…
(8)
mokoさま 作
「不思議なものね、男言葉が混ざってしまう。どうにかならないか?」
「そんなものどっちだっていいさ。お前はお前だよ。俺の愛しい妻だ」
「お前はどっちがいいのだ?香とオスカルと」
「両方!!だって一つの魂じゃないか。もし来世があったら今度は三人とも。
そう言うお前はどちらか一人しか愛していないのか?」
「そんなことはない!!真澄兄もア、アンドレも愛しているわ・・・私は恥ずかしげもなくこういう言葉が言えるようになったのだな」
耳まで赤くなったのを隠すように俺の胸に顔を押し付ける香。愛しくて抱きしめる腕に力が入る。
「あと2ヶ月で結婚式だな・・・。帰ったら住まいも決めないと、そうだ車も。忙しくなるぞ。
それからお前が退職したら東京へ一度行かないか?親友にも会わせたい」
「うん、にぃが過ごした街も見てみたいし。親友か・・・私の親友達にも会ってくれるか?今なら素直に『彼ら』へ祝いの言葉を伝えられる、お前が傍に居るから」
「もちろん。・・・そうだ、これから毎年GWにはここに来るか?初心に戻れるし・・・」
ベッドに腰掛け、抱きしめたままの香と他愛もない話をする。安堵感が部屋中に広がって・・・
「きゅっきゅるるぅ〜」「・・・」「・・・」
空腹を訴える音がした。そうだ昨日は食事どころではなかった。安心したとたん俺たちは空腹を思い出した。
天気はよさそうだが香がまだ心配なのでルームサービスを取ることにした。
朝食をとりながら香に俺たちの転生のあらましを説明した。
姿かたちが全く違うので(それはそうだ、フランス人と日本人なんだから)気付かないが、覚醒した人物からみると誰が転生しているかが分かる。だから会ってみないと確証は得られない。
男女に覚醒の仕方に違いがあること、いつ覚醒するかは分からないこと。
転生しているかどうかを探すことは必ずしも出来る訳ではない。
転生やその後の人間関係は神のみぞ知るところらしい。自然と魂が呼び合うことを待つだけだ。
誰が転生しているかは、会えば分かるので細かく話さなかった。ただ俺の両親が「ジャルジェ伯爵夫妻」であり覚醒していることは伝えた。
いずれ、義理とはいえ親子になるのだし、オスカルに心の準備をさせてやりたかった。
きっと会うのには勇気が要るだろうから。大丈夫、俺がついている、それに現世は子供の頃からかわいがってもらった森家の小父さんだ。
香がシャワーを使っている間、俺の両親に電話をした。受話器の向こうから母の嗚咽が漏れてきた。
私は覚醒した。昨日と同じ場所なのにすべてが輝いて見える。
すべてのつじつまが合い、今までの不安はすっかり消え去った。愛しい人の腕の中で未来を思い描くことが出来る幸せを噛み締めている。
まだ感情が混乱することがあるが体調はすこぶる良い。心配性のにぃはもう大丈夫だというのに有無を言わさず抱き上げ、窓際のテーブルへ連れて行く。
ルームサービスのお粥を、離乳食を与えるように口に運ぶものだから、可笑しくて噴出してしまった。危うくにぃの顔がおかゆだらけになるところだった。
過保護すぎるわと思いながら前世の子供時代、大嫌いな苦い薬を一生懸命励まし、ごまかし、飲ませているアンドレを思い出した。
このように思いが廻っても、もう頭痛も眩暈も起こらない。
本当に・・・オスカルには私まで手を焼いた。
「落ち着いているみたいだな。今日はドライブウェイでも行ってみるか?」
「うん、体中が入れ替わったみたいだ。私も運転したい」
朝食を済ませ、身支度に取り掛かる。シャワーを先にと言われ急に恥ずかしくなった。
前世は夫婦になったが、今私たちは・・・その・・まだ、だった。
前世を知らなかった私は、ただただ私を大切にしてくれているのだろうと思っていた。
幼馴染から恋人、婚約者へ急激に関係が変わり、うれしい反面動揺していた。それに夢のこと。それを汲みとってのにぃの愛情だと思っていた。
ここのところにぃの仕事が忙しく、二人きりでゆっくり過ごすのは久しぶりだ。もしかしたら・・・今夜・・・。
ここでもまた待たせてしまったと思うと、恥ずかしさに混じり罪の意識まで感じてしまう。だってもう私は純白ではないから。
えっ・・・もしかしてそのことをアンドレは怒っているのか?
