「やはりいたな」
オスカルが顔をしかめながら言った。
「当然だ。ご一家で滞在されているのだから」
アンドレがやや咎める口調で返した。
「こんな時間だ。とっくに床についていると思うだろう」
オスカルは口をとがらせた。
「普通の子どもならな」
「…」
そうだ。
普通の子どもなら、この時間、寝ているはずだ。
そしてオルタンス姉は普通の母親として当然寝かせたおつもりだったに違いない。
だが、ル・ルーは…普通の子どもではない!
そんなことを失念していたとは…。

「奥さまを案じるおまえの気持ちはわかるが、あれほどル・ルーから遠ざかろうとしていたのに、あえて行くのはどう考えても無謀だ」
アンドレが冷静に分析した。
「確かに。火中の栗を拾うとはこのことか」
オスカルはため息をついた。
「獅子が口あけて待っているところに飛び込んでいったような気がしたぞ」
そんな蛮勇をふるうつもりは毛頭なかったのだが…。
「面目ない」
オスカルは素直に非を認めた。

「だが、おまえ、口から出任せもいいところだったぞ」
こっちは話が別だ、とばかりに語調を強めた。
「何が?」
アンドレが目を見開いた。
「わたしの転属の理由だ」
とぼけるつもりか、と腹立たしく、だがやぶ蛇にならぬよう冷静に言った。
「違ったのか?」
本当に驚いたようにアンドレが言った。
「…!本気で答えてたのか?」
オスカルの方が今度は驚いた。
「もちろんだ。だんなさまもおっしゃっていた。温室育ちの花ほど外の世界が見たいと言うって。そうだったんだろう?」
質疑が逆転した。
「…」
あの親父、そんかなことを言ってたのか…!
「なんだ、違うのか?」
再びアンドレが尋ねた。
「いや…、そうだ。うむ、そうだった。きっとそうだったに違いない」
自分でもなんだかそんな気がしてきた。
それならばそういうことにしておこう、それが最善だ、この場合…。

「なんだ、自分のことなのに頼りないな」
アンドレがおかしそうに言った。
「まったくだ。わたしのことはおまえのほうがよくわかっているらしい。ル・ルーも言っていたな」
オスカルもおかしそうに答えた。
「ん?」
アンドレが首をかしげた。
「わたしにものを聞きたいときはアンドレに聞け、と。どうやら姉上仕込みらしいが…。おまえも覚えがあるのだろう?」
ようやく質疑のペースが元に戻った。
「それは、まあ、山ほど…」
アンドレが口ごもった。

「ひょっとして、この間おまえが手紙の束に埋もれていたのもそれか?」
ふと思い当たってオスカルは聞いた。
「あたり…」
アンドレが両手を顔の前にあげた。
「ずいぶんとばっちりがいってるんだな」
申し訳なさそうにオスカルが言った。
「まあ、それが俺の仕事だから…」
出会ったときからの仕事だ。
「もうたくさんか?」
オスカルがボソッと聞いた。
「そう思っていたら、とっくにお暇をもらっているさ」
アンドレがこともなげに答えた。
「そうか。それもそうだな」
オスカルはフフと笑った。
「おまえの側杖ならいくらでも食ってやるよ」
アンドレがオスカルの肩ほポンとたたいた。
「頼もしいな」
オスカルがニヤリと笑った。
「俺の許容量を過信されても困るが」
アンドレがさも大げさに首をすくめた。
「わかった。おまえの食える量にとどめておく」
オスカルは厳かに言った。
「ありがたいお心遣いで…」
アンドレは頭を下げた。
「着いたようだな」
「ああ。お疲れさん」
「おまえこそ」
アンドレが先におり、それからそっとオスカルの手を取った。




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帰路の車中にて