どんぐり屋敷の三賢者

ノエルの晩餐は、ル・ルーとニコレットの見込んだとおり、豪華ではないが、極めて美味なものとなった。
ご時世ということもありできる限り質素にしたいという主人夫妻の意向で、めずらしい食材や高価なものを仕入れず、地元で取れたものや、領民からの差し入れなどを駆使して、モーリスが知恵を絞った、もはや作品と呼んでもよいできばえだった。
バルトリ家の人間として世界の珍味も食してきたニコーラは、ノルマンディーならではの材料がこんなに懐かしく暖かいのか、と感激し、めいっぱいほおばっていた。
そして、自分の屋敷にいたときに比べて、モーリスの腕が格段に上がっていることを率直に賞賛した。
モーリスは恐縮しながらも人生最良のノエルだと感激していた。

本来ならこのあとそろって教会向かうべきだったが、馬車の数が足りないため、オスカルとアンドレは屋敷で留守番ということになった。
冷え込んできているので、すでに臨月に入っているオスカルが夜出歩くのは控えた方がよい、というばあやの判断だった。
バルトリ家の二頭立ての馬車に御者としてマヴーフが乗り、ニコーラとニコレットとル・ルーの他にばあやが乗った。
そしてどんぐり屋敷の一人乗りの馬車には、御者としてモーリスが座り、少し窮屈だが、アゼルマとコリンヌが無理矢理乗った。
「神さまにご無事のご出産を祈って参ります。帰りは遅くなりましょうから、どうぞ先におやすみになってらしてくださいまし。」
ばあやが心配そうに何度も窓から顔を出しては、ニコーラに笑われていた。

一団が敷地内から出ると、アンドレがギィーッという音をたてながら閉門した。
ちょっと油をさす必要があるな、と思いながら、冷たくなった手をこする。
空を見上げると降るような星が瞬いていた。
そして屋敷に目を戻すと、広間の窓辺に金色の星がやはり瞬いていた。
彼は急いで邸内に戻った。
広間は、きれいに片付けられていて、ばあやの指揮のもと、四人の使用人がどんなに手際よく動いたかが察せられた。
「まさか二人だけ残ることになるとは思わなかった。」
外を見ていたオスカルが、戻ってきたアンドレに振り返った。
髪だけでなく、瞳もまた蒼い星のようだ、とアンドレは思う。
「それを言うなら、まさかこんな賑やかなノエルになるとは思わなかったが…。」
アンドレの言葉にオスカルが笑った。

「去年も、予想外のノエルだった。」
オスカルが再び窓の外に視線を戻した。
結婚式をあげたのだ。
たった二人で…。
けれども、驚くほどたくさんの愛に包まれて…。
「つまり、ノエルはいつも予想外ということだな。」
アンドレがオスカルの隣に立った。
「そういうことだ。」
肩を寄せ合って、夜空を眺める。
「わたしの場合、人生全体が予想外という気がする。」
「まったくだ。」

男として育ったことも、従僕として引き取られてきた男と結婚したことも、そして今、その男の子どもを身ごもっていることも…。

「予想外というのは不幸か?」
アンドレの声にかすかな不安がある。
「おまえ、本当にル・ルーに見抜かれた通りだな。」
オスカルが感心した。
「どういう意味だ?」
「腕は良いのに自信がない。」
ああ、そういうことか。
だが、それは致し方ないことなのだ。
こういう立場になったものにしかわからない不安があるのだ。
こうしてここにいることが果たしてオスカルにとって幸福なのか、という怯えにも似た不安が常につきまとう。

「わたしは生まれてきて良かったと思っている。だからきっとわたしの子どももそう思うだろう。」

オスカルがアンドレの頬に両手を伸ばした。
そしてそっと包み込む。

「なんだかおまえが聖母に見える。」
アンドレがオスカルの背中に手を回した。
「一応これでも胎児の母だ。案外ふさわしいのかもしれんな。」
お腹のふくらみに最大限配慮しながら、アンドレはしたり顔のオスカルを抱きしめた。

「おれも、本当に生まれてきて良かったと思っているよ。」











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