巡り巡りて



                   (番外編 アラン 2)     
 

                                      mokoさま 作


新年度、初日の朝一で例の購買担当者から電話があって、今日来るように言われた。今度こそと思い取引申請書とカタログ、受注表には日付まで入れて出かけた。営業車のシートに体を収めると武者震いがした、こんなこと初めてだ。よし、行くぞ・・・。

「今日は新井が主役だな。とりあえず取引開始おめでとう。乾杯!!」

注文を受けた手が震えていた、車に戻ったら自然と涙が出た。部長と始めて訪問してから三ヶ月、一人で見積もりと提案をしてきた。負けている見積もりもあったが誠意で押した。
本気ですれば大抵のことは出来る、誠意を持ってぶつかれば人の心は動かせる。そう、前世あの人が俺たちにしたように・・・。俺は少し大人になれたか?
「おめでとう、新井。頑張ったわね」
「はい、篠塚さんのお蔭です。本当にありがとうございました」
「あー、新井さんずるい!篠塚さんにだけお酌して、私にはしてくれないんですか〜」
「うるせーな、お前にも感謝してるよ。ほれっ」
新年度恒例、営業部の飲み会。全社会議の後、神社で目標達成を祈願しその足で店へ行く。今までは参加しなかったが、つまらない意地を張るんじゃなかったと反省してる。
一課の連中にお酌をして回り、感謝を伝える。心の中で謝罪しながら。やっと一課の、営業部の一員になれた気がする。




夏の終わりには新製品が出そろうので会社主催で展示会が開かれる。各メーカーの担当者も借り出され、かなりのにぎわいとなる。俺たち営業は、招待状を送った得意先に付いてブースを回る。事務員は受付や飲食コーナーの手伝いをする。深山はさぼれるからと飲食コーナーを希望した。篠塚さんは企画の段階から実行委員会に参加しているがあの美貌ゆえに当日は受付嬢だ。

初日は平日と言うこともあり得意先の出足は悪い。暇を持て余し、飲食コーナーをのぞく。今年は美味いもの用意したのか気になる、俺たちの昼食にもなるからだ。
「暇ですねー、新井さん。今年もカレーありますよ」
「俺は深山ほど暇じゃねぇ。それにカレーばっか食ってるみたいに言うな」
「そういえば〜新井さん知ってました?篠塚さんの転属のり・ゆ・う」
「知らねーな、知りたくもねーし」
「またまた〜。篠塚さん、海外市場部の大木さんと婚約してるらしいですよ。それで大木さんを課長に昇進させるために自分は異動願いを出したんですって」
「大木ってどんなヤツだ?この話、誰から聞いた。誰にしゃべった?」
「そんな怖い顔しないでください・・・海外市場部の同期のコからです。一緒に飲食コーナーの担当になって、さっき聞いたばかりです。話したのは新井さんが最初ですぅ」
「いいか、絶対にほかのヤツに言うな。誰にも、親にも恋人にもだぞ・・・。篠塚さんの耳には絶対入れるな。
お前、あの人の仕事振りを見て、本当にそれが転属の理由と思えるか?おかしいと思わないか」
「・・・まぁ、確かにそうですけど。あー怖いです。だれにも言いませんから・・・」
海外市場部の大木、アンドレか?本当に篠塚さんの婚約者か?ダグー大佐も大木という人物に接触したことはないという。
隊長が覚醒しなくても魂に嘘は付けない。あの仕事の仕方は本気だ。恋人がいる、いないの問題じゃない。そんなことが転属の理由だとみんなが信じたら、あの人が傷つく。何とかしなければ・・・。

早速ホールに屯している海外市場部のやつらを見に行った。今日は全員IDホルダーを首から下げている、そばを通れば分かるだろう。
あいつ・・・前世隊長の婚約者になった近衛の連隊長だ、・・・間違いない大木だ。現世もしつこく言い寄っているのか?アンドレがいない今、かなり危険だ。
まったくアンドレはなにやってるんだ。お前の大事な隊長の危機だ。

