La Belle au bois dormant〜眠りの森の美女〜

「即興のおとぎ話をするコツはだな…。」
オスカルは二人の子供たちにではなくアンドレに向かって話し出した。
「あまり原作にとらわれないことだ。」
「なるほど…。」
アンドレは真面目な顔でうなずいてやる。
説明されるまでもなく、オスカルの話が大きく元から逸脱していることは、思い知らされていた。
自分が猫になっているのだから。
だが、オスカルはどうもこの点を強調しておきたいらしい。
つまりはどんな役回りになっても気を悪くするな、ということなのだろう。
「今日の話がどんな風になるか、とても楽しみにしているよ。」
アンドレのにこやかなほほえみに促され、オスカルは心置きなく物語りを始めた。
双子はおとなしく、かつうれしそうに母の口元をじっと見ていた。

 

昔々、レニエという王さまが納める小さな国があった。
レニエ王には美しい妃がいたが、残念なことに二人には子どもがいなかった。
その替わりというわけではないが、この国には不思議な力を持つ妖精が七人いた。
おかげで国はうまくまとまり皆は幸せに暮らしていた。
そして、ついに王妃に子どもが生まれた。
王女だった。
レニエ王は喜び、国中をあげて祝宴を開いた。
当然七人の妖精も招待された。
そして妖精達は次々に王女に祝福を与えた。
マリー・アンヌは、世界中で一番美しい女性になれるように。
クロティルドは、天使の心を持てるように。
オルタンスは、驚くほど優雅にふるまえるように。
カトリーヌは、ダンスがうまく踊れるように。
ジョゼフィーヌは、鳥よりも美しい声で歌えるように。
ディアンヌは、どのような楽器も見事に演奏出来るように。

そして7人目のロザリーが祝福を与えようとした時、一陣の風とともに邪悪な心を持った魔女ジャンヌがやってきた。
「国中に案内を出したといいながら、あたしにはなかった。だが、あたしは心優しい女だ。わたしも王女に祝福を授けよう。王女は十五の年に、紡錘(つむ)に指を刺され、命を落とす事になるだろう。」
王妃は恐ろしさの余りその場に倒れてしまった。
レニエ王はまっ青な顔でジャンヌをにらみつけた。
ジャンヌは高笑いをしながら姿を消した。
そのとき、ロザリーが進み出て言った。 
「みなさん、祝福はまだ残っています!」
ロザリーは王女の前に立った。
「私にはジャンヌの言った事を取り消すだけの力はありません。なぜならジャンヌはわたしの姉だから。年上の魔女の力を越えることはできないのです。でも、変える事は出来ます。王女様は紡錘に指を刺されますが、命を落とす事なく、眠りにつくのです。そして百年後、一人の王子によって目覚めるのです」



アンドレは、オスカルがどうしても身近な人の名前を使いたいらしいことが不思議だった。「長靴をはいた猫」では二人の姉上とロザリー、そしてアンドレだったが、今度は両親に姉上五人、ロザリー、ジャンヌ、ディアンヌまで登場だ。
それなのにオスカルとアンドレはまだ出てきていない。
今度の自分の役回りは何だろう。
さすがにもう王子さまは期待していない。
どうせオスカルのことだから、適当に話をねじまげるのだ。
それより双子たちは、こんなにたくさんの登場人物を理解できるのだろうか。
アンドレはそこにこそ突っ込みを入れたかった。
オスカルの語り聞かせは、もはや子どものためというより自分の楽しみになっている。



レニエ王は激怒した。
そして王女が紡錘に指を刺すことないよう、すべての紡錘を焼き払った。
さらに、紡錘は女性のすることだから、王女が紡錘に近づかないよう、男として育てることにした。
だから名前もオスカルという男名にした。
オスカルは、妖精の祝福通り、誰よりも美しく優雅な男として成長した。
心根は優しく、ダンスも上手かった。
歌も楽器も誰よりもぬきんでていた。
だが、レニエ王はそういうことよりも剣の腕を鍛えさせた。
紡錘で刺されないよう、剣でもって戦えるようにしつけたのだ。
ただ、生まれた時にオスカルに与えられた運命の予言については一切教えなかった。
賢愚がないまぜになった王だったのだな、レニエという男は…。

