熱闘!ベルサイユ!!

今年もお送りしている『熱闘!ベルサイユ!!』早くも今日で最後の放送となりました。2000万フランス国民の皆さん、白球にかける青春をお楽しみいただけたでしょうか。残すはこの決勝戦、9回表裏の攻防のみとなりました。
解説は引き続き、私、モールパとオルレアン公でお送りいたします。
さて、オルレアン公。今年のフランス陸軍夏季野球大会、いわゆる『夏のベルサイユ』いかがでしたでしょうか」
「そうですね、モールパ伯。今年はやはり初出場ながら3位と健闘したスウェーデン竜騎兵隊チーム『ドラゴンアクセル』が印象的でした」
「ハンス・アクセル・フォン・フェルゼン伯が率いるチームですね」
「はい。我がフランスチームとはスタイルが違う野球ですので、それが功を奏したのでしょう。しかし、今大会で1番話題になったのは、やはり衛兵隊Bグループの『サファイアブルー』でしょうか。まさか決勝に残るとは思いませんでした」
「衛兵隊はどのグループも毎年ふるいませんからねぇ。ジャルジェ准将のコーチングが良かったのでしょうか」
「そうでしょう。ジャルジェ准将は近衛連隊長時代にも近衛隊Aグループを優勝に導いていますから」
「この決勝戦、ジェローデル少佐がコーチを務める近衛隊Aグループ『ラ・シルフィード』とジャルジェ准将率いる衛兵隊Bグループ『サファイアブルー』の闘いとなりましたが、近衛隊と衛兵隊での決勝戦は久しぶりですね」
「そうですね。近衛隊と衛兵隊の決勝というと、あの名勝負が思い出されます」
「青年時代のジャルジェ将軍とブイエ将軍の投手戦ですね」
「あれは本当に名勝負でしたよ。軍配はジャルジェ将軍に上がりましたがどちらが勝ってもおかしくない試合でした。あれ以来、ジャルジェ将軍とブイエ将軍は不仲になってしまいましたが…」
「そのジャルジェ将軍の令嬢であるジャルジェ准将が、今回ブイエ将軍サイドの衛兵隊Bグループを率いて近衛隊との決勝を向かえるというのも因縁めいていますね」
「興味深いことです。
さて、ゲームは8回まで0−0と緊迫した状態が続いていますね」
「この8回までジャルジェ准将はタイムをフルに使っています。やはりピッチャーのフランソワ・アルマンを気遣ってのことでしょうか」
「アルマンは体力があまりないですからね。ジャルジェ准将のコーチとしての手腕が問われるところです」
「試合は9回表、ラ・シルフィードの攻撃です」


最終回のマウンドに立って、俺はさらに緊張していた。この回も0点に押さえられるのか不安でいっぱいで、泣き言のひとつも言いたくなった。
「隊長〜」
「大丈夫だ、フランソワ。あと3人だ。落ちついていけー」
隊長は笑ってるけど。
ああ、もう、ピッチャーなんていやだ。目立つことなんて俺には向いてないのに。なんで隊長は俺をピッチャーにしたんだろう。
俺は1回から投げているのに少しも落ちつかなくて、あと3人なんて言われると余計不安が増した。
でも、隊長の青い瞳が俺だけを見つめていると思うと、ほんの少しだけピッチャーの大役も嬉しく思える。

あと3人で終われるだろうか。っていうか終わりたい。
隊長、約束忘れないでくださいね。


「アルマン、大きく振りかぶって1球目……ストライクです。アルマンはスピードこそありませんがコントロールがいいですね」
「はい。キャッチャーのアンドレ・グランディエがうまくリードしています」
「続くアルマン、第2球…っと打った!ラ・シルフィードの5番、ド・ベルティエが打ちましたが、これは打ち上げてしまいました。レフトのラサール・ドレッセルの真上、今、ドレッセルが落ちついてキャッチして、まずはサファイアブルーが1アウトを取りました」


「よーし!!いいぞ、フランソワ!ラサール!」
ベンチではオスカルとダグー大佐がハイタッチをしている。
「優勝杯はうちでいただきだな、ダグー大佐」
オスカルのその言葉にジェローデルが過敏に反応した。
「聞き捨てなりませんね、オスカル嬢。うちにはそう簡単には勝たせませんよ。うちの選手達はこの1年、軍務の他に野球の練習も完璧にこなしてきた。民間上がりの平民プレイヤー達に、そう易々と優勝杯は渡しません」
それを聞いて、オスカルは不敵な笑みを浮かべた。
「おもしろい。渡してくれなければ奪うまでだ。おまえ達に負けたドラゴンアクセルの無念も晴らさねばならん。私の指導した選手達をなめるなよ」


