドレは肩をすくめると、ブランデーをひとくち飲んでみた。
ストレートで飲んでいるのに、喉にも胸にもやける感じがしない。
スッと入ってきて、なんのクセもない。
ブランデーらしい味や香りはするのだが、口当たりが良くてスイスイ飲めてしまう。
これ、本当にブランデーなのか?
「おまえ、今日はやけに飲めるんだな」
オスカルが意外そうに彼を見ている。
「失礼な。俺だって酒は強い方だよ。
ただ、おまえが化け物なだけで」
アンドレのその言いように、オスカルはちょっと拗ねた顔をしながら、自分も異国から届いた酒を口にした。

その瞬間。
くらりとめまいがした。
視界がゆがんだ気がして、耳もとにかすかな声がする。
・・・あなたの心の奥底を見て、オスカル・フランソワ・・・
「なん、だ?」
オスカルは軽く首を振ると、ブレた視界を振り払った。
「どうかしたのか?」
彼女の見せる、ちょっと妙なしぐさにアンドレは心配になった。
衛兵隊では相変わらず激務が続いている。深酒なんかさせないで、休ませた方がいいんじゃないか。
彼がそれを口に出そうとすると、気配を察したようにオスカルが笑った。
「なんでもない。
初めて飲む酒だから、ちょっとクラッときただけだ」
「クラッと?」
おまえが?
「うん。これ、美味しいけどけっこう強いな。
それになんとも言えない魅力的なクセがある。
この後くちの甘やかさはなんだろう」
オスカルのこの言葉に、アンドレは釈然としない気持ちになった。
自分には、ちっとも強くなんて感じない。むしろ物足りないぐらいに飲みやすいのに。
「おまえ、調子が悪いんじゃないか?」
依然心配そうなアンドレの声音が、オスカルの子供っぽい負けず嫌いに火をつけた。
アンドレに酒で負けられるか。
そんな気持ちにスイッチが入る。
「大丈夫だって」
そう言うと、挑戦的にコクコクとグラスをあける。
「おまえのグラスだって、もうあいているじゃないか。
せっかくの異国から来た美酒だぞ。
飲まなくてどうする」
アンドレは止めようかとも思ったが、止めれば余計意地になるオスカルを知っている。仕方なく2つのグラスに酒を注いだ。
何の変哲もない琥珀色の液体。
それなのに、なぜ俺とオスカルでは感じ方が違うのだろう。香りも、味も。
アンドレはそれを確かめるように何度もグラスをあけたが、不思議なぐらい酔いはちっとも訪れない。
ただ、オスカルと静かな時間を共にすごせる充足感だけが増していく。
そして、彼女に触れたいと思う気持ちも、わずかながら。
そんな気持ちをまぎらわせるようにアンドレが酒を深めていくと、オスカルも同じテンポでグラスをあける。
幼なじみならではの絶妙なピッチが、余計に酒を美味しくさせるようだ。
やがて、2人、くつろいだ気持ちでゆるゆると交わしていた何気ない会話が途切れた。
静かな部屋に激しい雨音だけが響く。
その雨音を縫うように、ふとオスカルがため息をついた。
グラスを両手で包み、軽く揺り動かしながら、立ちのぼる香りに陶酔している。
「オスカル?」
呼ばれて彼女はアンドレに目を向けた。
半ば伏せられた瞳。
光の加減だろうか。いつもの深い青ではなく、紫がかって見える。
少し酔ったのか、赤味が差した頬の色が映っているせいか?
