巡り巡りて



                   (番外編  ばあや)     
 

                                      mokoさま 作


桜吹雪の舞う春、学校へ続くまっすぐな道に親子三人は仲良く手をつないで歩いていた。
「お父さん、桜きれいだね。お母さん僕今日から一年生。かっこいい?」
「そうね、かっこいいよ」
「一年生頑張れよ!!」
「うん!!」
手を離し校門へ駆ける。まだランドセルが走っているようだ。
「私たちが通った小学校へあの子が通うのね」
「あぁ、俺たちの始まりの場所だな」



転校生の篠塚さんはまだ馴染めないのか、すぐにお腹が痛いといって保健室に逃げてくる。虐められている様子はないが、張り詰めた雰囲気が伝わってくる。この子の持って産まれた性格なのか、妙に大人びて冷めた目をしている。そのくせ何かを我慢しているような。一度担任と話して、両親に報告したほうがいいかもしれない。今の私では直接世話が出来ないから。

マロン・グラッセ・モンブラン、前世の私の名前。今は養護教諭としてオスカル様の通う学校へ勤務している。もう間もなく定年を迎えるが、その前にオスカル様の心が開放されればいいと思う。

まったく、あのうすらとんかちめっ。なにやってんだい、お前がいなきゃオスカル様はいつまでたっても心からの笑顔を見せてくれないじゃないか!!
同じ学校に通っているくせに何にもしやしない。それどころか言葉さえ交わしたこともないんじゃないだろうか?まったくいつまで待たせる気だろうね、アンドレは。

給食の時間、今日もまた篠塚さんは保健室にやってきた。保健係の子にありがとうというと、さっさと窓際のベッドへもぐりこむ。
「篠塚さん、うんとお腹いたい?お薬のもうか」
「お薬きらい。せんせ、先生の手柔らかくてあったかい。もうちょっとここにいて」
珍しく甘えてきたのでそのまま頭を撫でてやった。少しでも心を開いてくれないだろうか。
うとうとと始めた篠塚さんのそばを離れようとしたとき大きな音で二年の男子たちが入ってきた。
「静かに!!ここは保健室です!具合の悪い子がいるんだから」

「ごめんなさーい」

二年生ぐらいはまだ素直でかわいい。中に森君を見つけてびっくりした、初めて来たんじゃないか?
「どうしたの、転んだのかな」
「森君が鳥小屋に入ろうとした猫を追い払ったら引掻かれました」
「舐めときゃ平気だって言ったのに、生き物係の英雄だとか言って連れてこられたんだ」
「森君、ばい菌が入るでしょ。よく水で洗って消毒しましょう」

森君を置いてみんなは教室に戻っていった。
「先生、誰かいるの」
「うん、一年生の篠塚さん。お腹痛いんだって」
普段ならほかの子供のことは話さないが二人を会わせたくてつい口にしてしまった。
「篠塚さんて転校生の?うちの近所だよ。外国から来たんだよね」
「そう、おうちが近所だったの。じゃあ、終わったら一緒に帰ってあげられる?」
「いいよ、今日は五時間目で終わりだから。でも歩いて帰れるかなぁ。僕おんぶしてあげられるよ」

この辺の優しいところは変わらない。今の両親もきっと愛情深く育ててくれているのだろう。
じゃあ、迎えに来るからと絆創膏を頬に貼った笑顔で保健室を後にした。篠塚さんの様子をのぞくと気持ちよさそうに寝息を立てていた。



私が愛した男は前世の夫で、産まれた子供は前世の娘だった。娘もまた同じ男を愛し結婚したがアンドレは産まれてこなかった。近しい人物はほかに見当たらなく、このまま娘夫婦を見守っていければと思っていた。今度は平穏無事な人生だと思っていた。
間もなく定年を迎え、あとは孫の面倒を見て悠々自適な老後をと想像し始めた矢先、あのスカポンタンが入学してきた。入学式で顔を見たときなんで今更ここに現れたんだいと、あきれ半分うれしさがこみ上げてきた。
娘に話すべきか迷ったが成長を見せてやりたくて教えてしまった。喜びはしたがそれ以上交流を持とうとしなかった。
『私を知ったらまた同じ人生を繰り返させそうで』、そう言いながらアンドレを見守っていた。
ばかでも健康で居ればいいと前世思ったが今もそれは変わらないらしく保健室に来たことはなかった。擦りむいたり切り傷はいつもの事だろうけど、男の子は遊ぶのに忙しく水で洗っておしまいだ。

元気に二年生に進級しても、変わらずやんちゃな姿を校庭で見かけた。保健室の窓から見るアンドレはお屋敷の庭でオスカル様と駆け回っていたころとなんら変わりない。
こうして遠巻きにアンドレを見守りながら、隣にいるはずの子を探していた。今度は会えないのかと半ばあきらめていた。ところが、だ。
宿命を曲げることは出来ないらしい。オスカル様がアンドレに引き寄せられた、この二人を切り離すことは神にも出来ないのだろう。