「コーチ同士の舌戦になっていますね」
「ジェローデル少佐はプライドが高いですし、ジャルジェ准将も勝ち気ですからねぇ。売られたけんかはもれなく買うタイプです」
「さて、バッターボックスには6番のリシャール・ヴァランタン・ド・ブルデュが入っていますね。ブルデュ伯のご子息ですが」
「大変な俊足ですので塁に出てしまうとやっかいな選手です」
「さぁ、アルマン、落ちついて…投げた。ブルデュ打った!打球はライト線を抜けています。打ったブルデュはファーストを回ってセカンドへ」


やばい、抜けたっ!!
俺の指示したコースよりフランソワのボールが浮いていた。
フランソワは繊細だから不安がそのままピッチングに出てしまう。のっているときはいいのだが、まったくキャッチャー泣かせなやつだ。
俺は立ち上がる。
打球はライトのブライアンの横をすり抜けた。スタジアムの壁にぶつかって跳ね返ったボールを彼がなんとか拾う。
ブルデュをこれ以上走らせちゃいけない。
「サードだ!ブライアン!!」
俺の声に、セカンドを蹴ってさらにダッシュしようとしていたブルデュが足を止めた。
良かった。ツーベースでおさまった。
しかし、まずいことにフランソワが動揺しはじめてしまった。
そこにショートからアランの声がかかる。
「大丈夫だ、フランソワ。どんどん打たせろ。ここから先は俺達で止めてやるからよ」
「そうだぞ、フランソワ。塁に出られたからって責任を感じることはない。だいたい打たれるのはキャッチャーのリードが悪いのだ。おまえのせいではない」
オスカルはそう言うと「違うか?」とでも言うような目で俺を見た。いくらフランソワに自信を失わせないためだって…  その言いようはひどくないか?  オスカル。
俺はフランソワのそばに駆けよった。
「落ちつけ、フランソワ。おまえの長所はコントロールの良さだ。俺の指示するところにていねいに投げればいい」
フランソワの顔色が悪い。体力的にもきついのだろう。
「アンドレ。俺、もう無理かも」
弱気な声だ。
「大丈夫だよ。俺はラ・シルフィードの選手の特長を全て調べた。苦手なコースも頭に入っている。おまえは俺を信じてくれればいい」
「う…ん。でも」
「自信持て。行くぞ」


「グランディエが何か指示したようですね」
「そのようですが、どうでしょうか。アルマンはメンタルが弱いですからね。のっているときはいいのですが、1つつまづくと一気に崩れるところが心配です」
「ラ・シルフィードのバッターは7番ブノア・レジス・ド・マリュス。マリュス伯爵のご嫡男、宮廷を彩る最近売り出し中の花の貴公子です。すごい歓声ですね、オルレアン公」
「今日もスタンドにマリュス目当てのご婦人が多いですよ。プラカードやバナーも目立ちます。アルマンはやりにくいでしょうね」
「しかし人気の高さでは、やはりジャルジェ准将でしょう。バナーの数がものすごいです。ブルーにゴールドの、サファイアブルーのユニフォームのコスプレをしているご婦人もいますね」
「ジェローデル少佐とアンドレ・グランディエのファンクラブも来ていますよ。平民のグランディエにこれだけ公然と貴族の令嬢達が好意を示すとは驚きです」
「グランディエは平民といっても陛下の覚えもめでたく、宮廷の出入りを許された身ですから、やはり特別な存在なのでしょう」
「あーっと、モールパ伯!アルマンがマリュスに対してフォアボールです。やはりやりにくかったか、アルマン」
「これでラ・シルフィードは1アウト1塁2塁になりました」
「続くバッターはマリュスの親友のエミールですが、これはアルマンにとって窮地が続くことになりますね」
「アルマンにはやりにくでしょう。なにしろこの歓声ですからね。宮廷の人気を2分している現役貴公子のマリュスとエミールです」
「かつてのジャルジェ准将とフェルゼン伯を彷彿とさせますね」
「さぁ、アルマン、エミールへの1球目… っとエミール打った。鋭い当たりだが、おっとこれはショートのアラン・ド・ソワソン、ファインプレイです!!!エミール、アウト!!」
「これはサファイアブルーのショート、ソワソンがナイスプレイです!!リプレイしてみましょうか。ここですね。エミールが打った瞬間にソワソンはすでに反応しています。そして抜けるかと思われた当たりをヘッドスライディングの要領でキャッチし1回転。そのままファーストへ送球。実に華麗ですね」
「サファイアブルーのファーストも難しい送球をよく捕りました。ロイック・クローデル、衛兵隊3班の班長です」
「ああ、サファイアブルーサイド、ソワソンのファインプレイに盛り上がっていますね。ジャルジェ准将がぴょんぴょん跳ねてますよ。これは珍しい。氷の花と称されるジャルジェ准将ですが、あはは、これは大変かわいらしいですねぇ」
「普段の冴え凍るような微笑と違ってかわいいですねぇ。スタンドの男性ファンが萌えています。ジャルジェ准将がソワソンに声をかけていますが、ソワソン、そっぽを向いてしまいました」
「照れているんでしょうね。ソワソンは素直じゃないですからね。さて、ラ・シルフィードは2アウトながら2塁3塁のチャンスを向かえています。サファイアブルーはどうしのいでいくのか。ピッチャーのアルマンは依然苦しいところです」

