…
(9)
mokoさま 作
「アンドレから電話がありましたから」
会社の通用口でアランに出くわして目を丸くしていたら、右手を上げ、それだけ言うとさっさと営業に出てしまった。でも喜んでくれているのが分かる。すまなかったな、去年の秋は隙をみせて。
連休明けの給湯室はお土産のお菓子であふれかえっている。
私は本当に大切な旅行だったから一緒にされたくなくて、一人ずつ買ってきた。
手渡ししていたらダグー大佐の顔があって驚いた。彼はいつものトーンで「ありがとう」と言っただけだった。
彼の人柄は転生してもちっとも変わらない。衛兵隊でもこのくらいの地位に着いていてもおかしくは無かった、なんとも理不尽な時代だったと思う。大佐と私が覚醒していたら彼がやり辛いと思い、そこには触れなかった。来月退職する、確認するのはそれからだって遅くない。
深山さんがどうやら関係のない人だったらしく仕事は動揺せずいつもどおり。時々アランが帰ってくるとなんだか落ち着かなかったけど。
帰り際に社員駐車場で見慣れたわかめ頭を見て寒気がした。隠れようとした時彼の横顔をみて、話せば分かる相手だと気がついた。
「ビクトール・クレマン・ド・ジェローデル・・・」
毛嫌いして悪かったと思った。すまない、いつまでも部下以外には考えられないのだ。
これだけ社内に転生した人がいると、他にもいるはずだと思わされる。会ってみたい、私が死んだあとの事を聞いてみたい。歴史に残らなかった部分を。
自分の生きた時代がどのように表現されているのか興味があり、さまざまな資料でフランス史を調べた。否定したいところもあるが、史実を伝えたものの勝ちだと思い目を瞑る事にした。では、伝えられなかった部分は・・・?
自分が先に逝ってしまったからと、アンドレは話してくれない。アランも『社内では止めてください』と鼻にもかけてくれない。父上も母上も思い出したくないの一点張りだ。知りたいことがあるのに、知っていそうなのに教えてもらえないのは苦痛以外の何物でもない。悔しくてさりげなく森家から距離を置いていた。
退職の日深山さんは泣きながら私に花束をくれた。皆、心から私の結婚を祝ってくれ、退職を惜しんでくれた。転属の時はこんな日が来ると思わなかった。努力が報われた、諦めなくてよかった。
最後にダグー大佐が《結婚しても続けてくれると思っていた、娘を嫁に出すようだ》と眼を真っ赤にして握手してくれた。此処で働けてよかった、心からそう思った。
アランと言えばずっとふてくされた顔で窓の外を見たまま・・・本当に全く変わらないヤツだ。
私の送別会は海外市場部の生き残りも現れた。前年度末の社長交代劇で部は解散、残るものは左遷扱いであった。
ジェローデルも例外ではなく、今は営業3課にいる。少ない金額だが顧客と近いのでやりがいがあると話していた。
もちろんとっくの昔に覚醒していて私をオスカルとして見ていたという。すまない、今回もお前の気持ちには答えられないと伝えると『これが宿命です』と答えた。
頼んでもいないのに二次会の店の前にアンドレが迎えに来ていた。店の前まで皆が送ってくれ、ジェローデルが『お幸せに』と耳元で囁いた。それを見たアランとアンドレは彼へ同時に掴みかかりそうになり、結局二人で一戦交えていた。
帰りの車の中『来週末、東京に行くぞ』と言われ、GWの旅行で約束していたから嫌と言えず窓の外をみたまま『うん』と返事をした。
やっぱりアンドレの温かさは心地よく、結局家まで眠ってしまった。車の振動が止まり起こされるかと思ったら、そっと口づけをして私の部屋まで運んでくれた。
一階で両親とアンドレの話し声が聞こえるけど、眠気に勝てず夢の中へ旅立った。
「なんで、アランが一緒なのだ?」
「すみませんね、お邪魔して。宿泊は別だそうですから勘弁してください」
「これから会う人は誰だか分かっているか?オスカル」
「お前の現世での親友だろ?ほかに会う予定があるのか?」
「考えてもみろ。アランがお前の傍にいたんだ。俺の傍にだって誰かいそうだろ。そいつらに会いにいくんだ」
「まあ、たしかにこれだけ揃っていて足りないと思うほうが普通だな」