くちびるも普段よりずっと紅く、アンドレは落ちつかない気分になった。
「少し飲み過ぎだ、オスカル。もう休んだ方がいい。
俺も朝が早いし、そろそろ部屋に戻るよ」
彼は立ち上がると長椅子に近づき、彼女の手からグラスを取りあげようとした。
そのアンドレの手をオスカルがつかむ。
「もう少しここにいてくれ」
「?」
怪訝な顔をする彼の手を強く引くと、オスカルはアンドレを自分の隣に座らせた。
「ちょっ・・、どうしたんだよ」
「判らない。でも」
なんだか息苦しくて、彼の手をつかんだまま、オスカルはブランデーをまたひとくち飲む。
すると息苦しさは胸の甘い痛みに変わった。
この痛みを彼女は知っている。
湖の瞳のプラチナブロンド。
北欧の貴公子に焦がれていた頃にさんざん味わったものだ。
でも。
今感じている痛みはもっとせつなく、体の深いところから訪れている気がする。
オスカルはまたため息をついたが、それはもはやアンドレには熱い吐息に感じられた。
「今日のおまえ、少しおかしいよ」
「うん。おかしいかもしれない。
なぜだか今日は、おまえを見ていると胸が苦しい」
「だから・・それはきっと調子が悪いからだよ。
疲れているんだ、おまえ」
「違う」
オスカルは金色の髪を揺らして首を振った。
緊張から逃れるように、また、ひとくち、ふたくちブランデーを飲みこむと、彼女の頭の中に声が響く。
・・・あなたにとって大切なのは?・・・
オスカルは再び軽いめまいを感じ、アンドレの胸に倒れかかった。
彼の胸に触れている頬が熱い。
グラスから溢れる艶やかな芳香が、オスカルから思考能力を奪っていく。
頭の中でささやきかける微かな声が、内側から彼女を揺らす。
オスカルはその声に抗うように、手にしたブランデーの残りを一気に煽った。
少しふらつく危なげな手元でグラスをテーブルに戻したとき、燭台の灯がいくつか消えた。
「え!?」
アンドレはうろたえたが、オスカルは気づいてもいないようだ。
すべての蝋燭が消えたわけではなくても、部屋はずいぶん暗くなる。
当主や時期当主の部屋の蝋燭は、常におろしたてのものに換えられているはずで、一晩も保たないなんてことはない。きっと1番簡単な仕事を任されている新参者の少女が交換を忘れたのだろう。
こんな状況で灯りが落ちるなんて!
ダメだ。俺の神経が・・・
アンドレはオスカルの両肩を優しくつかむと、そっと自分の胸から彼女を引き離そうとした。
けれど、そのときふいに彼女が顔を上げたので、図らずも至近距離で見つめあうかっこうになってしまった。
いつもよりも、お互いの瞳がずっと・・・ずっと近い。ほの暗い部屋の中でも、相手の瞳に映る自分が見えるぐらいだ。
オスカルは隻眼に浮かぶ自分の姿を見つめる。
見慣れた顔と、髪。
それなのに、そこに映るのは見知らぬ女。
この女は私なんだろうか?
微かに残る理性がそれを考えようとしても、頭の中に響く声に打ち消されてしまう。
・・・考えてはだめ、オスカル・フランソワ・・・
でも。
私は今、何をしようとしている?
その思考もすぐに、まとわりつく華やかな酒の香りに沈められていく。
判るのは目の前にいる男に体が熱くなることだけだ。
頭の中で優しく柔らかく響く女の声が、オスカルの心の武装を巧みに解いていく。
この声は、異国の酒の聖霊か?