やったー!アランー!!」
隊長がぴょんぴょん飛び上がりながら俺に手を振っている。
ちょっと、あんた自分をいくつだと思ってんだよ。そんなまっすぐな笑顔… かわいく見えるじゃねぇか。
俺はあえて隊長から目をそらした。
「フランソワ、あと1人だ。落ちつけよ。打たせていいからな」
俺がそう言うと、ふり返ったフランソワはかなり不安そうな表情だった。サードにランナーがいることがプレッシャーなのだろう。
「打たれても俺が止めてやる」
フランソワが弱気な笑いを見せた。
やばいな。相当緊張している。投げさせていいんだろうか。
そんな俺の懸念は現実のものとなってしまった。
フランソワはラ・シルフィードの9番にフォアボールを与えてしまったのだ。
これで2アウト満塁。しかもサードのランナーは俊足のブルデュ。最悪だ。
この状況、フランソワのメンタルでは耐えきれないだろう。
「隊長!」
俺は大声を出した。
「ピッチャー交代してください。俺が投げる」
「おまえが? …だめだ、アラン。確かにおまえのピッチングはじゅうぶん戦力になるが、おまえはうちのショートだろう。守りの要だ。そこにいてもらわなければ困る」
「でも今のフランソワに続投は無理だ!」
隊長は腕組みをして目を細め、フランソワを見つめていたが、やがて、ふふっと笑った。
「フランソワ!いけるな?あの約束は守るぞ」
その声に下ばかり向いていたフランソワが隊長の方を見た。
なんだ!?約束って。
「隊長、覚えててくれたんですか?」
「この2ヵ月、寝食を忘れて手取り足取りおまえをピッチャーとして育ててきたんだ。忘れるか」
手取り… 足取り、だと?
その言葉がベンチを含め、チーム全員の気持ちに引っかかったのが俺には判った。
フランソワがおずおずと続ける。
「でも隊長… 俺、期待させられて『おっぱいバレー』みたいなオチだったらいやですよ」
「おまえが勝利投手になればいいだけのことだ。それに私は、見せるの見せないのと視聴者を引っぱるアイドル女優みたいなまねはしない。やるときは全力でやる。それが私だ。まぁ、おまえがついてこれたらの話だがな」
ちょっ。なんだ、この会話。おっぱいバレーって。やるときは全力って。話が見えねぇ!
俺の視線は自然とアンドレに向かったが、ヤツにもこの会話は読めないらしい。「フランソワ、てめぇ、隊長となんの約束したっ!?」
俺の問いかけにフランソワは顔だけふり返った。
「教えない」
「このやろぉ…」
マウンドまでフランソワを脅しに行こうとした俺に、隊長が笑って言った。
「落ちつけ、アラン。フランソワが勝利投手になったらおまえも仲間に入れてやるぞ〜」
はあぁぁぁ!?


