巡り巡りて



                   
(番外編  アラン 1 )     
 

                                      mokoさま 作


「香が言っていた。お前、営業部のエースだってな」
「フン、ただ運がよかった、それが続いているだけだ」
「相変わらず天邪鬼だな。最初は無気力だったのに、今はエース・・・おかしくないか?」
「うるせーなぁ、情報交換とやらはどうなったんだよ!!」





「あぁ〜あ、やってらんねーな、どっかいい仕事ねーかなぁ」
公園の駐車場、木陰に止めた車の中で時間潰すのも楽ではない。新井航平はエアコン全開で、やっと昼寝が出来そうだとシートを倒した。

これでも入社したときは希望に胸を膨らませていたのだが、5年も経過するとマンネリでやる気も出ない。部長から与えられた得意先をただ回るだけ。新規開拓なんて無理、営業なんてしてもムダ、この不景気の所為で話なんて聞いてもらえるわけがない。
先に出来ない理由を並べては自分の所為じゃないとごまかす。

そう、この不景気なのに『海外市場部』のやつらは経費を湯水のごとく使っていると聞く。海外出張や接待、社用車や備品まで待遇が違う。そりゃみんなエリートだし、課長に抜擢された女性は常務の娘だから上層部の見方も違うだろう。花形部署だし営業成績もよかった、今までは・・・。
政治不安や海外情勢が影響するのか、今年度は業績が伸び悩んでいるが、それは海外市場部も同じはずだ。わが社も例外ではなくリストラが行われている。営業部も早期退職でベテランが二人辞めた。
なのにやつらは今までとなんら変わらない待遇だ。女課長は一人社用車を返却したというが、課長はデスクに張り付いていればいいんだから影響はない。やっぱりやってることがお嬢様だな。
そんなことも気に入らない理由で得意先回りも一向に身が入らない。眼を閉じて何も考えないようにする、考えれば不平不満しか思いつかない。

30分だけと思ったのに日が傾きかけてあわてて車を発進させる。会社から着信はないから面倒なことはなかったようだ。真夏の夕焼けに向かい車を走らせると心の中に不安感と焦燥感が押し寄せる。
「こんなはずじゃなかった」自分の口から出た言葉に驚く(何が『こんなはず』なんだ?)

会社の駐車場に入る頃にはすっかり終業時間を回っていたので、あわててオフィスに向かった。通用口に向かうところで海外市場部の女課長とすれ違った。もう帰るのか、いい気なもんだ・・・?

「・・・申し訳ございません。もう一度だけお願い出来ませんでしょうか?そこをなんとか・・・そうですか!ありがとうございます。ではこれから・・・」

商談に向かうのか・・・がんばるねぇ。
でも、何だろうこの胸の高鳴りは。すれ違う時、きりっとした笑顔で会釈され、その瞬間心臓を射抜かれたようだった。なんで、いいとこのお嬢様ごときにうろたえなければならないんだ、確かに美人だけど俺はもっとグラマラスな女が好きなんだ。
なぜか懐かしい気持ちになり、電話のやり取りをあの人らしいと思った。なんかおかしいな俺、早く帰って寝よ。

自宅は会社から車で45分ほどの距離で、お袋と姉貴の三人暮らし。親父はとっくの昔に死んだ、今じゃ俺が遺影の親父ぐらいの歳になった。
姉貴は結婚する気がないらしくずっとお袋と生活するんだと言う。俺が結婚したら出て行けと言われている、一応世帯主は俺なのにだ。口にはしないが男に裏切られたことがあるらしい。そんな男のために結婚をしないと決めた姉貴がかなしい。
とびきりとまではいかないが美人だし、愛想もいい。見合いの話はいくらでもあるのに会う前から断ってしまう。姉貴には今度こそ幸せになってもらいたいのに、ん?『今度こそ』?・・・。
湯船に頭までつかり、ぶぁっと飛び出すと左右に頭を振る。やっぱりおかしい、頭にはあの女課長の顔ばかり浮かぶ。凛とした表情から零れる柔和な笑顔、白のステーションワゴンに乗込む姿、今まであったどんな女より魅力的に見えた。
風呂上りにベランダで缶ビールを喉に流し込んで考える、『なんか最近変だ・・・なにが変だ?』。