「栗山先生、篠塚さん迎えに来たよ。1年2組の教室から篠塚さんの荷物預かってきた」
「ありがとう、森君。それじゃ、お願いね」
「うん、じゃない。はい!!篠塚さん、大丈夫?ランドセル僕が持つからゆっくり帰ろう」
「ありがとう・・・」
保健室から送り出し、オスカル様が少しでもアンドレに心を開けばと祈る。



「この間家にお父さんたちと来た香ちゃんだよね。僕、真澄って言うんだ、よろしくね」
「う・・・ん」
「香ちゃん、お腹まだ痛い?ゆっくり歩こうね。僕どこにも行かないから、心配しなくていいよ」
「うん、ありがと」
「もし、学校で虐められたら誰にも言えなくても絶対僕だけには言うんだよ。僕が絶対守ってあげるから」
「うん!!約束だよ」
「絶対!!僕、香ちゃんのお兄さんになってあげる。だから早くお腹痛いの治ってね」
「うん、がんばる。真澄お兄ちゃん、ありがと」

「小母さん、おうちに居るかな・・・。おばさーん、もりでーす。香ちゃん送って来ましたー」
「はーい、あら森さんちの・・・真澄君だっけ。香どうしたの?」
「学校でお腹が痛くなっちゃったって、保健室の先生が言ってました。僕が消毒で行ったら休んでたから一緒に帰ってきたの」
「まあまあ、ありがと。上がってジュースでも飲んで行って!香は少し休みなさい」



その翌日から二人は一緒に登下校するようになった。お互い友達が居るのにと思ったがオスカル様に心が開ける友達はアンドレだけで、アンドレも一旦家に帰ってから遊びに出るようになったという。
そして、オスカル様はその日以来お腹が痛くなることはなかった。



今日から夏休みに入った。孫が祭りの神輿が見たいというので、娘夫婦と一緒に出かけてきた。やはり、孫というものはかわいい。写真を撮ったり、屋台で好きなものを買ってやったり。思い出は多いほうがいい、そのうちこんな風にはしてもらえなくなるだろうから。

境内の入り口で二人を見かけた。オスカル様の手をしっかり握り、アンドレは一つ一つの屋台を説明している。オスカル様は初めて見る日本のお祭りに興奮しているのか、きらきらと輝く瞳で屋台とアンドレを交互に見ている。
射的の前でアンドレは自分の友達と会ったらしい。オスカル様そっちのけで話に夢中だ。アンドレの注意が自分から逸れたのが悔しいのか、オスカル様はつまらなそうに射的をしている。
「おばあちゃん、知ってる人?」
「あぁ、この間保健室に来た児童がね。さあ、今度はなにしよう」
孫にせかされ目を離したら、すでに二人の姿はなかった。どうせ神輿を見るため境内に入ったのだと思っていた。

もうじき花火が上がるから、良い場所に移動しようと川原へ向かおうとしたときアンドレに出くわした。偶然私を見つけたアンドレは今にも泣き出しそうな顔で走り寄ってきた。
「栗山先生!篠塚さん見なかった?・・・どうしよう、急に走り出してどこかに行っちゃったんだ・・・」
「どこではぐれたの?」
「境内の入り口の射的やさん。僕が友達と話していて、香ちゃんは射的をしてて・・・それで、弾が終わったから行こうって言ったのに・・・話に夢中で僕が返事しなかったら・・・どうしよう!!」
「おうちは近いの?」
「うん、歩いて15分くらい。でも、おうちには帰らないよ、香ちゃんち誰もいないから。今日は僕のうちに泊まるんだ。だから花火が始まる前にお母さんが迎えに来るの。みんなで花火見る約束してるのに・・・」
「森君!泣いてちゃだめ。私も手伝うから探しましょう。篠塚さんと花火見るんでしょ!!」

ったく!!自分の孫だったらヤキいれてやるんだけどね!!・・・おっと、そんなことをしている場合じゃないよ。オスカル様を探さなきゃ。
アンドレと手分けして探し回る。アンドレ、小さな体で一生懸命走って行く。お前が探し出してやりな、お前の所為でオスカル様は迷子になったんだ。きっと今頃心細くてあんたを呼んでるよ、オスカル様の魂が。



「かおりちゃーん。どこー、かおりちゃーん・・・」

夕暮れの社務所の脇、大きな杉の木に寄りかかり下を向いたまま、足で砂を均していた。近寄る大きな二人の男の影、香は怖くなりぎゅっと目を瞑り心の中で叫ぶ。《パパ、ママ・・・真澄おにいちゃーん!!》

「いたーっ、香ちゃん、探したよ。おまわりさん、この子は僕の友達です。今お母さんたちが迎えに来るの」
「そうかい、迷子かと心配したよ。もう暗くなる、早くお母さんたちと合流しなさい。気をつけてね」
「ま・すみ・・おにい・・ちゃん・・・ぅわ〜ん・・・怖かったよー」
「香ちゃんごめんね・・・。僕が・・ぼく・・・」

