巡り巡りて



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                                      mokoさま 作



『輪廻転生』
正直、こんなことは新興宗教だとか怪しい占い師だとかのセリフで、現実にあ
ろうはずはないと思っていた。目の前の男がそれと知るまでは・・・・




篠塚 香。年齢は・・・32歳。
自分で言うのもおかしいが、振り返るとほぼ順風満帆の人生だったと思う。成
績も悪いほうではなかったし、大学卒業後、希望の職種に就くことが出来た。
だけど・・・なぜか結婚にだけ縁遠い。
周りはどんどん結婚して母親になっていくのに、なんだか自分だけ置き去りに
されたような気がする。けしてモテなかったわけではないと思う。彼氏が居た
ことはあるから。
でもいつも、何かが違っていた。

それは「彼」の所為だと思っていた、「古い友人」。私たちは青春の真っ只中
で知り合った。「彼」と「彼女」と私は本当に気があった、少なくともはじめ
は「友人」として。

同じ大学に通う私と「彼女」は他の大学生との合コンで「彼」と知り合った。
やわらかい物腰と端正な顔立ち。参加したすべての女子は「彼」に釘付けだっ
た。
しかし、直接話をして連絡先を交換したのは私たち二人だけだった。それから
かれこれ十数年、ずっと自分の淡い恋心に気がつかないふりをして、二人とは
友人として付き合ってきた。
社会人になって「彼女」と私は、親友として語り合い大人の女性へと歩んでい
た。もちろん「彼」とも相変わらずの付き合いだった。三人で、時には旧友を
交えスキーや海へ出かけ、笑い合い思い出を重ねていった。
いつしか「友人」という言葉の影からそっと「彼」を見れば、「彼」はまっす
ぐ「彼女」をまぶしそうに見つめていた。
それでも私は「友人」という関係を信じていた。

「彼」の経営する美容室チェーンへなんども足を運んだ。もちろん彼が居る本
社ビル1Fのサロンへ。美容師の経験がない彼だが、親がいくつも持つ会社の中
から一つを譲られただけである。十分な経営ノウハウがあれば問題はないのだ
ろう。
「彼女」ももちろん常連の一人。「偶然・・・ね」サロンで一緒になることも
多かった。私たちは休みが同じだから大して気にも留めていなかった。
でも、いつの頃から私は気づいていたのだろう。「三人」ではなく「二人」の
ことを。



朝の駅前通りは雨が降るととたんに渋滞する。子供や旦那の送迎に車を走らせ
る主婦たちでいっぱいだ。いつもより早く出たつもりがぎりぎりになってしま
う。あせって慣れない迂回路で事故を起こすより遅刻したほうがましと諦め、
のんびりと紅葉を始めた街路樹を眺めながら物思いにふける。


しばらく「彼」に会っていない。電話をする勇気は無いがメールなら・・・
《会いたい》・・・。
送れるはずの無い言葉が頭に浮かぶ。サロンに行ってみようか・・・。
先月サロンに行ったときの「彼」とのやり取りを思い出す。
「彼女できた?」なんて気軽に聞いてもいつも答えは同じ。
「香は?」・・・・聞いているのは私なのに。
「この夏、別れたばかり。なぐさめてくれる?」
「お〜お、かわいそうに。よしよし」
ふざけながら私の髪を撫でる手、鏡の中から私を見つめる瞳、私だけのものだ
ったらいいのに。そんな思いを消し去るように「じゃ、あとはよろしく」とス
タッフに声をかけオフィスに戻ってしまう。「彼女」ならずっとサロンにいる
の?分かっているけど・・・。


信号待ちで対向車線の見慣れた黒い外車の高級セダンに気づき「なんでこんな
ところに・・・」と思っていると目に飛び込んできたのは助手席の「彼女」だ
った。
「彼女」は柔らかな笑顔を運転席の「彼」に向け、なにか話している。「彼」
は笑顔で私とすれ違う。気づいているのか、いないのか。
私の通勤路を知っているはずの「彼」がここを通るということは「彼」と「彼
女」はすでにそういう関係で・・・でも私に面と向かって言えなかったのだろ
う。
では、私に気が付けとばかりにここを選んで通ったのか?
「友人」だったはずの私たちは違う感情を持ってしまった。だから三人で居て
も違和感がある、そして仲間はずれになった気分だった。
廻る思いは「なぜ」より「やっぱり・・・」だった。諦めを知っている私は潔
いのか、逃げているだけなのか・・・・。
泣いても化粧を直すことができて、渋滞に感謝した。
十数年の片思いはこうして、簡単にピリオドが打たれた。なんでよりによって
人恋しい秋に失恋しなければいけないのだろう。