なるべくアランとオスカルの距離を離したくてうちのミニバンを出した。アランに運転をさせ、助手席に座る俺の後ろがオスカル、これなら触れることは出来まい。
「おい、このナビ信じていいのか」
ナビは大丈夫さ。それよりアラン、お前だ。幸せになれと言ってはくれたが、いまいち信用できない。
川沿いの公園に面した道路を登っていくと間もなく土手に出る。夕日に照らされた川が覚醒当時を思い出させる。オスカルが傍にいたのに愛を囁き合えない、それどころか他の男のものだった。辛くて土手の遊歩道をぼんやり歩いた。前世、他の男のものになるならと思い詰め、あんな行動をした俺が待てた。それは覚醒の日を信じたから、あの二人の誓いを信じていたから。
そしてこれから会う二人に支えてもらえたから。
「オ・・・オ・・・オ・・・」
「転生しても泣き虫は変わらないね、ん?」
「オスカル様!オスカル様!オスカル様!!お会いしたかった、何一つお変わりない・・・。あぁよかった、オスカル様」
「オスカル・フランソワ、待っていたぞ」
「ベルナール、挨拶の前にロザリーを何とかしないとこちら側から土手が決壊してしまうぞ」
「ははは、大げさな。さぁ、ロザリーそんなに泣いたらお腹に障るよ。みんなをリビングに案内しよう、お茶を入れてくれ」
「は・・い・・・。もうすこしオスカル様の胸に抱かれていたかったわ・・・」
これだから・・・とベルナールはつぶやきながら俺たちを部屋へ招き入れてくれた。
お茶を飲んで落ち着くと、オスカルは待ちかねたとばかりロザリーに話しかける。
「ロザリーはおめでただったのか?早く言ってくれれば祝いを持ってきたのに。まったくアンドレと来たらこんなに秘密主義だとは思わなかった。まったく」
ジロリと俺を睨んでまだ何か言いたげだったが思い直したようにロザリーに向かいなおした。
「ロザリー、私たちはあの後どうなったんだ?アンドレも両親も知っているくせに教えてくれない。なにかあるのか?」
「いいえ、何もありませんわオスカル様。ただオスカル様には直接お話したいとアンドレにお願いしただけです。ほかの方の感情を混ぜていただきたくなかったのです。だって最期の声を聞いたのは私なんですもの・・・」
「本当にそれだけか?」
「オスカル、黙っていてごめん。俺達はロザリーの気持ちに答えてやりたかったんだ。あれほど慕ったオスカルの最期を、残酷にもロザリーが看取ったんだからな」
ロザリーの思いがオスカルの琴線に触れたのだろう。震えだす肩をそっと抱き寄せ、耳元に話しかける。
「旦那様達がお話にならないのは、本当に思い出したくないのだよ。自分の子供の最期を語りたい親なんているもんか」
「・・・」
「うぉっほん。あぁ〜あ、やってらんねーな。いちゃつきやがって、お暑いのは俺のいない所でやってくれ。ロザリー腹減った、メシ食いながら話そうじゃねーか」
アランらしい方法で湿っぽくなった空気を一掃してくれたけどオスカルの鋭い視線が注がれているのは気が付かなかったらしい。
「そっ、そうね。そうしましょう。ベルナール手伝って頂戴」
ロザリーが手の込んだ料理を作ってくれた。テーブルの上に並んだ料理を味わうと心を込めて作ってくれたのがわかる。この味にベルナールはイチコロで、俺は励まされたのだった。アランは相変わらずで無言のままむしゃむしゃと食べている。前世もうまいのか不味いのか、一言も聞けなかったとロザリーはぼやいていた。
キッチンでいまどきの女性らしい会話をしていたオスカルとロザリーは、片付けを済ませるとリビングに戻り改めて向き合った。
「それで、私たちの亡骸はどうなったんだ?父上達はあの後どうされたんだ」
「覚えていらっしゃいますか?私にお二人は夫婦になられたと仰ったこと」
「そっ、そうだったか?」
オスカルは忘れた振りをするが、顔が赤くなっていくからおかしくて俺は噴出した。真っ赤なまま俺を睨みつけるオスカルがすごく愛しい、だって俺たちは夫婦だと自分から宣言してくれたんだ。
「えぇ・・・ですからアンドレの安置された教会へ運び、まずお二人の結婚式をいたしました。司祭様はお二人を見てすべてを悟って下さり、なにも聞かず引き受けてくださいました。異例中の異例ですから扉を硬く閉ざし参列者はこの三人だけ。外の喧騒はまだ治まっておりませんでしたからオスカル様にブーケを差し上げるのが精一杯でした」