呪文のように不思議な3つの東洋の文字が浮かんでは消えて・・・やがて彼女は本当に考えることができなくなり、すがるように彼の名を呼んだ。
「アンドレ・・・」
オスカルが彼の名前を低くささやきながら頬に触れると、細い指先の熱に、アンドレは長椅子の上で後ずさった。
上目づかいの紫がかった瞳に惹きつけられて目をそらせない。
「おまえ、なにを」
「考えてはだめ」
オスカルの指が再び伸ばされて彼の頬に触れ、そのまま指先はくちびるへと滑り降りる。
ジリジリと詰められる間合いに、アンドレの心は裂かれていく。
もう2度と触れることは叶わないと思っていた女。
どれほど想ったところで、振り向いてくれることなどあるわけがない。
それなのに自分をからめとって離さない、憎しみに変わりそうなぐらい愛している女が今、誘う目をして体を寄せてくる。
これは絶望的な恋と生きることを選んだ俺に、神が見せている甘い夢なのか。
それとも解放されたときにはもっと苦いだけの悪夢なのか。
どちらにせよ、彼はもう限界に近かった。
夢に流されてしまうか、それとも、かつて自らが立てた誓いを守りきれるのか、ギリギリのところにいる。
あとほんの少しの刺激があれば心は一気にその方向を知る。
そして・・・
せめぎ合う彼の中の均衡を崩したのは、他ならぬオスカルだった。
猫のようにするりとアンドレのふところに身をすべりこませると、彼を見上げる。
彼のくちびるをなぞっていた熱い指先は、今はアンドレの手首を握り、彼の手をブラウスの襟元へと導いていた。
細いブラウスの隙間に彼の手が誘いこまれて、指先に華奢な鎖骨を感じる。
「苦しいんだ、アンドレ。おまえのせいで」
激しい雨音にかき消されそうな声。
熱っぽく潤む紫の瞳で彼を見上げていたオスカルが、ゆっくりと目を伏せた。
わずかに開いたくちびるがアンドレへとさらされる。
夜目にも鮮やかに、淫らな紅。
その色は彼の心を振り切るにはじゅうぶんな起爆剤だった。
「オスカル!」
アンドレは片手で彼女を抱きしめると、その想いのままに激しくくちづけた。
腕の中のオスカルは拒むことなく彼に体重を預けて、くちづけに応えてくる。
初めてのくちづけは、抵抗しようにもない泥酔したオスカル。
2度目のくちづけのときの彼女は、精一杯抵抗して涙を見せた。
でも今は違う。
彼女が彼を誘って、彼のくちびるに応えている。
オスカルがこんな・・・あるはずがない。
これは夢だ。きっと夢だ。
その証拠にほら。
アンドレがくちづけを深めると、クラクラするような華やかな酒の香りがオスカルのくちびるから伝わってきた。
雨音に閉じこめられて抱き合う2人を、いたずらっぽく、くすくす笑っている女の声がする。
こんなの現実であるわけがない。
それなら。
それなら、もう1度言ってもいいか。オスカル。2度と告げることはないと思っていた気持ちを。
今のおまえなら受け入れてくれるか?
彼女の中から匂い立つ異国の酒の香りに、アンドレもまた落としこまれそうだった。
「オスカル、俺はやっぱりおまえを」
薄闇の中、アンドレが彼女の紫の瞳を見て話し出した瞬間。
目に眩しいほどの稲妻に部屋が浮かび上がった。
次いで、鼓膜を震わすような雷鳴。
オスカルが肩を大きくびくつかせてアンドレのシャツをつかんだ。そのまま身をすくませ、心持ち震えている。
「怖いのか?」
彼はそんなオスカルをかわいらしく思い、大きな手で彼女の後頭部を包むと、優しく言った。
「大丈夫。怖くないから」
けれどもオスカルは彼の腕の中で、アメジストのような瞳を不安そうに揺らめかせている。
それを見たアンドレは、彼女を安心させたくて、もう1度くちづけようとした。
でも、そのとき。
ふと胸を掠める違和感。
おかし・・い。オスカルが雷を怖がるなんて。
「オスカル?」
彼女の瞳をのぞきこむと、くちびるを合わせたときに感じた芳香が立ちのぼってくる気がした。
熟れた香りに惹きこまれて、そのままくちづけそうになるが、くちびるが触れる寸前でアンドレは動きを止めた。