とりあえず深山に海外市場部の事務員から誰に聞いたか確認させた。同じ飲食コーナーだからすぐに向かってくれた。俺もそっぽを向きつつ、聞き耳を立てていた。
驚いたことに大木本人から聞いたという。部内の人間に自分から言いふらしているそうだが、誰も相手にしていなかった。ただ、事務員は春の異動で配属なったばかりで篠塚さんの人となりを知らず信じてしまったらしい。
深山から、それは嘘じゃないかと言われると、そういえばと別の情報を教えてくれた。
「常務がオフィスに来た時すごく事務的だったの、大木さんは媚を売っていたけど流されてたし。変だなーって思ってたの。だって義理の親子になるはずなのにね」
「やっぱり嘘なのね。後で大木さんにそっと言ってあげたほうがいいわよ。みんな信じてませんって」
「きゃー、露骨。深山さんて悪魔だわ」
女の話は聞き過ぎてはいけない。とにかく嘘だと分かれば手の施しようもある。徹底的に噂を排除して必要なら直接対決だ。あの人を傷つけることは許さない。
深山にお礼を言ってもう一度口止めをする。自由が聞くうちは大木を見張っているほうが良いだろう。嘘から出た誠という言葉もある。まったく、なんで俺があの人の心配をしなくちゃならないんだ。これはアンドレの仕事だろ!!でも、あいつ今出てきたら、また草むしりに行きかねないな。

3組ほど得意先が来たので仕事に集中し、体が空いたのは昼少し前だった。これを逃すと夕方まで食えなくなると思い、飲食コーナーへ向かった。
従業員用のテーブルへカレーを持っていくと先客がいた、大木と深山・・・。不味い、おしゃべりの深山だ、余計なことを言わなきゃ良いが。心配なので背中合わせのテーブルに座った。
「君、営業一課かい?香さんのいる・・・深山さんて言うんだ?」
「IDがあるとすぐ分かっちゃいますね。そうです、篠塚さん頑張ってますよ」
「そうかい、噂は聞いているかな?」
「なんのですか?あっ転属の理由ですか?」

このバカ、いきなりそこに触れるか?

「そう、事実だから仕方ないが、こんなに早く広まっているとはね・・・」
「それ、嘘ですよね。だって篠塚さん、馬鹿げてるって怒ってましたよ!!」

なに!!篠塚さんの耳に入ってしまったか・・・

「て、照れているんだろう、可愛い人だ・・・さて、私は・・・」
「嘘は篠塚さんが傷つきます、本当に好きだったら正々堂々アタックしたら良いんです。プライドが邪魔するんでしょうけど、それじゃ気持ちは伝わりません。第一、誰も信じてませんよ」

真っ青になった大木は座りなおし、深山に向かった。俺は深山が誇らしかった。

「この話、誰かにしたかい?・・・そうか誰も信じないか・・・。あの人の仕事振りを見れば分かるね。そうだ、嘘だ。でも私は彼女を愛している、心から。彼女に苦労はさせたくなかった。
彼女は業績を苦にして自分から転属したんだよ。自分が不甲斐ないといってね、私こそ情けなかったよ。
営業部で苦労していると聞いて、辞めて欲しかった。結婚退職なら彼女と常務の面目も保てるだろう。噂を流し、常務の耳に入ればとんとん拍子に話は進むと思っていた。常務は黙って異動したことを怒っていたし、これを期に結婚させようとしていたからね。
そう、君の言うとおりプライドが邪魔して彼女に正面から向かえなかった。愛している人が上司なんだ、何年も変わらず入社したのに出世は彼女が早かった。業績も常にトップ、確かに仕事は出来る、常務の娘というだけではないのは分かっている。でも、やはり私の前に跪かせたかったのかも知れない・・・。
深山さんだったね。ありがとう、この話もう忘れてくれるね。・・・マドモアゼル・・・」

あいつ覚醒している。深山をマドモアゼルと呼んだ。そうでなければただのキザ野郎か・・・。
大木が消えて深山の隣に座りなおした。篠塚さんの耳に入ったというのは嘘だった。怒っているといってカマを掛けたそうだ。まんまと引っかかり大木はすべてを話した。人を愛するのは止められない、でも嘘は傷つく人間が多すぎる。
この展示会の後から、大木は猛烈なアタックを始める。