10月1日は人事異動で本社ビル全体があわただしい。部署の異動、本支店間の転勤、俺もいつ飛ばされるかわからないがその時は辞めてやる、東京ではないが首都圏から出る気はしない。
営業一課では、深山だけでは事務が間に合わないので、もう一人補充を希望していた。今年の春は新卒を取らなかったので来年まで営業がフォローするのかとわずらわしく思っていたところ配属があると言われた。どんな女が来るのか、好みのタイプなら少しは仕事にやる気が出るんだが・・・。

「紹介しよう、篠塚 香君だ。今日から深山さんと一緒に一課の事務全般を担当してもらう。みんな、よろしく頼む」

しらっと部長が紹介するがみんな眼が点だ。それもそのはず、つい昨日まで海外市場部の、そう有名な『常務の娘の女課長』。部内の誰もが驚きと同時に呆れた。だってどうせすぐに居なくなるか、ろくな仕事が出来ないかのどちらかだ。
花形部署の課長だったのだ、プライドが許すはずがない。体のいいリストラか、なにかやらかして左遷か。常務の手前辞めろと言えず自分から辞めるように仕向けたのだろう。
そうでなければ、お飾りで置いてきたが歳が来たので邪魔になってこちらに回したか。いずれにしても厄介者が来たことには変わりないと誰もが思った。事務の深山は同期だが初めて同情して話しかけた『大変だな』って。

出掛けてしまえば交流もないと思い、朝礼が終わるとさっさと出掛けた。行く当てのない車の中で夏の日の赤いスーツを着たあの人の笑顔を思い出した。ユニフォームを着た姿はその時より幼く見えた。
あんなに努力してたのに左遷か・・・俺も人事じゃないな。
案外冷静な顔でお茶を出していた。一人一人名前を呼んで「どうぞ」と・・・なんか、鬱陶しい。仕事内容を深山と課長に説明を受けていた。二人とも無駄なのに、どうせ辞めちゃうぜ!!

月初には必ず会議があるので、その日の午後は嫌でもオフィスに缶詰だ。当期の達成率と開拓状況を報告しなければならない、こんなこと机上の空論だ。あくまでも、会議のための『数字』。
会議資料を配られてびっくりした。今までと書式が違う、細かく数字も分析されてどこが弱いかがはっきり分かる。深山が作った、ただ数字だけを並べた資料から比べると雲泥の差だ。
でも、指摘された営業はたまったもんじゃない。部長が指示したのかと思ったら、どうも『新入り』が作ったらしい。確かに立派な資料かも知れないけどそれで成績が上がるならとっくの昔に出来ている。

会議室はいつもより空気が重い。前期、思うように売上が伸びず部長はみんなに檄を飛ばす。続いて部長に促され、『元』女課長が資料の説明を始める。
「資料1ページ目、対前年比が・・・。・・・さんの担当されている得意先は全体的に消耗品の受注が少ないように見えます。せっかくラインを導入していただいたのですから、細かなフォローがあれば消耗品もこちらに入れてもらえるのではないでしょうか・・・新井さんの得意先は潜在需要がまだあるように思えます。最後に導入したのが○○年○月ですから・・・」
ずいぶん会議に口出ししやがる、部長も目を閉じて頷くばかり。
面白くないのは俺ばかりじゃなさそうだ・・・いっそのこと会議を潰してやるか!
休憩時間に喫煙所で声を掛け、乗るやつだけで会社から抜け出した。戻ったときの事など考えてはいない。処分したければすればいい。そうしたら何が気に入らないか言ってやる。

戻った時に部長から「営業へ出るなら声を掛けていけ」と言われただけで特に変わった雰囲気はなかった。あの女は会議が再会しても戻らない俺たちに議事録を用意していた。各々にアドバイスつきで・・・。
あの女、自分がエリートだからって口出し過ぎる。あいつはあくまで事務員だ、深山みたいに大人しくしていれば良い。使えないならまだしも口出しはやめてもらいたい、早く辞表を提出させてやる。