自分を見つめるオスカルの熱を帯びた瞳。
その妖艶な紫色に、アンドレは霧が晴れたように自分を取り戻す。
俺のオスカルは・・
俺の愛するおまえの瞳は。
財宝とともに眠る難破船が沈む深い海。
乱反射して煌めくサファイア。
雪野原に影を落とす月の光。
嘘を見透かすおまえだけの気高い色だ。
「来い!オスカル!!」
アンドレは長椅子から立ち上がる。
少し嫌がるそぶりのオスカルの肩をきつく抱いて、頼りない足元を無理に歩かせ、部屋を横切るとバルコニーへ出た。
横殴りに吹きつける大粒の雨に、すぐに2人、全身ずぶ濡れになる。
時おり稲妻が空を明るくし、濡れたオスカルの髪も光沢を放つ。
艶やかな酒の香りが雨の匂いに消されていった。
冬の雨に体がしんから冷えて、アンドレは彼女の頬に手をかけると上向かせた。
彼を見上げる瞳は頼りなく、怯えが見て取れたが、やがてはっきりとした意志を持ち始める。
稲妻の光を受けて夜気に浮かぶ頬の白。艶やかな金。
そして、幼い頃から変わらない、心に斬りこんでくるような青。
ああ、オスカルだ・・・
アンドレは彼女を強く抱きしめる。
「おい、アンドレ。ちょっと・・・おまえっ」
彼の腕から逃れようとジタバタするオスカルに、アンドレは妙にホッとする。
ちょっと寂しいけど、やっぱりこれがオスカルだよな。
彼女はしばらくアンドレの腕の中で暴れていたが、いきなりくったりと動かなくなった。
崩れ落ちそうになる体を、とっさに彼が支える。
「オスカル?おーい、オスカル。大丈夫か?くたばったのか?」
2〜3回、頬を叩いてみたりするが・・・だめだ、こりゃ。
「だから飲み過ぎだって言ったのに、俺に張り合って飲んだりするから」
アンドレはオスカルを抱き上げた。
「ごめんね、オスカル。俺、本当はおまえより・・ずっと酒は強いんだ」
風向きを背中にまわし、アンドレはオスカルにくちづける。
これで最後かもしれないくちづけ。
だって、きっとおまえは俺に振り向かないだろう?
だから彼は想いのすべてをこめてくちづける。
そして、彼女のくちびるの柔らかさを胸の奥に包みこんだ。
このくちづけの記憶があれば生きていける。もし、おまえが誰かを愛したとしても。
決して手に入ることない女のくちびるを感じながら彼は思う。
ああ。これはやっぱり神さまが俺に与えてくれた夢だ。だから、オスカル。異国の酒の神に免じて、この身勝手なくちづけを許してくれ。
もう何も映すことのない左目から、熱い雫が溢れて彼女の白い頬に落ちる。
その涙の熱さに体が冷え切っていることを感じ、彼は慌てた。
このままでは風邪をひかせてしまう。
アンドレはオスカルに刻みつけるように、一瞬だけ深めたくちづけをほどくと、彼女を抱いて部屋へと戻った。


嵐の夜の翌日は、たいがいが良い天気なものだ。
アンドレの狭い部屋にも、窓から朝の陽射しが注いでいる。
簡素なテーブルには、トレイに乗ったワイングラスが2つと未開封のワイン、それから藍の色も美しい陶器の酒瓶が置いてある。
眠れたような眠れなかったような一夜が明けて、アンドレはテーブルの上の酒瓶に目を向けた。その酒瓶の存在は、昨日の出来事が夢ではなかったと彼に伝えている。
一体、なんだったのだろう。昨日の夜は。
寝台に座って、アンドレは数時間前に起きた出来事をまざまざと思い出していた。
女でしかない顔をして身を寄せてきたオスカル。
思われず理性が振り切れてしまったけれど、今日あいつに会ったら俺はどんな顔すりゃいいんだろ。
あの雨の中のくちづけをのぞけば、アンドレは無理やりなことはしていない。
むしろ誘われたのはアンドレの方で、あんな・・・あんな状況で何もしないなんてできるわけがない。
彼は頭を抱えて枕に突っ伏した。
だいたい俺、くちづけしかしてないんだよな。
やろうと思えばもっといろいろできそうだったのに、俺ってば何を善人ぶって千載一遇のチャンスを・・・ああ、もうっ!