ドライブウウェイを走る私の車はまるで翼を広げたペガサスのように山道を駆け上がる。
山の頂に到着すると、かすかにタイヤの焦げた臭い。ちょっと無理させたかな・・・。
「馬と同じで、自分で操るほうが好きなんだな、お前は」
「そう?馬車は好きだったけど?本部と屋敷の往復もアンドレが御するのも。
そうね、どっちもアンドレが居るからいい子で乗っていたのかも」
「じゃあ、俺の助手席もいい子で乗っていてくれるか?」
「なに?私の運転怖い?」
「いや、ぎりぎりのところで必ず無理をしない選択をしているのは分かるよ。でも、車がかわいそうかなってね。帰りもロングドライブに耐えてもらうから」
「けっこうメンテナンスはしてるつもりだけど・・・」
「だめだ。さっきエンジンルームを見たけど、ひどいもんだったぞ。オイル交換してりゃいいってもんじゃないんだからな。帰ったらピットに入れよう」
そう言って結局にぃは自分の仕事を増やしていた。何をするでも、実行は私、準備と後始末は彼の仕事。結局どこまで行ってもこの関係は変わらないらしい。
そしてそれを受け入れた私の心は晴れ晴れとしていた。
大きく伸びをして深呼吸をする。見上げた空は快晴、反対に私たちを吸い込みそのまま彼方へ連れて行ってしまいそうだった。それもいい、にぃと一緒だったらどこへでも行ける。
「生まれ変わった・・・」
不思議な感覚が私を包む。生まれてからずっと私はオスカル・フランソワの魂を持っていた。なのになぜそれを思い出さなかったのか。
考えてみればそこかしこに断片がある。
初めてにぃに会った7歳の私は小さな殻の中でもがいていた。
父の海外赴任に伴って物心つく前から海外で生活をしていたから、日本での生活は本当に不安だった。
友達もいないし習慣も違うので戸惑うことばかりだった。そんな私をにぃは優しく導いてくれた。
にぃの手を握っていれば怖いものなんてなかった。
先に高校生になったにぃは男子校に入ってしまい後を追うことが出来なくなった。合格発表の日、真澄兄におめでとうの代わりに「バカッ」と叫んでしまった。
ちょっと悲しそうなにぃの笑顔を覚えている。一年後近くの女子高に入り一緒に電車通学を出来ることが嬉しかった。
大学に入るころには男女の意識が強くなり離れることも仕方ないと感じた。さみしかったけどそれ以上に社会への希望があったから。
そして、青春に翻弄されて遠回りをする羽目に。考えれば考えるほど、腹が立ってきた。
まったく、私ときたら本当に呑気で鈍感だ。
「そろそろホテルに帰るか?今夜のパーティに顔だけでも出してくれって言われてる。ドレスコード有りだけど、用意してきたよな?」
「うん」
「よし、じゃあどうぞ」
にぃが助手席のドアをあけてくれる。アンドレが馬車へエスコートしてくれる様子にそっくり。・・・当り前か同じ人物なのだから。
前世と違い、香は一人で器用に髪を結いあげイブニングドレスに身を包んでいた。さすがに気がひけたので着替えの時は別々の部屋にいたから、香を見た時は思わず息をのんでしまった。
「あんまりじろじろ見ないで・・・」
黒のシルキーサテンの光沢が色の白さをさらにまぶしくさせ、ベアトップが華奢な香の肩を一層女性らしく見せる。タイトでシンプルなデザインが逆に香の素晴らしいプロポーションを際立たせ、少し心配になる。
「きれいだよ。素晴らしくきれいだ」
そっと抱き寄せたがそれ以上求めてしまいそうで、あわてて体を離し香の手を取った。
「では、参りましょうか?お嬢様」
外国人が半数を占めるパーティーになぜ父が招待されるのか分からなかったが、覚悟を決めて香と会場に入って行った。知った顔が居ないという安心感は逆に人を堂々とさせるらしく、何とか雰囲気に紛れ込めたようだ。
パーティーと言ってもすでに一通りの式次第は済んでいるようで和やかだった。
白人の老夫婦に話しかけられ、父の代理なのでと答えると、安心した、我々も息子の代理でパーティーに気後れしていたと話してくれた。
ひと時四人で会話を楽しんで夫人が疲れる前にと二人は部屋へ戻って行った。
会場を出る前に香をパーティーの主役へ紹介する。父の代理でと話しかけた人は恰幅のいいよく笑う初老の女性。父との関係は今だ不明だが、大変キレ者で業界では知らぬものが居ないと言うほどの成功者だそうだ。
ただ、子育ては出来なかったらしくたびたびやんちゃな子供の後始末に追われていると誰かが囁いていた。