そこまで話すとロザリーは一滴涙をこぼした。
それでも話すのが自分の役目とばかりに頭を振り、遠くを見つめ、話を続ける。
「その深夜、アランと残った衛兵隊の皆さんに手伝っていただいて二人をお屋敷近くの森まで運びました。もうすでに狙われておりましたから、ベルナールは目くらましのためパリの街頭で違う情報を流しに奔走していました」
「なぜあの森なのだ?」
「まぁ、オスカル様。ジャルジェ家でお世話になっているときお話下さいましたわ、あの森の晩秋は素晴らしいと。アンドレとよく遠乗り行くのだ、私のお気に入りの場所だと。アンドレと私たち三人の秘密の場所だと、それは嬉しそうに。あの頃のお二人のように離れずいつまでも仲良くいていただこうと・・・。
埋葬場所の理由を告げたら皆納得してくれました。ラサールが『練兵場へ向かって歩く二人を思い出す』って泣き出しまして。『本当に似合いの二人だった、仲良く歩いてた』って。そうしたらアランが・・・」
「おい、そんなに泣くな・・・俺の所為か?ラサールがいいこと言うって皆泣き出しただけじゃねーか」
「アランなんか星空を見上げて皆に『ばかやろう、早く出ないと・・・』って泣いてたくせに」
バスティーユが落ちた日から元衛兵隊は英雄扱いされていた。その中でもオスカルは命をかけ寝返った貴族であり、英雄であった。市民側、王党派側からもその遺体は狙われた。だから、こっそり出発したのだそうだ。
「どのくらい掛かったか、皆真っ黒になって墓穴を掘り、傍にあった水路の脇に咲く可憐な花でお二人をいっぱいにして・・・。墓標は立てませんでした、やっと二人きりになれたんですもの。邪魔されたくないと思いまして。それにどんな輩がお二人の墓を荒らすやも知れません、わざわざ目印をつける必要はありませんから」
「その場所は今でも行けるのだろうか・・・」
「分かりません、私たちもそれ以降一度も参りませんでした」
「そうか・・・私たちの魂の入れ物は土に返れた・・・そうだな・・・」
「その足で私一人、ジャルジェ家に伺いました。すでに皆様にお二人の戦死の連絡は入っておりました。
お会いした旦那様は憔悴しきった顔で私に関係ないと仰いまして・・・・
『あれはもうジャルジェ家の人間ではない、死んだところでなんとも思わん』
『では、私の独り言でございます。お二人は司祭様に婚姻の秘跡を授かり、そちらの森に仲良くお眠りでいらっしゃいます。』
私が指差した方角をちらりと見られた旦那様の目に光るものを見つけ、伺ってよかった、お話してよかったと思いました。
そのあと奥様付きの侍女の方に案内され・・・ばあやさんの・・・亡骸と対面いたしました。お二人の謀反を聞いた後から、奥様はばあやさんの傍を離れなかったそうです。
戦死を聞いてどれほどお嘆きになったか、ばあやさんは眠るように逝かれたそうです。奥様に埋葬場所をお教えして、お二人がご夫婦になられたとお話したら、少女のように微笑まれて・・・。私の知っているお二人をお聞きになりたいと・・・。
半日ほど奥様とお話をしてジャルジェ家を後にしました。帰り際、旦那様が「あれも肺の病で永くない」と教えてくださいました」
「なんと・・・。私の病がうつっていたとは・・・」
「必ずしもお前の病がうつったとは限らないだろ、なあロザリー?」
「その通りです、奥様付きの侍女の方はずっと黙っているよう奥様に言われたそうです。半年以上患われていたと仰っておりました。もちろん旦那様はずっと気付いていらしたそうです。オスカル様のご病気も・・・お気づきでした。アンドレの眼のことも。
旦那様はすべて承知の上でお二人を送り出されたのです。『運命には逆らえない』と・・・」
ロザリーは耐えられないとばかりにベルナールの胸に顔を寄せて泣き出した。オスカルもまた俺に凭れかかり泣いていた。アランは膝の上の握り拳を見つめ自分の足を殴っていた。
我々だけじゃない、旦那様も奥様も、おばあちゃんも使用人たちも、みんな戦っていた。革命という大きな化け物の前では無力であったかもしれないが、みな己の信念に正直に生きた。悲しい、でも懸命に生きた時代だった。
「その後父上と母上は?かなり危険な立場にいたのではないか?