ぎりぎりで滑り込み、タイムカードを押すとロッカールームで後輩の深山さん
に声を掛けられた。普通に接したつもりだったが、彼女には気付かれていたら
しい。
「篠塚さん、顔色が悪いですよ。風邪ですか〜?あっそれとも夕べは彼氏とお
泊りで寝不足とか〜?キャ〜」
「やめて。そんなんじゃないわ」
「だって〜、最近髪型変えましたよね。彼に刺激与えようとしてるんじゃない
ですかぁ?」
「最近って言ったってもう1ヶ月も前の話じゃない。今日は本当に体調が悪い
の・・・・」
あぁ、なんでこんな日にかぎってその話を持ち出すのか。
そりゃ、『似合うよ』なんていわれて毎回チャレンジしていたけど、今ではた
だの赤っ恥でしかない。もう二度とあんなヘアスタイルは出来ない。そっとし
ておいて欲しくて具合が悪いことにしたが、このまま早退したい気分だ。
「さぁ、深山さんお茶入れちゃいましょう」

営業部の上司や同僚にお茶を入れ、いつものお局スマイルで威嚇すると自分の
デスクにつき仕事モードに入った。さっさと忘れて仕事、仕事。もともと本気
でそうなれるなんて思ってなかったじゃない。自分に諦めさせる。そう、昔か
ら二人はお似合いだった。

社内メールが入っているのに気が付き、なにか打ち合わせの予定でもあったか
しらと考えながら開く。
げっっ、大木徹だ!!


大学卒業後、父のいる会社に就職した私は総合職で新規に立ち上げられた『海
外市場部』に配属された。父が上層部に居るので特別待遇での配属と噂され、
それが悔しくて必死になって努力をした。
私を認めてくれる人はいたが一部の中傷を受け揶揄する者がいたのも確かだ。
20代で課長に抜擢され愛社精神に拍車がかかったが世間は不況、業績を伸ば
せず悩んでいた。いつ降格、左遷の声が掛かるかと腹は決めていた、すでに他
の部署ではリストラが行われていたから。
ところが海外市場部には何の対処もない。それは私を含め部員のほとんどが良
い家柄で社長の息のかかったコネ入社だったから。
確かに皆幼少期より塾に通い英才教育を受け語学も堪能だ。とはいえ、業績は
下がる一方。
30歳を超えた私は不安になった、これでいいのかと。

去年の夏、父に内緒で人事部へ転属願いを出した。二カ月もしないうちに配属
が決まった。営業部営業一課、職種は一般職。制服を支給された。
理不尽な転属で辞表を提出させようとしていたのは分かった。これを機に結婚
でもしろと父にも言われた。それでも負けたくなかった、会社に必要とされた
かった。
でも部員は受け入れてはくれない。それはそうだ、花形部署の課長が事務職で
転属になってきて、しかも、どうせ居なくなる社員と思われているから。

でも私は必死になって仕事をした、どんな雑用も引き受けた。一年かけ、やっ
と・・・やっと皆と打ち解けたと思ったのに。海外市場部に未練があると思わ
れたくない。
大木からのメールは私にとって大迷惑だった。


大木は私の後を任され、海外市場部の課長になった。飛ぶ鳥を落とす勢いの出
世頭、だが私にはたかが2歳年下の男でしかない。

夏の終わり、展示会の準備で一時期頻繁に交流があった。
私は5年ほど付き合った男性と別れたばかりで隙があったのかもしれない。展
示会の打ち上げの帰り「よかったらこの後二人で・・・」といわれたが、はっ
きりと断った。年下なんぞ好みではない。
それから二ヶ月、誘われるたびに断っているのに、今日は社内メールで堂々と
《週末、二人で御食事いかがですか?香さん》といいやがる!!誰かに見られ
るのを承知の上でのメールだ。むかつく!!
たしかに女として誘われないよりはいい気分なのだが、いかんせんヤツは『慣
れている』。
乗ったところで、結局は浮気をされて挙句の果て怒り狂う私に『野暮なこと
を』とのたまうのが目に見えている。女として見てほしかったのは「彼」であ
りほかの誰でもない。

「馬鹿らしい・・・」と一人ごちながら《ご遠慮申し上げます》とだけ返信し
た。
用事を作りこちらのフロアに来たようだが、資料整理に没頭して気付かない振
りをする。おまえの遊びには付き合えないのだ、私は失恋の真っ只中にいるの
だから。
あぁ早く退社時間にならないか・・・月曜日は時間が過ぎるのが遅く感じられ
るけど今日は特に止まっているかのようだ。よりによって失恋した日にいやな
ヤツからアプローチを受けるなんて、神様はイジワルだ。
PCの画面が歪みそうになりあわててトイレに駆け込む。鏡の中の私はなんと頼
りない顔をしているのだろう。まずい、考えるとよけいに泣きたくなる。今は
忘れよう、うちに帰ってからゆっくり泣けばいい。そのくらい大人にはなって
いるはずだから・・・。