お父様によろしく、こんな立派な後継ぎがいて森さんは幸せねといわれ複雑な気持ちだった。香のためだけに継ぐことを決心したのだから。
このままコテージに帰るのももったいない気がして、香をホテルの庭に連れ出した。咲き誇る薔薇の香りが俺たちを迎えてくれる。ひとつひとつ薔薇を手にとって香りを楽しむ姿が愛らしくしばらく後ろから眺めていた。
『懐かしい』
今日一日を振り返るとそんな言葉がぴったりくる。オスカルとの会話、山の上の澄んだ青空。ドレスを着た香、むせるような薔薇の香り・・・。
急に目頭が熱くなって後ろから香を抱きしめる。
「どうしたの?にぃ・・・」
「愛してる、心から愛しているよ。香、不安だったのは俺だったんだ。せっかく転生したお前に会えたのに抱きしめられなくて、男として思ってもらえなくて」
「でも、もう私はにぃの腕の中だよ。安心して」
「そうだ、そうだけど。俺は生まれ変わったら本当に欲張りになったんだ。お前の愛を手に入れたら今度は覚醒して欲しくて。悩まされているお前がかわいそうだった辛かった」
「そうね、目覚めるのが怖かった。でも、欲張りではないぞ。私を愛している証拠だ」
「そうだ、愛している」
香を抱き上げ、歩き出すと不思議そうな顔をして香が俺を覗き込む。
「どこへ?」
「コテージへ帰ろう。お前を愛している証拠をもっと教えたい」
「・・・?」
「お前がほしい、お前のすべてが」
「でも・・・私。にぃ、ううんアンドレ、もう私は・・・」
言葉をさえぎり愛しい唇をふさいだ後、耳元にささやく。
「香は今日生まれ変わったんだ。だから何も気にすることは無いよ。これからは俺だけの香だと誓ってくれればそれで、いいんだ」
「うん、約束する。あなただけの私」
寝室のドアが閉まる音が俺の胸に響いた。
香、俺の香。もう一度二世の契りを交わそう。
夜をこめて いま 神は その御前に おさななじみの ふたりを
ふたたび・・・むすびあわせたもう
「二人を死が分かつ時が来ても幾重にも運命を重ね私たちは愛し合う」
すっかり陽も高くなり、怖いくらいの幸せに満たされて私は目覚めた。私の身動きを後ろから封じる、幸せな不届き者に声を掛ける。
「にぃ、おはよう。 くるしい・・・」
「おはよう。 だめだ、離さない」
「これじゃ、おはようのキスも出来ないわ・・・」
昼近くにやっと開放され(私も離れられなかったのだが)出かける準備をする。結局1時を回り、慌ててハウスキーピングにこれから出かけると連絡をして部屋を出た。
街に下りて食事を済ませ、お土産を買い込んでホテルに戻る。
バスルームで泡だらけになり戯れ、夜は真澄兄が予約したホテルのレストランへ。本当にそつがない。
「ここはジャルジェ家と同じくらい教育されているな。まぁ、私専用の給仕には到底及ばないがな」
「それはそうさ、子供の頃から仕えたんだ」
「そうだね、息がぴったりだった」
こんな会話が出来るのも覚醒したおかげ。
ゲストは外国人ばかりで普通なら気後れする所だが、前世にした経験がこんなときに役に立つ。入会の審査が厳しいだけあってインテリアもサービスもすばらしく、私たちはたっぷりと料理と雰囲気を味わった。
次の日も部屋のテラスでまったりと過ごす。こんなにもやさしい時間を過ごしてしまったら帰るのが怖くなりそうだ。
そう、帰ればいやでも父上との対面がある。「いや」ではない。ただ、なんと詫びればいいか、どれだけのつらい思いをさせたか、考えれば考えるほど心は重くなってくる。
きっと真澄兄にも伝わっているのだろう、私をひざの上に横抱きにして泣き止まない子供をあやすように背中を撫でる。
「ねえ明日、早く出よう。まっすぐ森家に行く」
私の決断の速さは昔から。でもやっぱり怖くてにぃの手を握り締めると、にぃは同じ位の力で握り返してくれた。とても心強くて、うれしくて彼の首に腕を回し頬に口付けをした。
「大丈夫だ、俺がついている」
帰りの車の中で黙り込む私に一生懸命励ましの言葉を掛けてくれる。ただ、私の鼓動が聞こえてしまうのか真澄兄もそれを言うのが精一杯のようだった。
見慣れた町並みがまるで別世界のようだ。覚醒したからだけじゃない、前世残してきた両親との対面への不安と切望が入り混じった感情が私の心を高揚させるから。
私がいつも使う駐車スペースへ車を入れると、真澄兄に寄り添い玄関へ向かう。小母さんが手入れを欠かさない花々が飾るアプローチを進む・・・。
玄関が待ちきれないと大きな音を立てて開かれ小母さんが現れた。でも・・・間違いない!!