「サファイアブルーは何やらもめていたようですが」
「アルマンはこの試合を押さえきったらジャルジェ准将とご褒美の約束があるようですね」
「その約束のおかげか、アルマンは最後のバッターを三振に打ち取りました。どんな約束なのでしょう。メンタルの弱いアルマンがよく立て直しましたよね」
「見事な三振でした。これでラ・シルフィードはせっかくのチャンスを生かせないまま3アウト。試合はこれから9回の裏、サファイアブルーの攻撃に入ります」


ファイアブルーのもめごとはベンチまで持ちこまれた。
どの選手もフランソワにからんでいる。
「おまえ、隊長とどんな約束してんだよ」
「言えないよ、恥ずかしくて」
「なに―――!? どういう意味だっ!!」
そんな選手達をオスカルは苦笑まじりに見ている。
「オスカル、あのさ」
アンドレに話しかけられてオスカルの青い瞳がいたずら気をおびて彼を見た。
「なんだ?おまえもどんな約束か気になるくちか?」
「そりゃ気になるだろう。あんな言い方されちゃ」
「まったくおまえは心配性だな。でも私も言わないぞ。なんであの約束が恥ずかしいのか私にはよく判らないがフランソワが言いたくないなら私が言うわけにもいくまい」
アンドレにしてみれば、この返答はかなり不満だが、彼女が言わないと言えば絶対言わないことをアンドレは判っているので引き下がらずを得なかった。
「よし、おまえ達、ふざけてないでそろそろ試合のことを考えてくれ」
オスカルがそう言うと選手全員が注目した。
「この回でなんとしてでも点を取るぞ。フランソワの体力を考えると延長戦は避けたい。1点でいいんだ。全員集中してくれ」
「おうっ!!」
「うちの打順は7番からだったな。ダニエル、頼むぞ」
ダニエルは軽く頷くとバットを手に取り、素振りを始めた。
このまま何ごともなく試合に入ると思われたのだが…


「さあ、泣いても笑ってもまさに最終回。0−0のまま9回の裏です。サファイアブルーの攻撃は7番センターのダニエル・クリスティアン、8番セカンド セザール・ブレーズ、9番ピッチャーのフランソワ・アルマンと続きます」
「おや… ラ・シルフィードは選手の交代があるようですよ。えっ、これは!?」


ラ・シルフィードがピッチャーを交代した。
マウンドに上がったのはジェローデル少佐である。
「あの…やろう!!」
止めるアンドレを振り切ってオスカルがベンチを飛び出した。そのままの勢いで主審に猛抗議する。
「どういうことだ!ジェローデルはラ・シルフィードのコーチだろう!?なぜプレイヤーとしてマウンドに上がれるんだ!!」
「通常ありえないことでしょうが、夏のベルサイユのルールブックにはコーチのプレイヤーとしての参戦を禁止する条項はないのですよ」
「へりくつだ!納得いくかっ!!」
「そうはおっしゃられてもルール上は問題ないのですから」
「一般常識で考えてもおかしいだろう!!」
「一般常識よりもルールブックです」
「ああっ!ちくしょうっっ!!」
オスカルはジェローデルに向き直った。
「貴様、ずいぶんな戦略を立ててくれたものだな」
「ふ…。オスカル嬢。意外性というのは時として効果的なものですよ。私にこうさせたのはあなたです」
「何をばかなことを」
ジェローデルは彼独特のものうげな微笑を浮かべた。
「そちらのピッチャーは勝利投手となったらあなたと何やら秘密めいた約束があるようですね。それは私にとってあまり愉快なお話とは思えない。私がみずから阻止しますよ」
「公私混同だ。何を血迷っている」
「なんとでもおっしゃい。うちとしてはこの回を0点で押さえて延長戦に持ちこみ…  アルマンを体力的につぶさせていただきます」
「フランソワをつぶすだと?上等だ。だがその前に私がおまえをつぶさせてもらおうか」
そう言い捨てると、ぶちキレたオスカルはジェローデルへと走りだそうとした。
しかし、その彼女の手首をアンドレがつかんだ。
「離せ、アンドレ」
「いやだ」
「離せと言っている!」
「おまえ、退場になりたいのか?武官はどんなときでも感情で行動してはいけないよ、オスカル。冷静になれ。おまえが動揺すれば選手達も動揺する」
アンドレはオスカルの手首をつかんだまま、彼女を引きずってベンチへ戻ってきた。
「ちくしょう。ジェローデルのやつ」
苦々しい表情でオスカルは選手達に言う。
「みんな聞いてくれ。あいつの変化球はやばい…」


