親愛なるアンドレ・グランディエ

オスカルからやっと返事がきて、おまけにル・ルーのお妃教育を頼んでくる
なんて、しおらしくもかわいらしいこと、と思い、さっそくル・ルーを当家に連
れて来ました。

でも、ル・ルーは完璧な淑女です。
わたくしが教えることは何もありません。
さすがオルタンスお姉さまだと思います。
ル・ルーのことは、実は以前からお母さまになかなか大変な子だと伺い
案じていたのですが、どうやらお母さまもお歳を召されて、子どもの元気
な様を、勘違いなさっておられたようですね。
ル・ルーくらいのことは、わたくしだって幼い頃にはしておりましたし、まし
てオスカルなど、誰とも比べようもないほど手のつけられない野生児だっ
たと、あなたが一番知っているでしょう。

今日、わたくしのもとに来たル・ルーはベルサイユのどの家の令嬢よりも、
見事な立ち居振る舞いをしていました。
王太子殿下との謁見の様子もさりげな
く聞いてみましたが、殿下がお気に
召すのももっともだと思える返答ぶり。
御下賜品が山のように届けられたというのもうなずけます。

けれどもオスカルのたっての願いですから、二、三日はわたくしが手元に
おいて教育をした、ということにしておきます。
ル・ルーも了解済みです。
そして、近々この教育の成果を見せにそちらにまいります。
楽しみに待っていなさい。
下手な小細工が通用しないことをあの子に思い知らせてやりましょう。
首を洗って待っておくようオスカルに伝えておいてちょうだい。
あの子に手紙を書いても読まないから、あなたに書きました。
よろしくね。

                あなたとオスカルの姉 ジョゼフィーヌより




「やられた」
アンドレは舌打ちした。

オルタンスの予感はあたっていた。
ジョゼフィーヌは所詮ル・ルーの敵ではなかったのだ。
一枚も二枚も上手のル・ルーは、母親の心配したように叔母の体面や立場を傷つけることもしなかった。
むしろその懐に飛び込み、取り入り、この台本の書き手が誰であるかをつきとめ、そこに的を絞って反撃の準備を着々と進めている様子が、ジョゼフィーヌの手紙から見て取れた。
「完敗だ、オスカル」
アンドレは天を仰いだ。
ジョゼフィーヌがル・ルーを連れてジャルジェ家を訪問し、すばらしい教育の成果を披露するなど、とんでもないことだ。
身震いするほど恐ろしい結果を招くに違いない。
だいたい、オスカルの当初の予定では、ル・ルーのベルサイユ滞在中は、まるまるジョゼフィーヌに押しつけるつもりだったのだ。
それが三日で終わり、2人そろって襲来するとは…。
オスカルに知らせて、とにかく当分屋敷には戻らないように手はずを整えねばならない。
営舎にまでは、さすがに来られないだろうから、誰もが納得する当直の理由を考え出して、危険回避を計る必要がある。
だがいったいいつまで逃げればいいのだろう。
いつかは屋敷に戻らねばならない。
ジョゼフィーヌはオスカルの依頼で動いたのだから、オスカルへの報告と称して絶対にやってくるだろう。
アンドレは頭を抱えた。
オルタンスの手紙以上にこちらはやっかいだった。
アンドレは深いため息とともに手紙を机の上に置いた。

とりあえず後になってしまったカトリーヌさまからの手紙を読もう。
ジョゼフィーヌさまとル・ルーのことはもう少し心を落ち着けてから考えよう。

アンドレは自身に繰り返し言い聞かせると、カトリーヌからのいかにも優しげな封書を手にした。




次の手紙です。






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