親愛なるアンドレ・グランディエ
たくさんのお手紙があなたに届いていることでしょう。
一昨日お会いしたマリー・アンヌお姉さまは、あなたとオスカルへの深い愛情から随分とお悩みでいらしたので、それなら直接お手紙をお書きなさいませ、とご助言申し上げました。
早速あなたのもとに届いていることと思います。
そして、今日、ベルサイユにおいでのオルタンスお姉さまにお会いするためにローランシーさまのお屋敷をお訪ねしましたら、そこにジョゼフィーヌからの遣いが来て、ル・ルーを連れて行きました。
あまりにオルタンスお姉さまがご心配になるものですから、アンドレに手紙を出して確認するようおすすめし、とりあえずわたくしが様子を見るために、そのままジョゼフィーヌの屋敷を訪問いたしました。
ですからオルタンスお姉さまからもお手紙が届いたでしょう。
ジョゼフィーヌの屋敷に行くと、ル・ルーが大層利口そうにジョゼフィーヌと話していました。
事態の背景に対する分析は十歳にも満たない子どもとは思えぬ鋭いもので、感心しました。
すべてオスカルが仕組んだのですね。
ジョゼフィーヌはル・ルーと意気投合して、この企みに反撃するため、生き生きとおなたあての手紙をしたためていました。
あなたにとっては大変迷惑でしょうけれど、こちらも届いたことと思います。
アンドレはカトリーヌの手紙を胸に抱き、十字を切った。
福音というのはこれをいうのだ。
神の恩寵とはこういうことなのだ。
クロティルドの意図不明の物とは違い、カトリーヌのそれは確かな信念に基づ
いている。
だから全幅の信頼をもって頼ることができる。
カトリーヌがどのような方法を取るのかはわからないが、彼女がまかせなさい
、と言ったからには、もはや何の心配もいらない。
いつもそうだったのだから。
困ったときのカティ姉頼み…オスカルがよく言っていた。
とにかく迷える子羊を導くように、難題がふりかかって相談に行くと、魔法のよ
うに解決法を教示してくれた。
クロティルドの結婚式が実はそうだった。
なぜ自分が少女として介添え人を勤めたか、アンドレは詳細を思い出した。
あのとき、当初の介添え役は、当然9歳のジョゼフィーヌと7歳のオスカルだ
った。
ジョゼフィーヌが少女、オスカルが少年で、何ら問題はなかったのだ。
だが、引き取られてきたアンドレがこの二人の間の歳であったため、どちらも
が彼と遊ぶと言い張った。
もとよりオスカルの遊び相手として男の子が連れてこられたわけだが、ジョゼ
フィーヌにすれば物珍しさと、オスカルのものはすべて自分も欲しい、という子
どもらしい欲求で、アンドレに何かと関わった。
そしてついにジョゼフィーヌとのままごとにつきあわされているアンドレに、オ
スカルの怒りが爆発し、二人はとっくみあいのけんかになった。
年下とはいえ、日頃から訓練をしているオスカルは難なくジョゼフィーヌを打ち
のめし、ジョゼフィーヌの可愛い顔は腫れ上がってしまった。
クロティルドの婚礼の確か三日前だった。
こんな顔で結婚式に参列し、まして注目を浴びる介添え役などできない、とジ
ョゼフィーヌは泣き明かし、とうとう床に伏してしまった。
急遽11歳のカトリーヌが代役を、ということになった。
ところがカトリーヌはアンドレを推薦したのである。
理由は、自分の身長がオスカルと比べて随分高いから、並ぶと不似合いだ、
というものだった。
その点アンドレならちょうどいい。
ひきとられてきたばかりで、顔を知られていないから、遠縁の子どもだと言え
ば誰も使用人の子どもだとは疑わない。
オスカルが断固少年役がいいというなら、アンドレに鬘をかぶせれば、なおの
こと、身元がばれず好都合だ。
カトリーヌの提案に、将軍夫妻もクロティルドもなるほど、と賛成し、ばあやの
反対は完全に無視され、アンドレは見るもかわいい少女となり、オスカルとの
コンビがしばらく評判になったほどだった。
無事、大役を勤め上げたあと、カトリーヌは自分の部屋にアンドレを呼び、立
派だったと褒め、これからここでオスカルの遊び相手を務めるからには、この
ような思いも寄らない仕事がまわってくるけれど、オスカルはあなたとなら嫌
なお役も引き受けるようだから、どうかよろしく、と優しく抱きしめてくれた。
真っ赤になって、大声で返事をしたことが、懐かしく思い出された。
アンドレは手紙に向かって、ありがとうございます、と声に出した。
そして、マリー・アンヌから順番に返書を書き始めた。
どうしても自分だけで打開できない事態に陥ったときは、必ず御許に参ります、と素直に甘えた。
ついで、クロティルドには、別邸の件、ありがたく頂戴し、オスカル名義の書類は自分が責任を持って預かる旨をしたためた。
オルタンスには、ル・ルーは才気煥発ゆえ、ジョゼフィーヌに迷惑をかけることは決してないから、安心して帰りを待っていただきたい、と書いた。
オスカルがからんでいるかどうかはあえて書かなかった。
ただ、カトリーヌさまにもう一度ご相談なさればどうか、と素知らぬ顔で提案しておいた。
そしてカトリーヌにはただただ感謝を書いた。
まさに救世主の手紙であったこと、何もかもお察しの通りであること、ただひとつ弁解させていただけるなら、オスカルからジョゼフィーヌへの手紙は自分が夜勤の間にオスカルが勝手に書いたもので、自分もあとから知ったのだと、正直に書いた。
聡明なカトリーヌは、この文面で、アンドレとオスカルの仲が順調であることも、アンドレがカトリーヌに甘えていることも察してくれるであろう。
また、ジョゼフィーヌには、これが一番苦労したのだが、王太子殿下の見る目に間違いはない、と貴婦人の鑑のジョゼフィーヌさまが保証してくださり、オスカルもこんなに心強いことはないだろう、自分も立派な淑女のル・ルーに再会するのを心から楽しみにしている、と白々しく書き連ねた。
五通の手紙を書き終えるのにどれくらい費やしたか、ようやく顔を上げ、窓の外に目をやると、オスカルが夜風の中に立ち、アンドレの部屋の中をのぞきこんでいた。
金色の髪がふわりと流れ、蝶のように翻った。
アンドレはあわてて立ち上がり、窓を開けた。
続きはこの窓から…。