「サファイアブルー、ジャルジェ准将が荒れていますね」
「まぁ、気持ちは判りますね。いくら本大会ではルールに触れていないとは言え、コーチがピッチャーと交代するとは想定外です」
「ジェローデル少佐も思い切った行動に出ましたね。それほど勝ちにこだわっているということでしょう」
「さて、そのジェローデル少佐に相対するのは衛兵隊3班のダニエル・クリスティアンです」
「ジェローデル少佐、セットポジションから1球目。あーっ!とこれは危険!!デッドボールすれすれ…ですがストライク。オルレアン公、今のボールはなんでしょう」
「ジェローデル少佐は変化球が得意なんですよ。今のボール、リプレイしてみましょうか。いいですか、ここです」
「すごい横揺れで内角に入ってきますね。これはバッターには怖いでしょうね。そして、ああ、さらに大きく落ちていますね」
「はい。野球マンガだったら魔球として名前がつくところですよ。とてもストライクゾーンに入るとは思えないような横揺れですからねぇ」
「ああ、珍しくジャルジェ准将が不安を隠しません。グランディエとソワソンの2人とさかんに話しあっています」
「ピッチャーのアルマンはベンチで横になっていますし、サファイアブルーにとっては延長戦は避けたいところです」
「一方ジェローデル少佐のピッチングですが、やすやすと2ストライクをとりクリスティアンはあとがありません。そして3球目… はチェンジアップ。ジェローデル少佐、チェンジアップです。クリスティアン、振らされてしまいました。これでサファイアブルー、1アウト」
「ジェローデル少佐は速いボールを投げますからチェンジアップとの落差が大きいですね。バッターは待ちきれず、つい振らされてしまうのでしょう」
「悔しさを隠し切れないクリスティアンの肩をジャルジェ准将が抱いてねぎらっています。が、ジャルジェ准将の表情も良いとは言えません」
「サファイアブルーは次の打者、セザール・ブレーズがバッターボックスに入ります。ジェローデル少佐には余裕の微笑みが見てとれますね」
「少佐がセットポジションに入ります。1球目には何を選んでくるのか…」
「おおっと、これは速い!ど真ん中のストレートです。ジェローデル少佐が多彩なピッチングを見せています」
「今のはかなり速かったですね」
「ちょっとこれはサファイアブルーには不利な展開になってきました」
「ストレートに続く変化球に、ブレーズはファウルで粘っていましたが結局ヒットには持ちこめず!サファイアブルー、早くも2アウトですが… ああ〜、ここでジャルジェ准将、タイムを要求です

「隊長、ほんっとすみません」
「俺もあの変化球には全然ついていけなかった。カットが精一杯で…」
凡退した2人が悔しさをにじませて言った。
「ダニエルもセザールももういい。うちが準決勝を勝ち抜けたのはおまえ達が連続ヒットを打ってくれたからだろう?あれがなければうちはベスト4止まりだったかもしれん。おまえ達はじゅうぶん貢献してくれた。責任を感じるな。それにジェローデルの変化球はそうそう打てるものではない」
「隊長、あの変化球、なんなんだ?危な過ぎるだろうよ。デッドボールすれすれじゃないか」
アランは苛立ちを押さえられない。勝負したくて仕方ないのに自分の打順が回ってこないのが歯がゆいのだ。
「たまたまストライクが続いただけだ。普段ならあいつの変化球は横揺れが大きいから50%の確率ですっぽ抜けるのだぞ。私も昔、わき腹にデッドボールをもらったことがあるが、2週間ぐらいあざが消えなかったな」
オスカルが笑いとともにそう言うとチーム全員がゾッとした。
「ともかく次のバッターが問題だ。打順でいけばフランソワだが、どうする?オスカル」
「ああ。疲労の強いフランソワには無理だ。代打を出す」
「でも隊長、誰を?あ〜、俺が行きてぇ。だめっすか?」
「だめに決まっているだろう、アラン。おまえはうちの4番だぞ。代打には私が出る」
チーム全員の目がオスカルに集まった。隊長が代打に…?
「だめだ!」
アンドレとアランの声が重なった。
「おまえはだめだ、オスカル。万一コントロールが乱れて顔にでも当たったらどうする」
「私はあざなど気にしないぞ」
オスカルはこともなげに言う。
「そういう問題じゃないだろ。あとにでもなったらどうするんだ」
「そうだぜ、隊長。女にはひっこんでてもらいたいね」
「ふふっ。顔の傷が怖くて軍人がやってられるか」
オスカルは鮮やかに笑った。その目は強く輝いている。
「ぶつけてくれるならありがたいぐらいだ。出塁できるからな。うちのチームで1番の俊足は私だろう?塁にさえ出られれば走って稼ぐ」
「デッドボールでの出塁が前提だなんて俺は許さないよ、オスカル」
「当たり前だ。私だって打って出る気でいる。デッドボールを狙うほど姑息じゃない」
アランが苛立った声をあげた。
「だから!そうそう問題じゃねぇって。あんたが出たら… みんなが心配するんだよ」
「大丈夫だ、アラン。あの変化球に1番慣れているのは私だ。なんとしてでも塁に出る。私のあと、1番のラサールと2番のロイックがつないでくれれば」
青い瞳がアンドレを見た。
「3番におまえがいる」
「オスカル…」
「1、2番がつながれば満塁になり、おまえが打ってくれれば私は無理せずとも生還できる。それでうちの優勝だ。アンドレ、おまえは子供の頃から常に私と共にあった。ジェローデルに好き勝手やられて黙って見ていられる私じゃないのは、おまえなら判るだろう?私を行かせて欲しい。そしてついて来てくれ」
オスカルを見つめるアンドレの眼差しにアランが慌てた。
「ちょっ、アンドレ。おまえ、隊長を止めろよっ?本当にけがでもしたらどうするんだよ。硬球だぞ。下手すりゃ骨折するんだぞ?1番2番がつながるなんて仮定の話だろっっ!!」
しかしアンドレはアランの声をさっくりと無視した。
「本当に困ったお嬢さまだな、おまえは。心配する俺のことも少しは考えてくれよ。もっともおまえの心配をするのが俺の仕事みたいなものだけどな。よし、オスカル、行ってこい。だけど絶対けがはするなよ。そして、もし打てなかったとしても…」
アンドレは一瞬ジェローデルと目が合ったが、これ見よがしに微笑むとオスカルを抱きよせた。
「泣くんじゃないよ」