展示会は大成功を収め、前期売上は目標を達成できた。まだ取りこぼした得意先もあるので、後期はその成約中心に動こうと思っていた。
すっかり秋めいて、車のエアコンより外の風が心地良い。仕事は楽しいがたまには公園でのんびりも良いなと、昔サボるのに使っていた駐車場に入った。車を止めここに来るのは一年ぶりだと気が付く。
こんなにも変われた、今度もあの人のお蔭だった。これからもついていきたい、アンドレが現れないのなら、今度は俺がその役をやる。もしかすると、これが生まれ変わった理由なのかもしれない。そうだ、俺が篠塚さんを守ってやる・・・。
!!。突然携帯が鳴り、あわてて取り出すとそこには『あの得意先』からの電話だった。

展示会では手ごたえがあったのだが大型機械の採用には至らなかった。諦めずにチャンスを窺っていろと篠塚さんに言われていたので、訪問のたびに現場の様子を見ていた。作業効率は高いか、許容量は超えていないか。担当者も俺の目線に気付いてからは細かな相談をしてくれるようになった。「いける!」そう思っていた。
その後、3プラン提案をした。常務が話を聞きたいと言っているそうだ、検討段階に入ったということか。焦るな俺、誠意を持ってアプローチすれば分かってもらえる。



篠塚さんが転属して一年が経ち、課内の雰囲気はかなり変わった。引き締まった空気の中に気持ちの良い一体感、そして営業から戻ったときに与えられる安心感。ここまで変わるのはあの人の持っている魂のお蔭だろう。前世と何も変わらない、心も美貌も。

昨日、残業して契約書類を作った。初めて訪問してから10ヶ月、展示会から2ヶ月、やっとこの作業が出来る。喜びを噛み締めながら書類を作った。でも判を押してもらうまでは安心してはいけない。
今朝、間違いがないかもう一度確認する。斜め前のデスクには篠塚さんがPCに向かい仕事を進めている。やっぱり綺麗だと見つめていたらいつもと何か違うことに気が付いた。目だ!目が赤い、泣いた後のようだ。表情も頼りない、なにがあったんだ?ぼーっと見つめていると部長から声がかかった。
「新井、今日はいよいよだな。準備は良いか?」
「はい、何度も確認しました。大丈夫です」
「夕方だったな、一度戻るか?」
「すみません、今日はほかにもアポイントが入っているので10時に出たらそのまま入ります」
「そうか、落ち着いてかかれよ。忘れ物のないようにな」
お礼を述べて出発の準備をする。席を離れていた篠塚さんが戻ってきたので声を掛けようとしたが、出来なかった。悲しそうな、儚げな顔を隠すように仕事に打ち込んでいる。
・・・男か、そうだとしたら誰だ。くそっ、なんでこんな日に契約なんだ。そばに居て力になってやりたい、今度は俺が守ってやるんだ。あいつがいないのだから。

俺はバカだ。あんなに念を押されたのに大事な書類を会社に忘れた。途中まで届けてくれた篠塚さんは今朝よりも少し元気だった。これほど真剣に取り組んだ仕事なのに、篠塚さんのことになるとお座成りになってしまう。まだ、甘いな。もう一度気を引き締めて得意先に向かう。
常務のほかに社長と工場長が同席し契約は済んだ。すんなりと判が押され社長からは握手を求められた。これからも頼りにしていると言われ、胸に熱いものがこみ上げた。努力した甲斐があった、報われた。仕事がつまらなかった去年が嘘のようだ。搬入は年末、稼動は新年からとなる。これで俺は全社トップの実績を作った。
部長が報告を待っているので急いでオフィスに戻る。書類の件をまず謝り、結果の報告をする。厳しい顔の部長が一言だけ「おめでとう」と言ってくれた。契約に伴う提出書類を作成し部長に検印を貰う。早く帰ってゆっくり休めというので後の処理は明日にする。
帰りの車で篠塚さんの今朝と夕方の顔が思い浮かんだ。褒めてください、隊長。頼れる男になったでしょうか?今度、あなたを守るのは俺です。