「は・・はう・・え・・・」
「待っていましたよ、この日が来るのを。オスカル・・・お帰りなさい、私の娘」
「母上・・・ご心配をおかけしました。前世も現世も」
「そうね、でもこうして目覚めたのだから、もういいのですよ」
「・・・」
母上の胸はあの頃と同じで温かかった。現世の母とはまた違うやわらかさ・・・。
このまま母上の温かさに包まれていたいと思った矢先、じれったいとばかりに私を叱咤する声が玄関から出てきた。
「オスカル・・・ばか者が。まったくお前は鈍いのだから・・・まったく・・・」
どう見ても森の小父さんなのに、どうしても父上に見えてしまう。体が硬直して新入りの軍人のように直立不動で父上に答える。
「父上、申し訳ありません。どれほどのご苦労を掛けたことか・・・。私の所為でお立場が辛くなるだろう事も分かっておりました。しかし、私にはあの時、あの選択以外できませんでした。父上や王家のご恩に背き・・・」
「もうよい、昔のことだ。それはアンドレに言ってある。これからは長く私たちの傍に居て、今度こそ私たちを看取ってくれればそれで良い。逆縁の不幸はもうこりごりだ。いいな?」
「は・・・い。ち、父上・・・」
涙でせっかく会えた二人の顔が見えない。父上の胸に縋って泣いたのは初めてだった。男として育てられた私には許されない行為だった。あの頃こうして欲しいことが何度もあった。父の胸に飛び込む姉上達がうらやましかった。
でも、もういい、何も言うまい。強く抱きしめてくれる腕がすべてを包み込んでくれる。
こんなところではと、真澄兄がリビングへ促してくれ三人はやっと涙を止めた。いまさらながら両親に覚醒の遅さを詫びた。
「待った、待ち遠しかった。香、私は25年以上待ったのだからな」
「私のことも待っていただけたようで、申し訳ありませんでしたね・・・いつまでも仰らないでください、真澄に笑われますよ」
昔より母上は強くなったような気がする。正月の旅行を思い出し小さく笑ってしまった。
父上は篠塚の父が転勤で越してくる前、オスカルの幼少期の夢を見たそうだ。近所で建替えの工事が始まって私が来ると思ったという。自分の息子がアンドレだから、必ずオスカルも引き寄せられると思ったそうだ。父上と母上のように。
数年前に覚醒したばかりの母上は、私がオスカルだと知って驚きと戸惑いを隠せなかったという。父上に言わせるとその後の反転はすごかったそうだ。前世は夫婦になったはずだからと父上と真澄兄を炊きつけ何とか自分の娘(嫁)にしようと画策した。
画策とは大げさだが、まんまと覚醒しない私を嫁に迎えることが出来て大喜びだったそうだ。
でもね、母上。画策しなくても私は自然とにぃと結婚したわ。だって魂が導いてくれるんですもの。
森家でゆっくりと前世の両親と語らい、自宅へ帰ると現世の両親が笑顔で出迎えてくれた。顔色が良くなったといい、『よく寝たな』と父が冷やかした。
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