王党派からは裏切り者を出した家、市民側からは略奪の対象の貴族。どちらにしても命の危険があったはずだ」
「その後一度だけお屋敷に伺いましたが、大切な方たちをいっぺんに亡くされたジャルジェ家は廃墟のように暗く、重く静まり返っていました。使用人も、執事さんと古株の侍女の方が二人だけとなっておりました。
旦那様は将軍職を解かれましたがそれ以上のお咎めはなかったそうです。領地へ下がろうにもどうなっているか・・・。革命は徐々に地方へ飛び火しておりましたので奥様を連れては難しかったかもしれません。
しかたなく亡命したお嬢様のところへ療養に出そうと旦那様は説得しましたが、がんとして奥様はお屋敷を離れません。『旦那様のいる場所こそ私の生きる場所』と仰ったそうです。
お窶れになった奥様はベッドの上で私の手を取り微笑まれるのが精一杯でした。
その日、旦那様から二度とここへ来てはならぬと告げられました。ベルナールの立場を考えて仰ってくださったのだと思います。その日が・・・奥様にお会いした最後でした」
「は・・母上はいつ天に召された」
「分かりません、ただその後旦那様にはお目にかかることが出来ました。フランス史でも有名なあの『コンシェルジュリー牢獄』で」
「アントワネット様のいらしたあのコンシェルジュリーか!!おいたわしい、あんなところに送られ最期を迎えられたとは・・・もしかして最期の世話をしていた女中とロザリーは同じ人物だったのか?」
「初めてお会いしたときに聖母のような微笑を私に投げかけてくださったアントワネット様を少しでもお慰めしようとベルナールに頼んで世話係となりました。日記があのように世に出るとは思いませんでしたが・・・。
あの日、旦那様はコンシェルジュリーにいた私のところへいらっしゃいました。一目でいいアントワネット様にお会いしたいと仰って・・・分かっておりました、逃亡計画だと。私はベルナールの妻です、王党派の手助けをするなんて考えもしませんでした。でもあのアントワネット様の微笑み、美しく聡明な人柄に触れてしまった私は、ただ旦那様の背中を送ることしか出来ませんでした。
ですが、数分後旦那様はお供の方と二人だけでお戻りになりました。あんなに寂しそうなお顔を拝見したのは初めてだったと思います。
『ロザリー、すまなかったね無理を言って。どうも私の知っている女性たちは皆頑固というか・・・梃子でも動かないのだよ。どうか最期まで心をこめてお世話して差し上げてくれ・・・』
『旦那様、お疲れのようです。旦那様に何かあったら奥様はますますお寂しくなります、どうかご自愛ください』
『もういいのだよ、あれは昨年オスカルのところへ送った。私に残されたのは最後の一人となろうとも王党派として生き抜くことだ。それもまた、難しくなったがな』
私とベルナールが知ることが出来たのはここまででした。こんなことしかお話できなくて申し訳ありません。本当はジャルジェ家のことはお話しするべきではないと思っていました。でも、お会いして気持ちが変わりました。まっすぐなそのまなざしに黙っていることは出来ません。お辛いことばかりお話して申し訳ありませんでした。
でも、忘れないでください、今お話したことは過去、すべて前世の話しです」
ホテルの部屋へ入ると放心状態だったオスカルはベッドへ飛び込み泣き出した。
なにも話しかけることが出来ない。隣のベッドに腰掛け、見守るしかない。だけどオスカル、今君は『篠塚香』なんだよ。
そのまま眠りに着いたオスカルをベッドの中に入れ、シャワーに入ろうとした。
「いかないで、もう少し側に・・・。明日は平気だから、前世を思って泣くのは今夜だけだから・・・もう少しそばに居て」
俺の心を見透かすようなオスカルの言葉。シャワーは明日の朝、一緒に入ればいい。俺の胸に縋って泣くオスカルを抱きしめてシングルベッドに二人で寝よう。
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