アンドレは人生最強の鬱状態に陥っていた。
オスカルが結婚するというのだ。
もちろん彼女は頑強に拒絶しているが、ジャルジェ家において将軍の命令は絶対である。
とりあえずジェローデルとの婚約だけは白紙に戻したが、それなら別の男を選り取り見取りにさせてやろう、というありがた迷惑この上ない妥協点に落ち着かされてしまった。
ドレスを着て、結婚目当ての男どもと次々に踊るオスカルの姿など、どうして正視できよう。
そんなことになるくらいなら、いっそ死んでしまいたい。
年の割に一途な恋心の持ち主であるアンドレは、かなわぬ片思いに殉死したいくらい思い詰めていた。

どんな低い身分でもいい。
貴族の位があったなら、自分も堂々と舞踏会に参加して、求婚するのに…。
もちろん、その場でオスカルに断れるかもしれないが、申し込む権利すらないよりは、当たって砕けたい。
対象にすらならないみじめさはどうだ。
ああ、貴族になりたい。
オスカルが思わず目をとめ、手を取り踊ろうかと思うほどの貴族に…。

そこまで考えて、ふと、アンドレの頭にフェルゼンの姿がよぎった。
正真正銘の貴族。
しかもオスカルの初恋の相手。
もし彼が舞踏会にやってきて、オスカルに求婚したら、オスカルはどうするだろう。
にっこり笑って受けるだろうか。
ではもしそのフェルゼンが実は自分だったら…。

馬鹿げた考えだった。
フェルゼンとして愛されても何の意味もないと、入れ替わっていたとき痛切に感じたではないか。
アンドレとして存在するのでなければ、結局何もないのと同じなのだ。
アンドレは、天を仰いだ。
こんな愚かな考えにはまりこむほど、自分は堕落してしまっている。
舞踏会の準備に追われる使用人を尻目に、軍務が忙しいからと理由をつけて、できる限り衛兵隊に詰める日々だ。
屋敷に戻って、日参しているジェローデルに会うのは耐え難かったし、まして舞踏会の成功を祈る侍女たちの会話には到底入れなかった。

そんなアンドレの態度を最初はいぶかしげに見ていたオスカルも、最近は、アンドレと行動をともにして、めっきり帰宅しなくなっている。
こんなご時世だ、自邸になど帰ってのんべんだらりとくっちゃべっている暇はない、と冷たく言い放てば、それ以上オスカルを追求できるものなどなく、仕立屋に依頼していた礼装が届いたという報告も、オスカルは執事からの書面で知ったくらいである。
時代が鬱屈し、ただでさえきつい軍務がよりいっそうハードになっているのは事実であったし、そんな中で結婚という考えたこともない価値観に逃げ込むようなことは断じてできないと思っていた。
それはジェローデルという男が、自分の結婚相手としてふさわしいか否か、などという次元の話ではなかったのだ。

そこに加えて、アンドレの顔色が日ごとに色を失い、土気色になっていく。
無口になり、笑みも消えた。
これは、オスカルにはたいがい堪えた。
自分が追い詰められているときこそ、アンドレは本領発揮で、楽しませくつろがせてくれるべきであるのに、自分以上に落ち込んでいるのだ。
あんまりではないか。
「おまえ、少しは笑えよ。」
心の中で毒づいてみるが、自分の結婚話が原因だと思えば、さすがに口にすることははばかられた。
ああ、誰か、誰か…。
誰かこの閉塞状態を打ち破ってくれないだろうか。
オスカルもまたアンドレに劣らず最強の鬱状態に陥り始めていた。






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舞踏会の奇跡

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