親愛なるアンドレ・グランディエ

忙しい毎日のようですね。
軍務、屋敷の仕事の上に、オスカルの世話、ときてはいい加減嫌気がさしているのでは、と案じておりましたが、お母さまのお話によると、うちのエヴリーヌにも一顧だにしなかったとのこと、それでこそアンドレです。
ここだけの話ですが、エヴリーヌは、ジェラールにはもったいないくらいのしっかりもので、ジョゼフィーヌの人を見る目はさすがに鋭いものがあると感心しています。
あなたたちのおかげで、よい子が当家に来てくれて感謝しているのですよ。
こういうことを瓢箪から駒というのですね。
ジョゼフィーヌには申し訳ないことですが…。

さて本日の手紙はほかでもありません。
オスカルのことです。
お母さまによると、すべてあなたが管理してくれることになったとか。
大層世話をかけますが、どうかよろしくお願いします。
あの子は、馬鹿がつくほど正直で、無鉄砲ですから、常に誰かが手綱をひいてやらなければ、どこへ駆けだしていくかわかったものではありません。
アンドレ、くれぐれも申しつけます。
さまざまなしがらみの中で、お母さまにも相談できないことが起こったときは、必ずわたくしのもとに来なさい。
たとえば、お父さまがらみのことなど、きっと悪いようにはいたしません。
わたくしのもてる限りの力をつくしてあなたたちを守ります。
慎み深いあなたのこと、きっと困ったことがあっても誰にも頼らず苦慮するのではないかと案じて、あえて手紙にいたしました。

‘ジャルジェ家のアンドレだ’といえば直ちにわたくしに取り次ぐよう、当屋敷内のものには言い聞かせておきます。
よろしいですね。
きっとですよ。
世情の不安定さが老婆心をかきたてていると思ってかまいません。
先日の当家主催の茶会で、密かに亡命の支度をはじめねば、という声がさる由緒正しき家系の方からあがりました。
もちろん冗談ですが、それだけではすまぬものもわたくしは感じました。
そして最前線にいるオスカルの身が、急に不安になりました。
どうかわたくしの意のあるところを汲んで、万事よろしく頼みます。

                       オスカルとあなたの姉 マリー・アンヌより

アンドレはそっと目頭を押さえた。
彼がジャルジェ家に引き取られてきたとき、マリー・アンヌはすでに公爵家に嫁いでおり
共に暮らした記憶はない。
けれど、折々に実家に帰ってきては、ばあやの孫である自分を決してオスカルと分け隔
てせず接してくれた。
ばあやから、それは破格の待遇だと口うるさく言われて、小さいながら身分差は理解して
いたけれど、おかげで公爵夫人である彼女に少しも気後れすることなく自分は甘えること
が出来た。

ノエルの折の司教への手回しからして、マリー・アンヌがオスカルのために、自身のもてる
ものを最大限に利用して妹を守る決意でいることはひしひしと感じていた。
が、今、一読した手紙から、彼女の愛が、オスカルだけではなく、自分をも包んでくれてい
ることを理解して、アンドレはいたく恐縮し、そして震えるほど感激した。

亡命を口にする上級貴族の存在。
それを他愛ない冗談と受け取ることの出来ない公爵夫人。
パリでの演説会での民衆の歓喜と熱狂。
そして馬から崩れ落ちたオスカル。

時代の波が、誰に優しく、誰に厳しく押し寄せているのか、想像も付かない日々である。
貴族であること、平民であること、それが吉なのか凶なのか。
心映えを正しく持つだけでは乗り切れないのかもしれない。
ある種の狡さが、賢さにつながることもあり得る。
公爵夫人の手紙は、最近のアンドレの深い懊悩をしなやかにくるみ、背を押した。

アンドレはマリー・アンヌ愛用の香水の名残がする手紙をそっと胸にあて、何かあれば、す
ぐに相談に伺います、子どもの時のように…、とつぶやいた。





次の手紙です。




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