事務の仕事なんて、毎日ルーティンワークだ。お茶を入れて電話応対をして、書類の整理をして・・・。
それだけやっていれば良いものを、あの女は細かな雑用まで引き受ける。俺たちが嫌がらせで頼んだものも機転を利かせて処理してしまう。
気が付いたら山になっていた商品資料は規格ごとに整理され書棚に収まった。見積もりも得意先資料もすべてきれいにファイリングされ誰もが使いやすく仕事が捗る。
深山は篠塚さんに仕事の段取りのつけ方を教わり、代わりに深山にしか分からない得意先や営業部員の特徴や癖を聞く。事務員は二人必要ないくらい伝票処理はスムーズになった。
一ヶ月もたつと深山はすっかり篠塚さんに懐き、一課の半数は彼女を慕うようになった。それが俺は面白くない、この間も調子に乗って俺に助言しようとしたので聞こえない振りをして出かけてきた。
思い出しても腹が立つ、あいつにか・・・俺自身にか・・・。



冬の入り口が見える頃、一課の売上は伸び始めた。対前年比割れは当たり前だった前期とは大違いだ。
これも篠塚さんのお蔭だと称える、俺一人を除いて。
ただ、俺は今そんなことにかまっている場合ではない、今朝から酷く頭痛がしている。俺の様子に気付いた部長が病院に送ってくれた。それからは・・・。


顔が見えないが親父の膝に抱かれている、懐かしい匂い。姉貴がずいぶん小さい・・・俺を「おにいたま」と呼ぶ。お袋、そんな格好じゃ掃除も出来ないぜ・・・。
あぁ、親父の葬式か、なんかずいぶん洋式だな。俺まで、まるでフランス人みてーだ・・・フランス?・・・。

「フ・・・ランス・・・ばんざ・・い」

死ぬな、死なないでくれ。俺の生きる道を教えてくれたのに何で逝っちまうんだ!!アンドレ連れて行くな頼むから・・・なぁアンドレ・・・。


高熱のため、二晩意識がなかったそうだ。寝覚めた時、目の前には守りきれなかった妹と楽をさせてやれず送ってしまったお袋がいた。どうも俺達は生まれ変わったらしい、妹は先に逝った所為か今度は姉貴となっていた。
三人で話をするうち、姉貴は生まれ変わったとは知らないようだと気付いた。姉貴が仕事に行った後、お袋が教えてくれた。現世にも同じ様な辛いことがあり、前世を思い出させるのは酷だと黙ってきたのだという。

入院も5日目を過ぎ、もう熱は下がったのだが頭が混乱して困る。「アンドレ」と夢の中で呼んだが一体誰だ?思い出そうとすると霧がかかったように記憶が霞む。しかしふとした瞬間にその当時だろうと思われる記憶が浮かび上がり受け止めるのに苦労する。
そんな中、営業一課を代表して部長と深山と篠塚さんが見舞に来てくれた。ドアから花束を持って現れた、気に入らないはずの人に釘づけになり言葉が漏れてしまった。
「た・・・隊長?」

「はっ?なに言ってるんだ新井?まだ熱があるのか?」
ダグー大佐が肩を掴んで俺の耳元で囁く。
「覚醒したかアラン、隊長はまだのご様子だ。後で一人で来るからそれまで頑張ってくれ」
とたんに激しい眩暈に襲われ頭を抱え込んでしまった。深山と篠塚さんが動揺している。
「看護師さんを呼んだほうがいいか?二人とも新井を休ませてやろう、もう少ししたらまたくればいい。じゃあ新井、お大事に・・・」
部長に促され、心配そうに二人は病室から出て行った。
激しい眩暈の中、俺はあの時代の記憶を子供のころからなぞって行った。幸福な子供時代、貧しい青年時代。革命に生き、革命に死ぬ。20代共に過ごした仲間の顔、生きる意味を教えてくれた麗人。心から人を愛することを身をもって教えてくれた親友。
あぁ、隊長。もう一度あなたと同じ時代に生まれ変われてよかった。今も愛しています。

夕方、部長が病室に顔を出してくれた。部長も俺や篠塚さんが営業一課に来たことを驚き、運命だと思ったという。部長は篠塚さんを使うなんてと思ったが現世の立場上仕方なく指示をした。
驚くべき統率力と炯眼。お陰で改善点がはっきりし、行き詰っていた業績も伸びを見せることが出来た。皆が篠塚さんを慕うようになって営業部全体の纏まりが出来、かつ良い競争心が育ってきたのだと言う。
俺は覚醒しない限り真面目に仕事に取り組むとは思えず、それを待っていたという。待ってくれた人のお陰で俺は自分を思い出せた、そして自分のしてきたことが、今度も子ども過ぎて恥ずかしかった。

