Le Chat botte〜長靴をはいた猫〜

昔々ある国に、粉ひき職人の男がいた。
そして男には三人の娘がいた。
名前はクロティルド、オルタンス、オスカルだ。
クロティルドとオルタンスは結婚している。
オスカルは独り身だ。



オスカルが楽しげに語り出した。
今夜の語りはおまえも聞けと言われたので、アンドレも反対の枕辺に座っている。
両親そろっているので、ノエルはいつになく瞳が輝いていて、これは寝かせるにはちょっと逆効果だったかと思ったが、今さら別室に引き上げるわけにも行かず、アンドレは少し困った顔でノエルにほほえんでやった。
そこへ持ってきて、ひとりだけ独身の設定のオスカルである。
しかも原作では男三人兄弟の設定を姉妹に変えている。
さてさてどうなることやら…。



粉ひき男はそれなりに商売をしていたが、年には勝てずぽっくりと逝ってしまった。
そして残されたのは粉ひき小屋とロバと猫だった。
粉ひき小屋はクロティルドが受け継いだ。
つまり商売丸ごと引き継いだのだ。
クロティルドの亭主は別の村で粉ひきの商売をしていたのだが、こちらの方が実入りがよさそうだというので、女房について引っ越してきた。

そしてロバはオルタンスがもらった。
オルタンスの亭主も別の村で商売をしていたが、ロバというのは便利なもので、荷運びに何頭いても困るものではない。
亭主は大喜びで手綱を引いて帰っていった。

そしてオスカルだ。
嫁いだ姉と違って、オスカルは父の仕事を手伝っていた。
なかなかの力仕事をするために、いつも男のなりをして、粉袋も担いでいた。
だから小屋もロバも本来ならそのままオスカルが継いでしかるべきなのだ。
だがオスカルのもとに残されたのは猫一匹だった。
仕方なくオスカルは猫を連れて家を出た。
行く当てもないのに。
ああ、そうだ。
言い忘れていたがこの猫の名前はアンドレというのだ。




ここでアンドレが目をむいた。
オスカルが登場する以上、自分も出てくることは覚悟していた。
ただ、どんな役回りで出てくるか。
オスカルが三男の役ならば、いずれ三男と結ばれる王女の役、いやここでは三女になっているから王子役…それもなかなかこそばゆいが、しかしそれ以外の役柄が当たるのは考えづらかったのも正直なところである。
それが…。
それが、猫である!
ノエルがキャッキャッと笑い声をあげた。
「ねこ…、アンドレ…、とう…さま…!」
見事な連想をしてのける。
ミカエルも笑顔で父を見つめている。
アンドレは何の罪もない子供たちをにらみつけるわけにはいかなかった。
そして、惚れ抜いて結婚した妻をにらみつける勇気はさらになかった。
だから黙ってノエルの頭を撫でてやった。
オスカルはしたり顔で話を進めた。



「こんな猫一匹で、これからわたしはどうしたらいいのだろう。」
オスカルの気は重かった。
とりあえず今晩の食事として猫を食べてしまうという手もあるが、かわいがってきたのだから、どうにもそれはしのびない。
すると猫のアンドレが突然話しかけてきた。
「オスカル、そんなに心配することはない。おまえがもらったものはそう悪いものでもないぞ。」
猫のくせに随分えらそうな話し方だが、長いつきあいだからオスカルは許してやった。
この猫がとても主人思いだということを知っていたからだ。
どんなに態度が傍若無人でも、心の奥ではオスカルのために命をかけて働いてくれる。
だからオスカルは決してとがめずに言った。
「それで…、どうしようというのだ?」
「俺に…長靴をくれ。」
「ばかを言え!そんな足で長靴などはけるか!?」
「冗談ではないぞ。俺に長靴を用意しないなら、おまえは生きてはいけない。絶対に!!」
とことんえらそうな猫である。
その場で焼いて食べてもいいところだったが、心優しいオスカルは猫を靴屋に連れて行った。
「…わかった…。好きな靴を一足選ぶがいい。」