「ただ今、サファイアブルーから代打の… え!?フランソワ・アルマンに代わり代打に入るのはジャルジェ准将だそうです!!しかも、うわ、サファイアブルーベンチでなんとグランディエがジャルジェ准将を抱きしめちゃってますよ。スタンドからはすごい歓声があがっています。これはどういうことでしょう、オルレアン公」
「心理戦でしょうね」
「と、いいますと?」
「ジェローデル少佐の投球練習を見てください。ストレートのコントロールが乱れていますよね」
「ああ。乱れてますねぇ」
「少佐のジャルジェ准将への思いは周知のことですからね。これはグランディエがジェローデル少佐に揺さぶりをかけているのでしょう。サファイアブルーはジャルジェ准将にカリスマ性がありすぎるので、グランディエが目立つことはありませんが、実際のところサファイアブルーの真の頭脳は彼ですからね」
「それにしても、恋人だの愛人だのと噂の絶えないベルサイユ1謎な2人ですが、こうして見ると見事に兄弟ですねぇ。ユニフォーム姿だからでしょうか」
「2人は幼なじみですし、ジャルジェ准将には色気がまったくないですからねぇ。はははっ。美青年兄弟にしか見えません」
「さぁ、サファイアブルー、2アウトで3人目のバッターはジャルジェ准将。なんと前代未聞のコーチ対決となってしまいました。今ジャルジェ准将がバッターボックスに… 入りました。さて、ジェローデル少佐は何を投げてくるでしょうね」
「やはり得意の変化球じゃないでしょうか」
「そうですね。ジェローデル少佐、ゆっくりと…1球目を…投げました。っと、あーっ!これはっ!!」
「わっっ!!」
「暴投です!!ジェローデル少佐、暴投!!ジャルジェ准将は大丈夫でしょうかっ!?」
「変化球がすっぽ抜けて… 顔でしたね。審判が今、ジャルジェ准将に様子を聞いていますが。サファイアブルーサイドではソワソンが抗議の声をあげています」
「ちょっとリプレイを見てみましょうか。ジェローデル少佐が投げて… ボールは大きくブレてジャルジェ准将に向かい… うっ。これは当たっているのでしょうか。ジャルジェ准将の横顔ギリギリですが」
「スローで見てもよく判りません」
「しかしすごいですね。見てください。この、ボールが当たるか当たらないかの瞬間、ジャルジェ准将は目を閉じてもいないんですよ。しかも、ジャルジェ准将… 笑ってますよ」


