もし…
もし父上がこの結婚をお認め下さり…
晴れて公表できる日が来たら…
二人して堂々と左手に指輪をしよう…
今はこうして右手にはめて…
それでも指にしているだけ
大したもので…
普段、アンドレはペンダントとしてしかしていないのだから…
いつか皆の前で二人して…
〜右手の指輪の理由〜
ノエルの結婚式のあと、しばらくは機嫌良く、オスカルは左手の薬指に指輪をはめていた。
つっこんでくる部下にも、姉上に頂いた、と正直に答えていた。
ところが…。
その日の食事当番はフランソワ・アルマンで、密かに隊長に憧れている彼は、最近隊長の左手が気になって仕方がなく、何度も質問しては、そのたびに「姉上からの誕生日プレゼントだ」とのそっけない返事を受け取っていた。
にもかかわらず、彼は、今日もまた性懲りもなく尋ねた。
「隊長、その指輪、どうなさったんですか?」
またか、という顔をしながら、オスカルはいつもの答えを与えた。
「姉上からの贈り物だ」
いつもならここで終わるはずだった。
そうですか、と言ってフランソワ・アルマンはすごすごと引き下がるのが常だった。
ところが、今日は違った。
どこかで誰かから仕入れてきた要らぬ知恵を、さも嬉しそうに披露した。
「でも、どうして左手の薬指なんですか?それは既婚者がする指でしょう?」
オスカルのスープをすくう手が止まった。
それからゆっくりと顔をあげ、この無意識に無礼な部下をながめた。
「ひょっとして、俺たちが招待してもらったあの舞踏会に来ていた誰かからもらったんですか?」
思いがけないつっこみだった。
「馬鹿馬鹿しい!」
吐き捨てるように返した。
「でも、随分高そうだし…」
「だから姉上が、と言っているだろう」
「だから肉親からもらっても、そんな指にははめないんですよ」
と言ってから、フランソワ・アルマンは、大仰に驚き、心底同情を込めて聞いた。
「隊長、ひょっとして、知らなくてその指にはめちゃったんじゃないですか?なら、今すぐ指を変えた方がいいですよ。俺たちみたいに誤解する奴がきっといますから…」
なんともありがた迷惑な忠告だった。
馬鹿にするな、そんなことくらい知っている、と言い返したかったが、ならば誰から、と余計に突っ込まれることが容易に想像できるため、オスカルは、ぐっとこらえ、黙って指輪を左手からはずした。
そして少し哀しそうな顔をすると、さっと右手の薬指にはめた。
それから
「これでいいか?」
と、尋ねた。
「右手だと、結婚が決まった人になりますよ」
「あいにく薬指以外には入らん」
「では仕方ありません。それで結構です。これで隊長に首っ丈の連中も変な想像に苦しまずにすみます」
と、忠義面したフランソワ・アルマンはさも嬉しそうに返答した。
以後、オスカルは指輪を右手の薬指にはめている。
注…古代ギリシャでは婚約中が左、結婚すると右にかえるそうで、これは国によって違うそうです。残念ながら当時のフランスの風習はわかりませんでしたので、勝手に現代日本版をあてはめました。失礼いたしました。