もはやこの時点でアンドレはオスカルの物語る話に、一切期待しないことにした。
生き生きとしたオスカルの顔は、少年時代(あえて少女時代とは言わない)そのままで、剣の相手を務めさせられたときと同じ思いを、再び抱かざるを得なかった。
煮るなり焼くなり、もう好きにしてくれ…。
アンドレは小さくため息をつき、今度はミカエルの頭を撫でてやった。



こうして猫のアンドレは…これからはアンドレと呼ぼう。
ややこしいからな。
アンドレは体よく長靴を手に入れた。
そして森に行き、まるまると太ったウサギを捕まえた。
アンドレはなかなか器用なのだ。
それからウサギを持って城へ行き、王さまに献上した。
そのときアンドレは「ジャルジェ伯爵さまからの贈り物です。」という言葉を添えるのを忘れなかった。
これが目的だったのだ。
王さまはあまり聞き慣れない名前だったが、うまそうなウサギに満足しご機嫌だった。
しっかりご褒美の金貨をくれた。
この金貨でアンドレは小さな宿を借り、そこでしばらく暮らすことにした。
とりあえず数日は寝るところができてオスカルはホッとした。
アンドレはそれからも何度かウサギを捕まえては王さまに持って行った。
そしてそのたびに「ジャルジェ伯爵さまからの贈り物です。」と伝えた。
王さまは回を重ねるごとに、ジャルジェの名前を覚え、ご褒美として金貨をくれた。
アンドレはこの金貨をしっかり貯め込んだ。
アンドレはオスカルの金銭感覚をあまり信用していなかったのだな。

あるとき王さまが王女さまとともに領地の視察に出るという話をアンドレは聞いてきた。
そこでアンドレはオスカルを連れて湖に来た。
それから、あろうことかオスカルを突き飛ばして湖に落とした。
オスカルは死ぬほど驚いた。
まさかアンドレが自分を殺そうとするなんて…。
だが、湖は浅かったので、オスカルはすぐに足をついて立ち上がった。
もちろんずぶ濡れである。
このまま帰るわけにはいかない。
「あ、悪かった。なんでもないんだ。すぐかわりの服をもってきてやる。その濡れた分は脱いで、この石の上に置いておけ。」
オスカルは仕方なくアンドレの言うとおりにした。
だが、男のなりをしていても、そこは女である。
服を脱いだまま水から上がることはできない。
アンドレはその服を素早く袋にしまい込んだ。

そこに王さまの馬車が通りかかった。
アンドレが大声を上げた。
「大変です、ジャルジェ伯爵が水浴びをしている最中に泥棒に持ち物を取られてしまいました!」
王さまと王女さまはびっくりしながら、水中のオスカルを見た。
見事な金髪と蒼い瞳。
一目でただものではないとわかる姿だ。
王さまは家来に命じてすぐに新しい衣装を一式取り寄せてくれた。
貴族の出で立ちになったオスカルは、申し分ない貴公子だった。
王女さまがうっとりとしている。
王女さまの名前はロザリーといった。
王さまはオスカルを自分の馬車に乗せてくれた。
そして屋敷まで送ろうと言ってくれたのである。

これにはオスカルが困った。
小さな宿を借りているだけだ。
そんなところに王さまを連れてはいけない。
するとアンドレが言った。
「ありがとうございます。ではわたしは先に屋敷に戻り、王さまをお迎えする用意をいたしましょう。どうか王さまはゆっくりとお越しください。」
こうしてオスカルは王さまとロザリー王女とともに馬車に乗り、アンドレは御者に道順を教えると駆け出していった。




アンドレはうっとりとする王女さまに少しホッとした。
なぜなら、これが王子さまなら、この後オスカルと結婚することになるのだろうが、王女さまならそうはならない。
一応この話のオスカルは女なのだ。
しかも王女がロザリーときた。
一体全体オスカルがこの話の結末をどう持って行くつもりなのか。
少しアンドレも興味が出始めた。