って、いやいや、そういうことじゃない。だから、えーと、そうだ。オスカルだ。
あいつ、寝て起きたら怒っている可能性だってあるよな。
『簡単に誓いを破るようなやつだと思わなかった』
酔いが抜けたとたんに、そんなふうに言い出さないとも限らない。酔っぱらいなんて、いくらでも理不尽なことを言うもんだし。
それを思うと、アンドレは血液が一気に逆流する思いがして、ブランケットを頭からかぶると寝台を転げまわった。
へたすりゃ、なんとかつながっていた良好に見える関係が今度こそ破綻するかもしれない。
俺はあのときどうすれば良かったんだろう。あのまま誘われてしまえば良かった?
『女に恥をかかせやがって』
万一、そんなふうにキレられたら最悪だ。がまんした上に怒られたんじゃ、俺、報われなさすぎるぞ?
でも、あのときのオスカルは本当に異常な酔い方をしていたからなぁ。
あのあと。
ずぶ濡れのオスカルを着替えさせるために、アンドレは気の利いた古参の侍女を呼び、彼女を託した。
「酔っ払ったオスカルが雷にはしゃいだ挙げ句に酔いつぶれた」というわけの判らない言い訳をして、オスカルの世話を侍女に任せたまま、そのあとの彼女の様子は判らない。
まさか酔ったまま目を覚まして、侍女にあんなことやそんなことを言っちゃってないよな?
「おーい、お嬢さま。頼むよ〜」
ブランケットをかぶり、感極まって寝台の上をバタバタ泳ぐアンドレ。
そこに呆れたような声がかかった。
「アンドレ。あんた、何やってんの」
突然の声に、彼は跳ね起きた。
使用人仲間で洗濯係のエリサがテーブルの横で唖然としている。
「わあぁぁっ!エリサ、いっ、いつからそこに!?」
「さっきからいたわよ。ノックしても返事がないから入ってみたら、あんた1人で転げ回ってるから」
「うっ・・。ちょっと変な夢を見ただけだよ」
アンドレは照れ隠しでエリサに背を向けると、なんとなくブランケットをたたみ始めた。
「で、エリサ。朝から何の用?」
内心の動揺を鎮めながら彼は聞いたが、彼女の返事はない。
不審に思ってアンドレがふり返ると、エリサは例の酒をグラスに注いでいた。
「エリサ、ちょっと、おいっ!何やってるんだよ!?」
彼女は酒に目がないのだ。
「この香り、ブランデーよね?いいじゃない。味見ぐらいさせてよ」
「ちょっ、待て。その酒はダメだ!」
「だってコレ、いかにも高級そうじゃない?ひとくちぐらい飲んでみたいわ」
アンドレは心底焦った。
オスカルの、あの尋常じゃない酔い方。
あの・・・誘う瞳。
朝っぱらから冗談じゃない!!
慌ててエリサからグラスを取り上げようとしたが、彼女は一息に飲んでしまった。
ヤバい。怖い。
お屋敷内で女関係の揉め事なんか起こしたら、おばあちゃんが・・・だんな様が・・・
オスカルが!!