まったくアンドレは心配性だ。
最近はアランまで私に干渉してくる。アンドレの心配性が伝染ったのか?
アンドレは抱きしめた腕を緩めると私の頭に手を置いた。
「行ってこい」
アンドレの腕の中は何より心地良く、私を落ちつかせる。さすが兄同然の幼なじみだ。だけどな、いつまでも子供扱いはやめてくれよ。
私はバットを手に取ると軽く振りながらバッターボックスに向かった。
ベンチに横になっているフランソワがすまなそうに私を見ている。私が代打に出ることに責任を感じているのか?
私はフランソワに笑ってやった。大丈夫だ。おまえはよくやってくれた。もう休んでいろ。
私はバッターボックスに立った。
「ジェローデル。こんな形でおまえと争うとはな」
「オスカル嬢。なぜ、あなたが」
「それはこっちのセリフだ。おまえが出てこなければこんなことにはならなかったぞ。おかげで私は全力疾走を余儀なくされたじゃないか。UVカットの日焼け止めが落ちたらどうしてくれるんだ。こっちはとっくにお肌の曲がり角を過ぎているのだからな」
「ふふふ。あなたがシミだらけになろうがシワだらけになろうが私の気持ちは変わりませんよ」
「バカやろう!不吉なこと言うな!!さっさと投げろー」
私に怒鳴られて、ジェローデルはスッとまじめな表情に戻るとセットポジションに入った。
私も掌にバットの感覚を確認する。
しかしジェローデルの手を離れたボールは、キャッチャーミットへではなく、大きくホップして私の鼻先ギリギリをかすめることになった。
ジェローデルは士官学校時代から緊張するとコレをやる。まぁ、こいつは昔から私相手だと特にあがるのだけど。
まったく、まだまだガキだな。
私は笑ってしまった。
「隊長!大丈夫っすか!?ちくしょうっ、てめぇ、明らかに今のは危険球だろ!!ざけんなよ」
ベンチを見ると、吠えるアランをラサールとルイが押しとどめていた。血の気の多いやつだ。
いや、それよりマズいのはアンドレの目の色だ。あいつ相当頭にきてるな。試合が終わったらとばっちりで私まで怒られるかも…
私は問いかけてくる審判に大丈夫だと伝え、試合続行を促した。
この程度の暴投が怖かったら草野球などやっていられない。
しかし、ジェローデルは2球目も華々しい暴投だった。私の頭上ギリギリ。
「ざっけんなよ、ピッチャー!うちの隊長に何すんだよ。傷ものにする気かっっ」
アラン… かつて私を傷ものにしようとしてくれたおまえがそれを言うか。
しかし、ジェローデルのこの不安定感は問題だ。もし私が塁に出ても、続くラサールやロイックにこんなボールが投げられたら!
よけようとして下手に動けば当たるかもしれない。いや、恐怖感からきっと動いてしまうだろう。まともに当たれば骨折だってしかねない。もし目にでも当たったら…
あのときの記憶がよみがえり、私は唇を噛んだ。
私はアンドレについて来いと言ってしまったけれど、もし、暴投があいつの残った目に当たったら。黒い騎士の事件のときのように、私が調子に乗ったせいでまたあいつが傷を負うことになったら…
もう誰も危険な目には合わせたくない。
私の目の前で負傷者が出るのは見たくない。
この試合、私で終わらせたい…
私はバットを左手で持ち、ジェローデルの頭上、センタースタンドを指した。
「落ちつけ、ジェローデル。そして本気の1球を投げてみろ」


「おっと?ここでジャルジェ准将、な  ん と予告ホームランです!ジェローデル少佐もとまどっていますね」
「少佐は2球続けて暴投していますし、これはプレッシャーでしょう。グランディエは少佐に揺さぶりをかけてフォアボールを誘発しようと思ったのでしょうが、まさかジャルジェ准将が予告ホームランに出るとは!!暴投にキレたのでしょうか」
「グランディエも驚いていますね。サファイアブルーは全員立ち上がっていますよ」


スタジアムが騒然とする中、ジェローデルがその試合最後となる1球を投げた。
内角高めのストレート。
オスカルはそれを予想していた。
2球続けて暴投となれば3球目は絶対ストライクを取りにくるはず。そしてストレートを投げるとすれば、自分の苦手な内角高めだろう、と。
予想通りのジェローデルの投球にオスカルはていねいに合わせていった。コンパクトにスイングしなければならないので、インパクトの瞬間、手首が激しく痛んだがオスカルはかまわず振り切った。
もともとがパワーで飛ばすタイプではないが、内角球では余計力が入りにくく、オスカルは祈りをこめて打ち返したボールの行方を追った。