アンドレは今までに王さまからもらっていた金貨を道々の農夫に配って歩いた。
「いいか。この金貨はジャルジェ伯爵さまからの賜り物だ。今日からこのあたりはジャルジェ伯爵さまの領地になったのだ。もし王さまが通りかかってお尋ねになったら、そう答えるんだぞ。」
農夫達はびっくりしながら金貨を受け取り、必ずそう返事をすると約束した。
そしてアンドレは本当の領主であるモンテクレール伯爵夫人のもとに向かった。
モンテクレール伯爵夫人は絶世の美女だが、実は魔女だったのだ。
アンドレはその伯爵夫人に勝負を挑んだ。
どちらが上手に化けられるか。
アンドレは言った。
「わたしは本当は人間です。だからこうして話もできる。でも今は猫に化けている。すごいでしょう。あなたは随分と化けるのがお上手だと聞いているが、わたし以上とは思えない。もしそうではないというなら、わたしより小さいものになれますか?」
これを聞いてモンテクレール伯爵夫人は馬鹿にされたとすっかり怒ってしまった。
そしてすぐさま鼠に化けた。
するとアンドレはそれをパクリと食べてしまった。
そして、屋敷中の家来を呼び集めて言った。
「魔女は死んだ。今日からこの屋敷はジャルジェ伯爵のものである。」
恐ろしい魔女に仕えていた善良な家来達は大喜びでアンドレの命令に従った。

そのとき、馬車が到着した。
ちょうどモンテクレール伯爵夫人のために用意していたごちそうができあがったところだった。
アンドレは大急ぎで王さまを出迎えた。
「ジャルジェ伯爵のお屋敷にようこそ。」
王さまと王女さまは豪華な食事を大層喜んだ。
そして王さまは、オスカルにロザリー王女と結婚するように言ったのだ。
だが、オスカルは女だ。
ロザリー王女はすっかりその気になっているが、こればっかりは無理だ。
オスカルが困り果てていると、アンドレが横から口を出した。
「王さま、お若い二人です。そんなに急がなくとも、もう少しお互いのことをわかりあってからにしませんか?」
もっともな話である。
いくらなんでも急すぎる。
「そうか。ではわたしは一旦城に戻ろう。王女はここに残ってジャルジェ伯爵としばらく一緒に過ごしてみなさい。どうだね?」
なかなか理解のある王さまだった。

王さまはロザリー王女を残して帰って行った。
王女は、とてもかわいらしい方だった。
オスカルはこの人を騙すのがしのびなくて、その夜、二人になったとき全てを打ち明けた。
ロザリー王女はオスカルにすっかり参っていたので、初めはなかなか信じなかった。
だが、最後には理解してくれた。
「もしわたしが本当の男性だったら、間違いなくあなたを妻にします。ほんとです。」
「オスカルさま、あなたが女性であっても愛しています。オスカルさまが死ぬほど好き。だからこそお別れするのです。」
ロザリー王女はオスカルの膝に縋って泣いた。
そしてオスカルのシャツを一枚記念にもらうと城に戻っていった。

こうしてオスカルは広大な領地を手に入れ、押しも押されぬジャルジェ伯爵となったのだ。
ん?
アンドレはどうしたかって?
もう鼠もウサギも捕まえなくなって、幸せに屋敷で暮らしたのだ。
ずっとオスカルのそばを離れずにな。
おしまい。



どうやら双子は眠ったようだ。
オスカルは「どうだ?」という顔をしている。
たとえ猫でも、オスカルのそばにずっといるのは幸せなのだろうか。
アンドレの心中はまことに複雑だった。
「アンドレ、言わずもがなだが、これはあくまでお話だからな。」
ああ、一応悪いと思ってくれているのだ。
最後に猫が王子さまに化けられたらよかったな、と思ったが、もうアンドレは口には出さなかった。





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