Le Petit Chaperon rouge〜赤ずきん〜

むかしむかしあるところにとてもかわいい男の子がいた。
名前はアンドレという。
アンドレにはマロン・グラッセというおばあさんがいて、アンドレのために赤い帽子をつくってくれた。
まるで女の子が被るものみたいでアンドレはいやだったのだが、マロン・グラッセのお仕置きが恐ろしくて、マロンの前でだけは被るようにしていた。
随分な高齢なのに、マロンは元気いっぱいで、普段はどこかのお屋敷に勤めている。
そして時にはアンドレを容赦なく蹴り飛ばすことだってあるのだ。



おやおや、今夜はのっけから登場の上、主人公だ。
アンドレはまたもやびっくりである。
しかも亡くなった祖母まで出演している。
どんな役でも、どんな形ででも、祖母のことがオスカルの口から語られるのは嬉しいことだった。
ノエルとミカエルも、マロンと聞くだけで、キャッキャッとはしゃいでいる。
間違いなくマロンの血をひく双子。
その存在がどんなにマロンを幸せにしたことだろう。



あるときアンドレはお母さんにおつかいを頼まれた。
「アンドレ、おばあさんが勤め先のお屋敷で倒れてねこんでしまったのですって。おまえ、このケーキとぶどう酒を持ってお見舞いに行ってきておくれ。」
アンドレはお屋敷に行ったことがなかったので、お母さんはとても心配だったが、どうしても一緒に行けない用があったのだ。
ならば明日でもいいように思うが、マロンはなかなか激しい気性だから、具合が悪いと知っていながらすぐに行かなければあとで何を言われるかわかったものではない。
アンドレひとりでも行かないよりはずっとましだった。

アンドレは仕方なく赤ずきんを被ると、籠にケーキとぶどう酒を入れて家を出た。
道順は母からたたき込まれた。
「森の中の一本道だから、迷ったりはないと思うけれど、決して道草をしてはいけないよ。そうすると着くのが遅くなっておばあちゃんのご機嫌をそこねるからね。それからくれぐれもオオカミには気をつけて。このあたりのオオカミは恐いんだから。」
母の言葉を頭の中で繰り返しながらアンドレは急ぎ足で森に入った。
自分だっておばあちゃんに怒られるのは嫌だ。
とにかくさっさとお見舞いを届けてすぐに帰ろう。
アンドレはマロンのやきを思い出してブルッと身体を震わせた。

アンドレが森に入るとすぐにオオカミが近づいてきた。
真っ黒な姿が恐ろしげだが、なかなかスマートな体型だ。
「こんにちは。赤いずきんをかぶった赤ずきんちゃん。本当の名前はなんて言うのかな?」
にこにこと語りかけてくる。
「人に名前を聞く時は、自分からだろ?」
アンドレはなかなか賢い返事をした。
「これは失礼。おれはベルナールというんだ。」
「そう。ぼくはアンドレ。こんな恰好だけれど男だからね。」
「ふん。では、アンドレ。これからどこへ行くんだい?」
「森の向こうのお屋敷さ。」
「ケーキとぶどう酒を持って?」
「うん。そこで働いているおばあちゃんが寝込んだって言うからお見舞いに行くんだ。」
「なるほど。それは感心だ。おばあさんは屋敷でねてるのかい?」
「ううん。庭番小屋だって。」
「ひとりだと寂しいだろうね。それなら、ケーキとぶどう酒のほかに花も摘んでいったらどうだい?にぎやかになっておばあさんも喜ぶと思うよ。」
オオカミのベルナールは何やら下心があるようだ。
だが、もとよりシンプルな頭のアンドレは疑いもしない。
あんなにお母さんに気をつけるように言われていたのに。
「そっか。わかった。そうしよう。」
アンドレは森の一本道を少しはずれて花畑に入っていった。



アンドレは少し抗議しようかと思った。
自分はオスカルよりもずっと用心深い性格だ。
二人で事に当たる時、無茶をするのは大抵オスカルで、自分はその尻ぬぐいばっかりさせられていた。
それが、こういう設定になるか?
だいたいオスカルはどうして出て来ないんだ。
悪役がベルナールというのはうなずけないこともないが…。
アンドレはチラッとベルナールの顔を思い浮かべ、ちょっと悪い気がして、単なる座興だから怒るなよ、と心の中でとりなした。




さて、ベルナールはアンドレと別れると全速力でお屋敷に向かった。
庭番小屋で一人で寝ている老婆。
これはいい獲物だ。
庭番小屋の扉をトントンとノックすると中から「誰だい?」と問いかけられた。
ベルナールは少し声のトーンを上げた。
「アンドレだよ。」
この声がアンドレにそっくりだったので、マロンはまったく疑わなかった。
「おや、見舞いにきてくれたのかい?扉は開いているから入っておいで。あたしはベッドから動けないのでね。」
ベルナールは難なく室内に入り込み、姿を見て驚くマロンをペロッと食べてしまった。
それからベッドに潜り込み、マロンのずきんを被って顔を隠した。

そこへ、ようやくアンドレが籠と花束を持ってやってきた。
「おばあちゃん、アンドレだよ。入っていいかな?」
ノックをしても返事がないので、アンドレは室内に入っていった。
するとベッドに寝ている影がある。
「おばあちゃん、どう?具合は随分悪いの?」
アンドレは持ってきたものをサイドテーブルに置いて、寝台の横に立った。
「あれ、おばあちゃん、耳が大きくなってるよ。」
「そうかい。おまえの声がよく聞こえるようにね。」
「それに、目もギラギラしていて大きい。」
「おまえの顔をよく見たいからね。」
「ふーん。でも手も大きくてゴツゴツしてる。」
「でないとおまえを抱いてやれないじゃないか。」
普通、このあたりで異常に気づいてもよさそうだが、アンドレはそんなものかと思ってしまった。
けれど、最後にもう一つだけ聞いておくことにした。
「ねえ、おばあちゃん、口もえらく大きいけど、それはなんのため?」
「これかい?これはね、おまえを食べるためさ!」