アンドレは青くなってエリサと距離を取り、彼女を警戒した。
「ねぇ、アンドレ。これ、ブランデーよね?」
「そ、そうだよ」
「なんなの、これ。飲みやすすぎて物足りないわ。高級品ってこういうもの?」
エリサはケロッとしている。
「香りが、しないか?独特な」
「独特な香り?判らない。ブランデーの香りはするけど、あまり強くはないし」
そう言いながら立て続けに2杯飲むと、彼女は慣れた手つきでアンドレの洗濯物をまとめ始めた。
「あ。そうそう、アンドレ。オスカルさまが呼んでいらしたわよ。
あら?呼んでいたのとはちょっと違うかしら」
「どういうこと?あいつ、もう起きてるのか?」
「そう。さっき洗濯物を取りにうかがったら、もう、お着替えもご自分で済まされていらして。
別にあんたのことを呼んでいたわけじゃないんだけど、アンドレがどうとかブツブツ言ってたわよ」
俺のことをブツブツ?
それってやっぱり昨夜のこと、だよな。
心の中の不安が一気に煽られる。
ダメだ。オスカルの顔を見て話がしたい。
エリサの視線も気にせずアンドレは素早く着替え、身支度を整えると部屋を飛び出し、オスカルの元へ向かった。
階段を3段抜かしで走り抜け、朝の冷気に吐く息が白くなる。
次期当主の重厚な扉の前まで来ると、ノックの返事も待てずに中に入った。
彼女は長椅子の上で膝を抱えて、昨日届いたカードを眺めている。
雨ににじんで残った『瀬津喩』という文字に魅入っているようだ。
「あの・・おはよう、オスカル」
そう言われて目を上げ、アンドレを見た彼女は、遠目に見てもはっきり判るぐらい真っ赤になった。
そして、遠目に見てもはっきり判るぐらい不愉快そうな顔をした。
「呼んでないぞ、アンドレ」
ああ、やっぱり怒ってる。
怒られるいわれはないのに、アンドレはどうしても彼女の態度に振り回されてしまう。
「オスカル。昨夜の、こと、だけど」
「言うなっ」
オスカルが鋭い声をあげた。紅潮していた頬がいっそう赤くなる。
「私があんな・・
昨日はどうかしていたんだ。思い出したくもない」
「そんな言い方、ないんじゃないか?」
アンドレはたまらなくせつなくなった。
酒の上でのことだとしても、おまえが自分から俺の腕の中に来てくれて、俺はすごく嬉しかったのに。
「昨夜のこと、俺は忘れないよ」
「やめてくれ、本当に!
昨日のことは私には屈辱でしかない」
「屈辱って、おまえ」
それって、俺が誘いに乗らなかったこと?
「あの、オスカル。昨日のおまえはすごく・・かわいかったよ。
ただ、俺」
「いいかげんにしろ。おまえ、私をばかにしているのか!?」
「違うって!俺は本当に嬉しかったんだ。
ちょっととまどったけど、おまえがあんなふうに」
アンドレを見つめる彼女の声が、哀願するように変わった。
「お願いだから、忘れてくれ。
おまえにあんな私を見られたかと思うと、私・・もう・・・」
真っ赤になってうつむき、そんなセリフを言うオスカルに、アンドレは朝からグラグラに誘惑された。
昨夜以上にかわいく見える。
彼はふらりとオスカルに近づき、髪を撫でた。
「俺は、あんなおまえをもっと見たいけど」
そう言われてアンドレを振りあおいだ彼女は、また表情を一変させた。
「ほ・・ぉ。たいした余裕だな。
ああ、そうか。私に酒で勝てて、おまえはそんなに嬉しいか」
「は?」
「ちくしょう!この私があの程度の酒で酔い潰れるなんて!!」
「あの、オスカル?」
「まったく恥辱でしかない!ひとくちやふたくちの酒で潰れるなど!!」
いや、ひとくちやふたくちどころか、おまえ、かなり飲んでたじゃないか。
アンドレは恐る恐る聞いてみた。
「怒らないで答えて欲しいんだけど、おまえ、昨日のこと、どこまで覚えてる?」
「だからっ!!ふたくちぐらい飲んだところから何も覚えてないって言ってるだろう?
何度も言わせるな。なんの羞恥プレイだ。
さてはおまえ、この状況を楽しんでいるな?」
「何も覚えてない、のか」嘘だろ!?