私が社務所についたとき二人は大声で泣いていた。どんなに心細かったか、どんなに不安だったか。二人は今度こそ絶対話離さないと言わんばかりにしっかり手をつないでいた。
オスカル様は初めて出来た友達を取られたような気になりやきもちを焼いたのだろう。アンドレは相変わらず呑気だから、そんなことは気づかず友達と話していたのだ。子供のアンドレにそれを分かれというほうが無理なのだ、二人とも段々覚えれば良い。

涙を拭いた二人を連れ、アンドレの親と私の家族が待つ土手へ向かった。大きく手を振り、二人の名前を呼ぶ女性はアンドレの母親だろう、どれどれどんな人か・・・「!!」。
そこにいたのはジャルジェ家の奥様だったので腰を抜かしてしまった。覚醒されていらっしゃらないが間違いなく奥様だ!!なんでアンドレの母親が奥様なんだい!!もしかして父親は・・・。

前世、実の子供と同じようアンドレを愛しんでくれたお二人。男の子を育てるのは楽しいと奥様は笑っておられた、実の子だったらと何度も仰った旦那様。今度は本当にお育て下さるのですね。お二人ならば心配ない。アンドレはまっすぐ育つでしょう、今だってあんなに優しい。どうか、オスカル様を守れるように。それがアンドレの宿命ですから。

土手に座り花火を見上げる二人は前世の姿を思い出させる。アンドレの想いは今度こそ伝わるんじゃないかと思えた。
覚醒しても、しなくても二人が幸せならそれでいい。アンドレ、その手を離すんじゃないよ。



「真澄お兄ちゃんの部屋、星がいっぱい見えるね」
「うん、お父さんが考えたんだって。きっと星の好きな子供が産まれるからって」
「ふーん・・・。きれいだね」
「うん・・・香ちゃん今日はごめんね、ほったらかしにして。でも香ちゃんの事忘れてた訳じゃないんだ。ただ僕は友達も大事にしたかったんだ」
「うん。香もごめんなさい、黙っていなくなって。もう、我儘はしない」
「明日のプールであの子と7級受ける。だから作戦を立ててたんだ、今度は絶対受かるってね」
「頑張ってね、香、応援してる。帰ってきたら一緒に宿題しよう」
「うん、3時には帰ってくる、それまで母さんと遊んでて」
「明日は小母さんとケーキ作るの。それを食べて宿題だよ」
「よし!!そうしよう。あと何日でかおりちゃんのお父さんたち帰って来るのかな?」
「あと2日。良い子にしてたらお土産いっぱい買ってきてくれるってパパが言ってた。・・・大変!!お兄ちゃんの分頼むの忘れた・・・どうしよう」
「大丈夫、外国の話いっぱい聞かせてもらうから」
「うん、お菓子があったら一緒に食べようね」
「夏休み、いっぱい遊ぼう。香ちゃんも僕たちの仲間に入って遊ぼうよ」
「・・・うん・・いっぱい・・友達・・・できるか・・な・・・」
「香ちゃん?・・・寝ちゃったの?僕も・・・ねむいや・・」




小さな新入りは誇らしそうだったり泣きそうだったり、さまざまな顔をして入場してくる。お兄さんお姉さんに見守られながら長い学校生活を始める。二度目の人生を生きている二人にも思い出深い場所であり、これからその息子が思い出を作る小学校。
「篠塚香ちゃん?久しぶり!私よ、分かる?」
「あれ、保健係の?」
「そう、元気だった。こっちにいたのね。私は去年離婚してさー、実家に帰ってきたの」
「まさか子供同士が同じ学校に通うなんてね。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしく。あちら旦那様?」
「うん、森です。旦那もここの児童だったのよ、いっこ上だけど」
「素敵な旦那様ね。そういえば、覚えてる?養護教諭の栗山先生、去年の暮れに亡くなったんだって」
「そう、すっかりお世話になったのに退職されてから一度も会えなかったわ。残念ね・・・」



「栗山先生ってあの時の先生だろ。忘れないよ、すごい顔で怒られた『泣いてちゃだめ』ってな」
「そう、私には限りなく優しい先生だったわ、大好きだった」
「ふーん・・・。なんか、おばあちゃんみたいだな」
「おばあちゃんて『ばあや』?」
「ああ、俺には厳しくて、お前には甘くて。でも、いつでも俺たちを見守ってくれた」
「そうね・・・そういえば私、前世ばあやとの約束を破ってるの」
「どんな?」
「愛しているよって言ったらパリから戻ったらもう一度その言葉を聞かせてって言われていたの。でも、二度と屋敷には戻れなかった」
「そうか・・・。大丈夫さ、お前の気持ちは十分伝わっているって。さあ、入学式で疲れたのかちびもよく寝ていることだし、そろそろ俺たちも寝よう。ちびに妹を強請られていたろ」
「もう・・・ばか」
「ばかって・・・俺は前世も現世も一人っ子だから、ちびに兄弟をつくってやりたいだけだ。変な意味じゃない」
「さあ、どうだか・・・うふふ」
「あーぁ、お前には敵わないよ」

敵うわけないだろ、まったく。ヤキを入れに蘇らないといけないかねぇ・・・。

















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