ベルナールはアンドレに襲いかかり、こちらも一のみにしてしまった。
そしてすっかり満足すると、もう一度ベッドに潜り込み高いびきで眠りこけた。
ちょうどそのとき、窓の外を通る人影があった。
屋敷の主人の跡取りであるオスカルだった。
マロンはオスカルの乳母なのだ。
オスカルはあまりに大きいいびきにびっくりして、窓から部屋をのぞき込んだ。
「ばあやは昨日から具合が悪いと言っていたけど、大丈夫だろうか?」
オスカルは様子をしっかり見ようと小屋の中に入ってみた。
するとベッドには大きなオオカミが眠っていたのだ。
しかもその腹が異常に大きくなっていて、掛布からはみ出そうになっている。
「こ…、これは?」
オスカルはすぐにもオオカミを殺そうと思ったのだが、もしかしてこの大きな腹の中にはばあやがいるかもしれない。
オスカルはハサミでオオカミの腹を切ってみることにした。
オオカミは爆睡していて気づかない。
いいか?
気づかなかったんだぞ。
普通は気づくがな。



童話の設定というのは、時に矛盾というか不思議なことが多い。
まさか、ということがいくらでもある。
今回はその不可思議な設定の上にオスカルが一層風変わりなアレンジを加えるので、わざわざまともな突っ込みを入れるほうがかえって奇妙だった。
だが、こういうところで筋が通らないとオスカルは違和感を感じるらしい。
この場合なら、オオカミが二人もの人間を丸呑みできること、そしてお腹を切られても起きないこと。
あえて結論まで言うなら、食べられた人間か゛生きていること。
三重に不思議が重なっているのだ。
アンドレは必死で子どもたちに念を押すオスカルが面白かった。




オスカルがオオカミの腹を切ると、案の定中からばあやが出てきた。
そしてさらにもう一人、男の子が出てきたのだ。
「あーあ、えらい目にあっちゃったよ。」
二人とも体中をさすっているが、どうやら元気な様子である。
「オスカルさま、ありがとうございました。おかげで助かりました。ああ、この子はあたしの孫のアンドレです。きっと見舞いに来てくれて、あたしに化けたオオカミに食われちゃったんでしょう。本当にありがとうございました。」
ばあやは何度も頭を下げた。
「おばあちゃん、このオオカミをどうしようか。ベルナールって言うらしいんだけど。」
「おやまあ、おまえ、そんなことをオオカミと話したのかい?まったくおまえは無防備というか無頓着というか…。」
話がまずい方向に行きかけたので、アンドレはあわててオスカルに助けを求めた。
「オ、オスカルはどうしたらいいと思う?」
「当然、射殺だ。」
きれいな顔をしているが、父親の命令で武官の道を目指しているだけあって、オスカルの答えは明快だった。
「えー?殺すの?」
「あたりまえだ。ばあやとおまえを殺そうとしたんだぞ。こいつがおまえにしたと同じようにしてやる。」
オスカルの顔が怒りに震えていた。
するとアンドレが言った。
「落ち着け、オスカル。武官は感情で行動するものじゃない。」

アンドレに痛いところを突かれたオスカルはくやしさで顔を真っ赤にした。
だがアンドレの言うとおりだ。
オスカルはばあやにベルナールの腹を再び縫い合わせるよう命じた。
そして馬小屋の裏にある檻へ連れて行った。
そこにはもう一頭のオオカミがいた。
ベルナールよりはずっと小柄だ。
「ロザリー、しばらくこいつをおまえの小屋に入れてやってくれ。」
オスカルが言うと、ロザリーと呼ばれたオオカミがクウーンとかわいい鳴き声を出してすり寄ってきた。
ロザリーは屋敷の近くでケガをしていたところをオスカルに引き取られたのだ。

一度腹を切られた上に、また縫い合わされたベルナールだったが、案外簡単に傷が癒えた。
オスカルはベルナールを森に返すことにした。
「いいか、ベルナール、二度と人間を襲うなよ。」
「ふざけるな!オレはオオカミだぞ。」
「だが人間を襲う奴のところに大事なロザリーを嫁にやるわけにはいかん。ベルナール、わたしの大切なロザリーだ。あたう限りの愛情を注いで幸せにしてやって欲しい。」
ロザリーが大きな瞳でオスカルを見つめた。
「幸せにおなり。」
オスカルは優しくロザリーの頭を撫でてやった。
こうしてベルナールは人間の住んでいない遠くの森にロザリーとともに旅立っていった。
そしてアンドレは、もう二度と寄り道はしない、と思ったのだ。
おしまい。



しっちゃかめっちゃかもここまで来るとコメントをする気にもなれない。
ベルナールとロザリーも自分たちがオオカミにされているとは夢にも思うまい。
アンドレはほおづえをついたまま、オスカルを見た。
「アンドレ、不満そうだな。」
「別に…。」
「即興のおとぎ話というのはなかなか難しいのだ。われながらよく三日もしたものだ。いいか。明日からはおまえがするんだ。一度経験すれば、おまえもそんな顔はするまい。」
「おい、母親の声を聞かせるのが目的だろう?俺が読み聞かせをしても意味がないぞ。」
「親に変わりはない。いいな。頼んだぞ。」
オスカルはすやすやと眠る双子と、困惑するアンドレを残し、悠然と子ども部屋から出て行った。
さて、明日からアンドレがお話を作れるかどうか。
天のみぞ知る。






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