「打った!打ちました。ジャルジェ准将。打球は大きく弧を描いて… 入るか、入るか?」
「あ〜!入りました!ホームランです。まさにギリギリ。執念のようなホームラン!!サファイアブルーの選手達が狂喜乱舞しています」


「やったー!隊長、かっこいいー!!」
「男前っっ」
「俺達優勝?マジでかっ!?」
「すみません!衛生兵をお願いします。たぶんオスカル、手首傷めてる」
「きゃっほー!確か優勝特典て有給休暇5日間だったよな〜」

「さて、オルレアン公。放送時間もそろそろ少なくなって参りましたが、今年の夏のベルサイユ、1番印象に残ったプレイはなんでしたか?」
「そうですね。やはり守備ならサファイアブルーのアラン・ド・ソワソンですね。全試合においてファインプレイを連発してくれました。まさに守りの要でしたね。モールパ伯はいかがでしたか?」
「私はやはり予告ホームランでしょうか。センセーショナルですよね。BGMに『ばらは美しく散る』を流したいぐらいでした」
「あ!ジャルジェ准将がホームインしますよ。チーム全員でお出迎えです」
「お〜、まずはグランディエと抱擁を交わし、それからアルマン、ドレッセルと順に喜びの抱擁を交わしていきます」
「みんな嬉しそうですね。そういえばこのチームには優勝経験者はいないですからね。あ、モールパ伯、見てください。最後尾にいたソワソンが抱擁を拒否していますよ」
「あはは。ソワソンもこの期に及んで天の邪鬼ですねぇ」
「おっ?でも、ああ、今、しぶしぶといった様子でソワソンがジャルジェ准将と抱擁です」
「あ〜、ジャルジェ准将、泣いちゃいましたよ」
「泣いちゃってますねぇ。サファイアブルーはシードもなく、苦戦を強いられて勝ち上がってきましたから、ジャルジェ准将も安心したのでしょうか。ソワソンはサファイアブルーの守護神でしたしね」
「ああ、ソワソンが困っています。もっともジャルジェ准将に泣かれて困らない男はいないでしょうね。さて、放送時間も本当にあとわずかとなって参りましたが」
「昨年までは試合終了からヒーローインタビューまで時間を延長してお送りできたのに残念です」
「国庫に予算がないから、ということで」
「困ったことですね。それというのも王妃様が税金のムダ使いや、とば」
「えー、と!!オルレアン公!!……ひそひそ…それは後ほどパレ・ロワイヤルで…ひそひそ……失礼致しました。『熱闘!ベルサイユ!!』今年もお楽しみいただけたでしょうか。試合終了の模様やヒーローインタビューの様子は夜9時からご覧のチャンネルで総集編で放送いたします。今年のファインプレイがすべて見られますので、ぜひご覧くださーい」
「あ、ここでサファイアブルーサイドの情報です。ピッチャーのアルマンとジャルジェ准将の秘密の約束があかされました」
「なんだったのでしょう」
「アルマンはここ2ヵ月ほど体力づくりのために毎朝ジャルジェ准将と2人きりでランニングをしていたそうなのですが、それを今後も続けて欲しい、ということだそうです」
「それがどうしてアルマンは恥ずかしいのでしょうか」
「そのランニングのときのジャルジェ准将の服装がタンクトップにショートパンツ、リストバンドなんだそうですよ」
「タンクトップにショートパンツ!あ〜、それは想像すると…」
「しかもポニーテールだそうです」
「ジャルジェ准将のポニーテール!!それは… 最強に萌えますね」
「萌えますねぇ…」
「……はっ!えー、『
熱闘!ベルサイユ!!』。次回の放送は冬休み。姉妹番組の『白熱!雪のベルサイユ!!フランス陸軍対抗雪合戦』でお会いしましょう」
「2000万フランス国民の皆さん、ごきげんよう!!」



FIN
                      




真夏の暑さにうだっていた頃、ゆずの香さまが、
一服の涼をと、送って下さいました。
私の都合で、またも季節外れのアップになってしまいましたこと、深くお詫び申し上げます。
歴史とスポーツとバラエティの三要素が混在する妙をどうぞお楽しみ下さいませ。  さわらび





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作 ゆずの香さま