昼休み、深山さんとランチをとっていると携帯にメールが入った。真澄兄だ!
私が唯一素直に我儘が言える兄のような幼馴染。今は東京に行ってしまって年
に一、二度しか会えないが何時でも私を気に掛けてくれる。
《近々そっちに帰るよ。たまにはメシでも食うか?》
真澄兄に久しぶりに会える。なぜか胸がときめいてすぐに返事を送る。
《うん!!楽しみにしてる(^^)》

「あれ、先輩〜。彼からですか〜。もう、ラブラブなんだから〜」
「違うわよ、友達。それに彼とは別れたわ」
「え〜、マジですか!!じゃあ、いよいよ海市の大木課長と・・・」
「やめて!!冗談でもそんなこと言わないで!!」
「どうしてですか〜、出世頭でお金持ち、おまけにイケメンで。篠塚さんの事
あんなに好きでいてくれるのに〜。私なら即効飛び込みます!!」
「あの、ロンゲ。気持ち悪くない?わかめみたいで・・・。それに私、生理的
に受け付けないタイプなの」
「篠塚さん・・・・(拘りすぎ)・・・(だから嫁にいけないんだ)・・・」
「なんか言った?」
「いえ・・・あっ私もメールが・・・」
これだから、最近のコは・・・先輩を先輩とも思っていない。しかし、大木の
ヤツとそんな風に思われているとは。わたしのことあんなにって・・・なに?
本当に今日は最悪の日だ。やばい、またウルッときた。深山さんにばれないよ
うに空を仰いでみる。
「さぁ、午後もがんばるか」



まもなく終業時間になるという頃、営業の新井から電話が入った。
「やばいです!篠塚さん。6時訪問予定の得意先の契約書類忘れました。デス
クの上にあると思うんですけど・・・・」
「なにやってんのよっ!!今どこ?」
「○○町の国道沿いのコンビニです」
「そこ、得意先から近いの?」
「はい、5分ぐらいで着けます」
「6時アポか・・・ぎりぎり間に合うね。今から向かうから、そこに居て」
「ありがとうございます、すいません帰り際に・・・」
「文句は明日の朝に言うから覚悟しておいて」
そう言って、受話器を下ろすと部長に視線を合わせる。
「了解。反対方向に行ってもらうんだから直帰でいいよ。新井は帰ってきた
ら、しっかり締めておくから」
さすがは部長、目から鼻へ抜けるとはこのことです。ありがとうございます。
小走りにロッカーへ向かい荷物を持ち社員駐車場へ。通用口で大木に出くわし
たが軽く会釈をしてすれ違う。待ち伏せしていた感じもあるが気が付かないこ
とにした。
愛車はパールホワイトのステーションワゴン。車は何台か乗り換えたがいつも
白を選んでしまう。汚れも目立つし、手入れが大変なのだか、なぜか譲れな
い。
イグニッションキーを回すと反応のよい音が返ってくる。調子良いのね、間に
合わせて頂戴。


今日の商談は新井が一人で交渉し取引を得た大口の得意先である。思えば私が
転属したての頃は生きた人間かと疑うほどの無気力で部の厄介者だった。とこ
ろが今や営業部の要と言ってもいいくらいすっかり成長し得意先でも厚い信頼
を得ている。だからこそこんなミスで信用を落として欲しくない、まったく
「らしくない」ことをやってくれた。


「ありがとうございます。これ・・・」
缶コーヒー、まだ温かい。
「メルシ。じゃ、お疲れ様。がんばってね」
書類を渡すと新井がコンビニの駐車場から出るまで見送る。今日は新規導入機
械の契約で、これが滞りなく済むと社内年間最高売上高をたたき出す。先輩と
してぜひとも成功させてもらいたい。これがさらに彼の自信となるはずだか
ら。

運転席へ乗り込みシートへ体を預ける、間に合ってよかった。
ふと今日一日を振り返る。なにかあわただしい一日だった。でも頭を廻るのは
十数年の片思いがはっきり終わったということ。どうしてもあのシーンが頭か
ら離れない。

   雨粒の滑り落ちる窓の向こう、すれ違う、私の知らない『笑顔の横顔』

もう「彼ら」には会えない、会いたくない。でも、祝福しよう。だって十数年
来の友人だもの、二人とも大好きな友人だから。

夕暮れに信号が万華鏡のように光っている、雨が止まない所為?それとも涙の
所為?










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100万ヒット御祝いとしてmokoさまから頂きました長編です。
ご覧の通り、転生のお話です。
現代に生き、そして幸せに暮らすベルばらの登場人物に、ホッとする自分。
18世紀フランスではできなかったことを現代の日本でさせてあげたい。
それは、ベルファンの素朴な願いと言えるかもしれません。
こんなにステキにかなえてくださったmokoさまに心からお礼申し上げます。  
                                         さわらび