こうしてオスカルは十五歳にして剣の名手となった。
頼もしい王子の姿に安心して、国王夫妻は初めて留守を王子に託して城を離れ別荘にでかけた。
オスカルは、父に代わって務めを果たそうと、城のあちこちを視察してまわった。
すると二人の子どもが剣のけいこをしていた。
金髪と黒髪の子どもでなかなか筋が良い。
しかもオスカルが今まで見たこともない形をした剣を使っている。
名前を聞くと、黒髪がジャンで金髪がニコラスといい、この剣は最新型のもので、古い剣を持つものには決して負けないのだという。
こういう場面では黙っていられないオスカルは二人に勝負を挑んだ。
そしてまずニコラスが剣を構えた。
それなりの型はできているがオスカルの相手になるほどではなかった。
「女だと思ってなめるなよ。これでも王子なのだからな。最新型の剣も台無しだな。」
オスカルは、圧倒的勝利に気をよくして剣を一旦納めた。
そのとき横からジャンが襲いかかってきた。
不意を突かれたオスカルの手から剣が落ちた。
そこにニコラスがつかみかかった。
「女のくせにでしゃばった真似をしやがって!素手で男に勝てるとでも思ってるのか?」
羽交い締めにされたオスカルの指に、ジャンが紡錘を突き刺した。
最新型の剣とは紡錘だったのだ。
その瞬間オスカルは気を失い、ジャンがジャンヌに姿を変えた。
そして同様にコウモリになったニコラスとともに空の彼方へと飛び去っていった。
空には真っ黒な雲とジャンヌの笑い声だけが残された。

倒れたオスカルの指に紡錘が刺さっているのを見つけた家来たちが大急ぎで国王夫妻を呼びに行った。
オスカルは静かに寝息を立てていた。
王は妖精たちを呼び集めた。
そしてオスカルを城で最も豪華な部屋の寝台に横たえた。
妖精たちは手分けして、侍女や近衛兵や役人、料理長や給仕人、御者や馬番、馬から鶏まで、ありとあらゆるものを、オスカルと同じように眠らせた。
そして王と王妃は、オスカルを置いて城から出ていったのだ。
眠ったままのオスカルといることに耐えられなかったのだろう。
ロザリーがいばらを門の前に植えた。
「いばらよ、オスカルさまを守ってちょうだい」
いばらは瞬く間にお城を覆い尽くし、永い眠りの間、オスカルが誰にも邪魔されず誰の目にも触れられないようにした。
城のまわりは深い森となり、もう誰も近づくことはできなくなったのだ。




前編がまもなく終わるところまできた。
だがアンドレは登場しない。
なんだかじらされているような気がする。
このあとは、王女が王子によって眠りからさめて結婚して前編が終わり、後編になって二人の間に男の子と女の子を設けるが、王子の継母によって殺されそうになるという展開のはずだ。
アンドレのあてはまるような役どころはなさそうである。
ということは、純粋に楽しめばいいということか。
オスカルが誰と結婚するつもりかは知らないが、初めに断りを入れられている。
どうやらまた大きく原作を逸脱するのだろう。
アンドレはは小さく拍手して続きを促した。



百年の歳月が流れた。
城は深い森に覆われたままで、レニエ王の跡目は別家から入った王子が継ぎ、数代がたっていた。
現王には王子がひとりいたが、王子の母はすでに亡く、新しい王妃が迎えられていた。
王妃の名はデュ・バリー伯爵夫人といい、こちらも再婚だった。
亡き夫の残した莫大な財産が欲しかった王が、周囲の反対を押し切って妻にしたのだ。
王子はそんな父や義母との関係がいやで、ほとんど城で暮らすことなく国内を馬に乗って旅していた。
そしてついにあの深い森にやってきたのだ。
森の奥には高い塔が見える。
だがとにかくとてつもなく深い森だ。
王子は森の近くに住むもの達に尋ねてみた。
「あれは誰の城か?」
すると答えはそれぞれ違っていた。
魔物の城、幽霊の城、鬼の城、そして眠れる美女の城。
どれが本当かわからない。
王子はとにかく行ってみることにした。
良くないものなら退治すればいいし、美女なら会ってみたい。
男は美女に弱いのだ。