「悪いか!ひとくち飲んだらすごく美味しくて、香りが素晴らしくて、でもふたくち目を口にしたあたりから一気に何も判らなくなって・・・
長年浴びるほど飲んできたが、こんな屈辱、生まれて初めてだ。
おまえの前で酔い潰れるなんて!
なんなのだ、あの酒は!!
・・おい。アンドレ、聞いているのか?」
「あ、ああ。聞いてる」
上の空で答えながら、彼は別のことを考えていた。
覚えてないって・・・それじゃ、あのとき、俺、何をしても大丈夫だったってこと!?
相当なチャンスを棒に振ったと?
アンドレの精神的ダメージは大きかった。
オスカルが俺を誘うなんて、きっと金輪際ない。乗っときゃ良かった、俺のバカ!
「・・ったか?アンドレ?」
「え?」
「このままでは気分が悪いと言っている。だから今夜は飲みなおしだ。
判ったか?アンドレ?」
「え?あの、異国の酒で!?」
「当たり前だろう。他の酒じゃリベンジにならないじゃないか」
あの酒を、また2人で飲む?
そんな。本当に?
「今夜は負けないからな」
オスカルは天使のごとき微笑みを浮かべた。
「わか・・った。
あの、ごめん、オスカル。俺、ちょっと調子悪いんで、いったん退がるよ」
大丈夫かと問う彼女の声を置き去りに、アンドレは部屋を出た。
何も覚えてないって? あんな瞳で俺を見つめたのに?
そして、今日も飲むって?
混乱しながら、彼が広い屋敷を自室へ向かっていると、エリサが通りかかった。
ちょうどいい。聞きたかったことがある。
「アンドレ。さっきはブランデー、ごちそうさま」
「エリサ、ちょっと聞きたいんだけど、今の気分はどうかな?」
「気分って?」
「えーっと、だから」
妙に欲情してませんか?
なんて。
ダメだ。聞けるわけない。
「いや、いいんだ。なんでもない」
アンドレは取り繕った笑顔を見せると彼女とすれ違い、自室へと戻った。
どっかりと寝台に座りこむ。
オスカル。何も覚えてないって言ってた。ふたくち目から覚えてないって。
しかしエリサはさっき「ブランデーごちそうさま」と言った。
彼女は例の酒を2杯飲んでいる。けれど酒の影響を受けていないということだ。
アンドレ自身もオスカルとくちびるを交わすまでは、あの酒の香りが判らなかった。
「オスカルだけを酔わせる酒?」
くすくすと笑う女の忍びやかな声を思い出す。
異国の酒の神のいたずらなのか。
オスカルだけを淫らに酔わせる・・・なんて危険な酒。
なんて危険な・・・今夜!!
あいつ、今夜もあの酒を一緒に飲もうって。
「今夜は負けないからな」
そう言って笑った。
ああ、オスカル。
俺はすでに負けそうだ・・・
アンドレは立ち上がると美しい東洋の酒瓶を手に取った。
オスカルの瞳を思わせる釉薬の藍が艶やかだ。
いっそ割ってしまおうか。彼は目を閉じてしばし考えたが、それをできるわけがなかった。その酒の効果があまりにももったいなくて。

この酒を彼女に、飲ませたい。
飲ませたくない。
自制心の強い男、アンドレ・グランディエ。
彼の本当の自制心は今夜試される。
結末を知ることができるのは、不思議な名を持つ異国の酒の神だけのようだ。



                                      FIN




ゆずの香さまより、妖艶兼純情なオスカルさまと、それに翻弄されるアンドレ
のお話を頂きました。
こういう夜もアンドレへのご褒美としてあってもよかったのかもしれません。
あくまで自制するアンドレならではの役得でしょうか(笑)。
ゆずの香さま、ありがとうございました。                  さわらび







        
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