親愛なるアンドレ・グランディエ


ようやくこちらにも春がやってまいりました。
ベルサイユではさぞ美しい花が咲き始めていることでしょう。
でも本当に美しいものは、ベルサイユではなくわたくしの領地にこそある、と思っています。
あなたも一度来ればわかります。

ところで、先日主人の叔父が亡くなり、継承者がなかったので、当家が財産を相続しました。
風変わりな叔父様だったので、残されものも、まともなのは領地だけ。
お屋敷はあまりに凝った作りで設計したご本人以外は住めそうもありません。
ただ、森の中に作った別邸だけは、早くに亡くなった奥方の趣味で建てられていて、素晴らしいものでした。
先日わたくしがこの目で見てきましたから保証します。
でも、場所がわたくしの屋敷からは遠くて、そうたびたび出かけられるところではないのです。
主人はこの別邸の処分をわたくしに任せる、売り払うなり、人に貸すなり、あるいは手を入れて住むなり、好きにしていいと言ってくれました。
そこで色々と考えて、オスカルに譲ることにしました。
オスカルはもちろんジャルジェ家の嫡子ですから、その財産をすべて相続するわけですが、それはお父さまとの関係がうまくいっていれば、という条件付きですし、また、このまま子どもがなければ、いずれどこかから養子を迎えねばなりません。
そうすると財産は養子のもの。
オスカルのような気むずかしい子が養子とうまくやっていけるとは思えないので、あの子は宿無しになってしまいます。
憐れでしょう?
それで、この森の中の別邸をあの子の名義にしておけば、万一の時、とりあえず住むところだけは確保されるというわけです。
われながら素晴らしい考えだと思うのですよ。
あの子はきっと余計なお世話だと言うでしょうから、別邸関連のことは内緒で話を進めます。
書類などは一切あなたが預かっていてちょうだい。
持っていて損にはならないでしょう。
もし時間があれば一度行ってご覧なさい。
屋敷内の隅に管理人の家があり、叔父の領地からの租税のいくばくかがそこに入るようになっています。
屋敷の主がわたくしの妹に変わったことは管理人にも伝えていますので、いつ行っても大丈夫です。
まあ、本音を言うと、この屋敷の出番があるようでは困るのですけれどね。
お父さまとうまくいきつつ、養子も迎えなくていいように、アンドレ、しっかりがんばってくださいね。

突然の封書で驚いたでしょうけれど、いきなり書類だけ送りつけても意味がわからなくて困ると思ったので、先に手紙を送りました。

                       オスカルとあなたの姉クロティルドより

アンドレの顔に穏やかな笑みが広がった。
相変わらずでいらっしゃる、と思う。
辛辣で、けれどもおおらかで、あたたかで、…。
母を亡くしてジャルジェ家に来たときは、ちょうどクロティルドの結婚直前で、屋敷
中が華やかな忙しさに包まれていた。
祖母も傷心の孫を気にかけつつ、その忙しさの渦中で陣頭指揮をとらねばならな
かったから、自分は場違いなところに場違いな顔でいる、ということが、幼いなが
らに察せられて、随分と居心地悪く、身を小さくしていたものだ。

それが婚礼の直前、オスカルと二人、クロティルドの部屋に呼ばれた。
じっくり顔を見たのはそれが初めてだった。
まもなく花嫁になるその人は、16歳で、しばらくポカンと見とれてしまったほど美し
かった。
名前を呼ばれて、口を開けたままの自分にオスカルがポカリと一発くらわせてくれ
てあわてて返事をすると、
「ばあやに似ずきれいな子ね。これなら充分だわ。結婚式の介添えの子が一人
足らなかったのだけど、助かりました。アンドレ、悪いけど、オスカルと一緒にお願
いするわ」
と、いきなり言われた。
付き添っていた祖母がのけぞるほど驚き、大あわてでお断りしようとしたが、オスカ
ルも、
「それは名案だ。わたしもこいつとならやってもいい」
と即答したので、話はその場で決まってしまった。

しかも、さんざんもめたあげく、オスカルが少年役を取ったので、アンドレは少女役
になり、祭典当日は見たこともない美しいドレスをまとって花嫁の介添えを果たした
のだった。
あまりに非日常的なできごとが続き、それまでの悲しい過去にひきずられる余裕が
なくなり、おかげで自分は新しい生活に慣れていくことが出来た。
クロティルドが、すべて計算の上で見せてくれた思いやりだったのか、単なる思いつ
きだったのか、今でもわからない。

この手紙に書かれた森の中の別邸のことも、あのときと一緒だ、とアンドレは思った。
オスカルの未来に対する深い洞察に基づくものなのか、あるいはもらって困る屋敷
の処理に名案を思いついただけなのか、どちらとも判然としない。
ただ、クロティルドのこうした行為は、いつも自分を幸せにしてくれた。
意図のあるところがどこであったかに関わらず、結果は神の恩寵ともいえるほど、
優しい光に包まれたものとなることを、彼は経験から知っていた。
この屋敷をオスカルが相続することも、きっとそうだろう。
アンドレは、クロティルドが自分の妻にくれるというものを有り難く受け取ることにした。
そして、いつか二人でこのおすすめの屋敷を訪れることができれば、と思いつつ、手紙を置いた。




次の手紙です。



※プラウザを閉じてお戻り下さい。