翌日はいつもの篠塚さんに見えたので安心し、書類と納入の手配にかかった。部長に検印をもらった社内書類の不備がないか確認して篠塚さんに回す。しっかり確認する目線はやっぱり何時もの篠塚さんだった。それ以上に厳しかったかもしれない。
「新井、印鑑はまっすぐ押しなさい、社内文書と違うんだから。先方の控えもこんな感じだったら恥ずかしいわよ」
「すみません、そこまで気が廻りませんでした」
「以後、気を付けるように・・・とにかく、おめでとう!」
最後の笑顔は女神のようだった。これが俺のものだったら・・・。
今夜は部長の計らいで飲み会になる。後期目標もこの売り上げで40%に達した。このまま行けば間違いなく目標達成、金一封も夢じゃない。この時点で俺は自分の実績を評価され舞い上がっていた。そうじゃなきゃあんなことしなかった・・・。



飲み会の篠塚さんはほろ酔いで何時もより色っぽかった。俺を見つめる視線がくすぐったいほど真っ直ぐで、このまま恋人同士になれるとまで錯覚させた。みんなに酌をしてもらい飲みすぎたのかもしれない。
居酒屋の座敷で二人きりになりひどく緊張していたのにあの人はおどけて俺をからかう。悔しいような、愛しいような思いが行動を起こさせた。このまま俺の物になってくれ・・・。

強く抱きしめた篠塚さんの体は硬直したまま俺を拒んでいた。

やっぱり、俺じゃ駄目ですか・・・アンドレじゃなくちゃ駄目ですか?それじゃアンドレはどこに居るんですか?あなたを本当に守れるんですか?このまま覚醒などせず俺の腕の中にいればいいのに・・・。

答えは分かっていたはず。あなたと結ばれないのは宿命です。それでも俺の魂はあなたの傍に生まれ変わりたかった。
また、一生片思いです・・・。それでもいい、今度は長くあなたの生きざまを見て行きたい。
帰りの代行車に乗り込み祈った『アンドレ、出てきてくれ。俺じゃ駄目なんだ』

翌日、顔を合わせる前に営業に出ようと思ったが、新規開拓の選択に時間がかかり結局オフィスで顔を合わせてしまった。忘れてくれと言ったのに俺のほうが意識してしまう。慌てて出掛け、ふと昨夜の約束を思い出す「長寿庵でランチ」。
約束を反故にするなんて恥の上塗りだ、堂々とお昼前に事務所に戻り二人を連れだした。
長寿庵は営業部行きつけの蕎麦屋でてんぷらが美味い。篠塚さんは営業部に来るまでここを知らず、もったいない事をしたと常々言っていた。三人で上天ざるを注文し他愛もない話をする。話の中心は深山で何時もより俺を質問攻めにする。訳が分からないが、篠塚さんは笑って深山に加勢していた。昨夜の事を意識せずに済んだのは深山のおかげかもしれない。
このまま同僚として、もしくは彼女の上司として過ごせるのならそれはそれで幸せかもしれない。男として受け入れてくれないのならそれ以外でもいいから傍に居たい。ずっと、ずっと・・・。

数週間後、駐車場に見慣れない車に懐かしい顔が見えた。激しい怒りと感謝がウィンドウをたたく手に込められた。アンドレ、遅いじゃねーか!!






「もしもしアラン、俺だ。今大丈夫か?」
「なんだよ、連休の最後にお前の声か。どうした?」
「香が・・・オスカルが覚醒した。すべてを思い出したんだ、テュイルリー宮広場の出来事もバスティーユの白旗も。俺が誰か、自分が誰か思いだしたんだ。やっと、やっと・・・」
「おい、アンドレ?・・・泣いているのか?馬鹿だな、泣くやつがいるか。良かったじゃねーか、ほんと・・・よかった・・・」

待ってましたよ、隊長。

















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