気になることは「アンドレ」だ、どこにいやがる。まさか転生してないってことはないよな・・・。あり得ない、あそこまで隊長を思い、自分のすべてを投げ出し守ってきたのに、隊長一人転生させることはしないだろう。

お袋は心配したが無性に仕事がしたくなって、退院した翌日から出勤した。みんなに鬼の霍乱だと言われ、頭や背中を叩かれ『お帰り』と喜んでもらった。
最後に心配を掛けた分、売上を伸ばせと部長に言われた。よく見ればデスクには休んでいる間の雑務がすでに済まされ、次の仕事に取り掛かれるようになっていた。
「新井さん、心配しましたよ。でも良くなって本当に良かった。篠塚さん、ずっと新井さんの得意先のフォローしてくれたんですよ。私やほかの営業さんも手伝いましたけど、なんだか新井さんの入院で一課に連帯感が生まれたみたいです」
「そうか・・・。ありがとう、深山」
初めてありがとうって言われたとつぶやく深山を置いて、篠塚さんに向かう。
「あの・・・。ありがとうございました。あの・・・えっと」
「新井君、退院おめでとう。お得意先がお待ちかねよ、早く訪問してらっしゃい」
「はいっ、行って来ます。あの、もう子供じゃないので君付けはやめてください・・・」
「そうね。じゃあ『新井』、行ってらっしゃい」
入社したてのような、清々しい気持ちで出かけた。あの人が見守ってくれる、覚醒しなくても俺を支えてくれる。その日以来、俺は仕事に夢中になった。



年始のあいさつ回りで俺を可愛がってくれる得意先から、行ってみろと大口を一件紹介された。そこは以前の会議で篠塚さんが新規開拓リストに載せていた会社だ。部長も同行するからと言われていたが、既存の得意先との信頼関係を作るのに躍起になり忘れていた。
オフィスに戻ると真っ先に部長に報告し、アポイントを取るため紹介された常務宛に電話を入れる。その間に篠塚さんと深山で資料を用意してくれる。
午後3時以降ならというので早速訪問することとなり、新商品から消耗品まで網羅したカタログブックを用意したら部長に止められた。
「焦るな、顔合わせだけ出来れば良い。決定権は常務にあっても、窓口は購買課になっているかもしれない。まずはお前を売らなきゃ始まらんだろう」
篠塚さんが用意してくれたのは会社案内のパンフレットと過去の導入実績やメンテナンス、ランニングコストについて調べられた資料、そして新しい俺の名刺。
「今使っている名刺、市町村合併前のだったでしょ。どれだけサボっていたか分かるわよ、汚い字で直してあるだけだし。思い切って捨てて新たな気持ちで頑張りなさい」
絶対落とせない、そんな気持ちで営業に向かった。

部長のお蔭で先方の常務とは穏やかな面談だった。早速購買担当者に引き合わせてもらい、現場の概要と使用品目を聞き見積もりを提出することとなった。とりあえず口座さえ開けばアプローチが出来る、大型機械の導入は新年度になってからだって良い。
オフィスに戻ると篠塚さんが待っていてくれた。部長と俺にお茶を入れてくれ、手伝うことはないかと聞いてくれる。前世とはまったく逆だが、一緒に仕事が出来て本当にうれしい。ちょっと頼んでも良いかなと思ったら部長が帰るよう促す。ちぇっ、いいじゃねーかよ。

ダグー大佐は転生しても隊長には敬意を払うべきだという。分かってるがあの人はまだ覚醒していないし、仕事を欲している。与えてやるのが敬意を払うことになるんじゃないか?
「まだ、転属して3ヶ月ほどだ。かなり無理をしているんじゃないだろうか?ジャルジェ准将でもあるが今は常務のお嬢様でもある。もし体調を崩されでもしたら大変だ」
「大佐は常務に会ったことはあるんですか?ジャルジェ将軍なんでしょうか?」
「常務は我々とは関係のない方だ。・・・大佐はやめてくれ、今は部長だ」
「そうでした・・・。部長、アンドレを見かけませんか?あいつなら隊長のそばを離れるわけはないと思うのですが、気配を感じないんです」
「そうか、アランもか。アンドレのいないジャルジェ准将は危ういな・・・。無理をしすぎる」
あの人が間違いなく、オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェある限りアンドレ・グランディエは不可欠なのだ。そうでなければ俺の一生分の片思いが報われない。
どこにいるんだ、アンドレ。



















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