王子が供回りのものをつれていばらの前にたつと、不思議なことに道が開けた。
絡み合った蔓がほどけ、下草が別れて、迷うことなく進むことができた。
王子は喜んだ。
ここには邪悪な影はない。
きっと美しいひとがいるのだ。
やがて広い庭に出た。
驚いたことにそこには大勢の人が倒れていた。
老若男女さまざまな恰好をしている。
王子が駆け寄ると、どの人からも静かな寝息が聞こえてきた。
眠っているだけだ。
これはやはり眠りの森だ。
王子はひとりで城に入っていった。
大廊下を抜け高い階段を上り、一番豪華な部屋にたどり着いた。
そして見つけた。
金の刺繍を施された天蓋の下で眠るこの世で最も美しい人、オスカルを…。

王子が枕元に近づくと、ロザリーの予言通り、オスカルはぱっちりと眼を覚ました。
そして言った。
「きみ、名前は?」
「ア、アンドレ。アンドレ・グランディエ。」
あまり王女らしくない問いかけだと思ったが、王子は素直に答えた。
「ああ、きみか!ぼくの運命の相手だって王子は…。」
すっくと起き上がったオスカルは枕元に父王が残していってくれた二本の剣を取るとそのうちの一本を、ポンとアンドレに投げて寄越した。
「初めに言っておく。ぼくは何も知らされずに眠りについたが、眠っている間、ずっと夢を見ていた。その中で、自分の出生の秘密も,眠りについた理由も、そしてどうやって目覚めるかも全部知った。だがぼくが欲しいのは結婚相手ではなく剣の相手だ。さあ、庭に出るよ、早く!」
ここにいたってアンドレは世にも情けない叫び声を発し、それが目覚めたばかりの城に響き渡った。
アンドレは剣を見ながらつぶやいた。
「はかなかった、オレの人生…。」



あまりに意外な展開にアンドレは呆然としていた。
自分が王子なのがびっくりなら、出逢いのシーンがそうなるのもびっくりだった。
双子はわかっているのかいないのか、とにかく笑い転げている。
そしてオスカルと言えば、ニンマリと口元を緩めている。
一応、前話の罪滅ぼしをしたぞ、という感じだ。
あんぐり口の開いてるアンドレを尻目にオスカルは話を続けた。



城は活気づいていた。
眠っていたものたちが、まるでたった今までしていたことの続きをするように立ち働いて、厨房から極上の料理の匂いが漂っていた。
そこにロザリーがやってきた。
ロザリーは庭でアンドレ相手に剣の立ち会いをしているオスカルに向かって言った。
「オスカルさま、何をしているのです?早くアンドレと結婚してください。でないと呪いが完全には解けないのですよ。」
「結婚…!!」
オスカルは動揺した。
「結婚…。女ならば…、女ならばそれが本当の…、最高の幸福なのだろうか?」
黙り込んでしまったオスカルに、もっと動揺したのはアンドレだった。
「オスカル、ひょっとして、他に好きな男がいるのか?オレがこんなに苦労して城にたどりついたのは、おまえが他の男のものになるのを見るためか?おお…、残酷だ。神よ…!!」
アンドレは激しく落ち込んでしまった。
そしてそのまま庭に転がって草をひきむしっている。
それを見たオスカルは、なぜか深い罪悪感にかられ、胸が痛んだ。
「彼が不幸せになるなら、わたしもまたこの世でもっとも不幸せな人間になってしまう。」
苦渋のオスカルにロザリーが静かに語りかけた。
「オスカルさま、愛は愛しい人の不幸せをのぞまないものなのです。」
オスカルは倒れ込んでいるアンドレのそばに膝をついた。
「よかった。わたしのすぐそばにいて支えてくれる優しいまなざしに気づくのが遅すぎなくて…。」

こうしてオスカルとアンドレは結婚したのだ。
めでたし、めでたし。
おしまい。



えっ?
ここでおわり?
後編はいいのか?
鳩が豆鉄砲を食ったような顔でそう聞くアンドレに、オスカルは笑いながら双子を指さした。
「もうすっかり眠っている。だからお話はこれでおしまいだ。おまえはどうやら勘違いしているようだが、わたしがこうして語り聞かせているのは、決して自分の楽しみのためではない。子どもを寝かしつけるためだ。それをよく覚えておくように。」
アンドレはすっかりやり込められた。
だが、オスカルの思いは伝わった。
とにもかくにも二人は結婚したのだから。
それだけで充分だ。
アンドレは静かに部屋の灯りを落とし、オスカルと二人で子ども部屋を出た。






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