真夏の奇蹟


アンドレは狂乱した。
もし、フェルゼンが「アンドレが結婚しないのはおまえのせいだ。」とオスカルに告げたならば、オスカルは、きっと驚き、そして傷つく。
自分がアンドレの恋情を拒絶したからだ、と自分を責める。
そして、自分への配慮などまったく無用だから、いい話があるなら、進めればいい、と言うはずだ。

冗談ではない。
他の誰に促されてもかまわない。
おばあちゃんでも、執事さんでも、この際フェルゼンでも笑ってかわす。
だがオスカルに、結婚しろ、と言われるのだけはごめんだ。
ここはなんとしても話をつけなければ…。
アンドレは堅い決意のもと、がっくりとうなだれていた首を勢いよく振り上げた。

「冗談ではありません!!」
ということばが、ゴチンという音にかき消された。
アンドレが首を起こしたその同じ瞬間、フェルゼンは、わたしに任せろ、と言いながら、アンドレの背を優しくなでてやろうと、彼のうしろに回り込んだのだった。
振り上げたアンドレの後頭部が、フェルゼンの前頭部を直撃した。
彼らの身長はほぼ同じだったのが不幸のもとだった。

三度目の悲劇が起きた。
二人は星が回るのを見た後、意識を失った。
そして、しばらくして意識を取り戻し、すでにわかりきっていた結果を悲しく確認した。
アンドレは貴族の衣装を、フェルゼンは衛兵隊の制服を着ていた。
二人は同時にため息をついた。
なぜだろう。
石壁はないのに…。
時間も場所も違うのに…。
混乱する各自の頭はガンガンと痛みを訴えている。
だが、このままでいるわけにはいかない。
早く戻らなければ…。
もう一度頭をぶつけなければ…。
しかし、痛い。
逡巡する間に、時が流れ、最近とみにまじめになった衛兵隊が見回りにやってきてしまった。

また間の悪いことにこれが一班である。
効率よく回るため、アランが班を三分割したのだろう。
彼の統率力はくやしいが優れていると認めざるを得ない。
4人一組で巡回してきた。
失いゆく視力のかわりに耳がよくなりつつあるアンドレは、声でそれが誰だか判別できた。
ジャン、ラサール、フランソワ、ピエールだ。
好奇心満々、興味津々の四人組にフェルゼンと二人一緒のところを見られるのはまずい、と思ったが、動くより先に発見された。

「何者だ!」
あまりドスのきかない甲高い怒鳴り声が場違いで、こういうときはアランでないと役に立たないな、などと要らぬことがアンドレの脳をかすめる。
灯りで照らした先に浮かんだ二人の男を見て、4人が素っ頓狂な声をあげた。
「アンドレ!」
「それに、こっちは…。」
実はアンドレなのだが、入れ替わりなどというのは、当然彼らの想像の範疇を超えているから、素直にフェルゼンだと思ったフランソワが的確に名前を言い当てた。
「確か、フェルゼン伯爵…。陸軍連隊長…だったよね?」
隣の仲間に同意を求めた。
一度出くわしたことはあるが、ずいぶん前のことだ。
それにしてはすばらしい記憶力に、アンドレは率直に感心した。
「大した記憶力だな。」
アンドレはフェルゼンのいでたちであることを忘れてつい口にしてしまった。
「だってアンドレも隊長も、なんでこんなとこで迷うんだろうって不思議がって、しばらくここへ来るたび、今日はいないか、って話してたからね。」
「そうそう。えらい軍人さんらしいけど、ひょっとして今夜もまた迷ったの?」
「きっと、女との逢い引きに夢中になっちゃったんだろう、ほどほどが大事だよ」

悪意のない一班の会話は、その場に冷たい風を吹き込んだ。
アンドレの格好をしたフェルゼンは、さすがに気を悪くしたし、アンドレはいたずらがみつかった子供のような気まずい思いでいっぱいになった。
だがとりあえず、見つかってしまった今、やはりフェルゼンが迷ったことにするしかなかった。
人目がある以上、もはや元に戻ることはできないのだ。
2人は、それぞれの格好に従ってここは引き上げるしかないと、同時に判断した。
「では、いずれ連絡してくれ。」
フェルゼンは小声でささやくと、一班の連中について兵舎に向かった。
「わかりました。」
アンドレも気づかれないようそっと返答すると、仕方なく、いつもフェルゼンの馬がつながれているはずの場所に移動した。
どちらの胸中も不安で満ち、それぞれに夜空を見上げて大きくため息をついた。












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