ジャルジェ家がオスカルの婿を公募するため盛大な舞踏会を開催するという。
因縁を知らないジャルジェ家の執事は、当然ながらオスカルの親友としてつきあいの深いハンス・アクセル・フォン・フェルゼンにも、招待状を送ってきた。
爺から渡されたそれは、日頃厳格かつ質素に暮らすジャルジェ将軍にはおよそ不似合いな豪華なもので、はからずも本来のジャルジェ家の家格を内外に示すものとなっていた。
真面目な人ほどぶち切れると一気である。
「金はいくらかかってもいい!」という主人の号令のもと、執事を筆頭にジャルジェ家一同はもはやとめどもない情熱を舞踏会に注ぎ始めているらしい。

たいしたものだ、とつぶやきながら、無論、フェルゼンは出席する気はない。
かつてオスカルの自分に対する思慕にまるっきり気づかずに過ごした。
そして気づいてからは、男らしく会うことを禁じた。
我ながらすがすがしいまでの決意と実行力である。
このように自画自賛しているが、実は、フェルゼンがオスカルに会わない理由は最近、もうひとつあることを、わざと忘れている。
むしろこの頃では、この理由の方が大きい割合を占めているのだが、そのこともあえて心の中では無視している。
昨年のノエル以降、フェルゼンはアンドレと体が入れ替わるという、世にも奇妙な体験を何度か繰り返した。
そしてそのたびひどい目に遭った。
二度とごめんだと堅く誓った。
だからフェルゼンはアンドレに近寄りたくない。
けれどもしオスカルに近づけば必然的にアンドレに接近することになる。
なんといってもあの二人は二個一で、離れているのをほとんど見ない間柄なのだ。
偶然にでもオスカルに会って、その際にアンドレと何かのはずみで頭がぶつかると、二人は身体が入れ替わってしまうのだ。
そのため、彼は何があってもジャルジェ家を訪問するわけにはいかなかったのである。

だが、とふと考えた。
オスカルが結婚する、ということについてである。
そうすれば、アンドレが解放される。
アンドレとして散々オスカルにこきつかわれたフェルゼンは、アンドレに非常に親近感を寄せるようになっていた。
そして、なぜアンドレがこのような難行苦行を我慢し続けているのかかねて不思議に思っていた。
だが、前回の入れ替わりの前に、アンドレ本人の口から、結婚しない理由はオスカルだとはっきり聞いた。
どうやら、あまりに小さいときから一緒にいたため、アンドレはオスカルと離れて暮らすことについて、思考停止状態になっているらしい。
哀れなことである。

自分と良い勝負の外見。
控えめではあるけれど、平民とは思えない優雅な立ち居振る舞い。
ジャルジェ家の女性使用人たちからの熱い視線は、いかに鈍感なフェルゼンでも感じ取れるほどだったし、近衛隊に使いに出された際の宮廷女性たちの反応もなかなかに好意的だった。
というか、相当熱のこもったものだった。
加えて、彼の唯一の血縁である祖母が、彼の結婚を激しく期待している。
それはアンドレであったとき、祖母自身からさんざん説教されたから間違いない。
自分のことは棚上げのまま、フェルゼンは、いい男がもったいない、と心底思うのである。

根が優しいフェルゼンはこの心配の発露として、実際に女性を紹介してやろうとさえしたのだが、その好意はひどく奇妙かつ残念な結果に終わってしまった。
それがつい数ヶ月前のことである。
あのとき、もう絶対アンドレには近づかないと誓った。
にもかかわらず、またぞろフェルゼンの胸中深いところで、おせっかい心がむずむずと沸き起こってきてしまった。

「わたしが何とかしてやらねば…!わたしだけが彼の境遇を追体験している。わたしだけが彼の気持ちを本当に理解できるのだ!!この世でわたしだけが…!」

まったくもって勝手な決意、勝手な情熱であるが、不倫という不完全燃焼の恋愛を長年続けていると、誰かの役に立つのだ、といういたって単純で率直な喜びに、どうしようもなく惹かれてしまうらしい。
フェルゼンは誘惑に負けた。
というか、自分からまたもや誘惑に飛び込んでしまった。
にっこり笑うと、いや、端から見ればどうみてもにんまりだが、とにかく笑顔で返事をしたため、爺に渡した。

「おめずらしい。出席なさるのですか?」
最近、ジャルジェ家に足が遠のいていることを察していた爺がめざとく突っ込んできた。
「うむ。若い頃からの友人だ。どんな男を選ぶのか興味がある。」
とってつけた理由であるが、まんざら嘘でもない。
アンドレが結婚するためには、オスカルが結婚しなければならないと考えるフェルゼンにとって、まずはオスカルに誰かよい婿を選ばせるのは極めて重要なことなのだ。
「なんなら隣に付き添って品定めをしてやってもよい。オスカルはああいうヤツだから、あまり男を見る目がないはずだ。」

断言しているが、そのオスカルの初恋がフェルゼンなのだから、自分で自分をおとしめているわけなのだが、お人好しで単純なフェルゼンはそういうことには一切気づかない。
もし、もう一度オスカルが自分を選んだら、一体どうする気なのだろう。
結局の所、フェルゼンは何も考えていないのである。

「ジャルジェさまのご夫君となると並の男ではつとまりませんでしょうなあ。」
爺の感想は至極まともである。
こんなまともな感性の男が誠心誠意育て上げて、どうしてこんなおかしな男が育ったのか。
まことに世の中とは不思議なものである。
「いやいや、案外なんでも言いなりになるくらいの優男のほうが、オスカルとは平和に暮らしていけるのかもしれん。なまじ気骨など持っていたら、オスカルにへしおられてしまうだけさ。」
完全にはずしているようで、存外鋭いところをついたオスカル評である。
「さすがはハンスさま。まったくもってご明察でございます。」
人を見る目の確かなこの老練な男が、フェルゼンの前でだけ、年齢にふさわしい視力になってしまうのは、育てたものの弱みであろうか。

フェルゼンは爺の賛辞に面相を崩し上機嫌だ。
「豪華な舞踏会らしいから、わたしも衣装を新調するか。爺、早速明日にでも、仕立て屋を呼ぶよう手配してくれ。」
およそ学習から縁遠いフェルゼンの心はすでに舞踏会に飛んでいた。





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舞踏会の奇跡

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