※このお話は「舞踏会の奇跡の続きです。






アンドレ、フェルゼン、アラン
今、おれは誰なのだろう…
できればアンドレでいたいが、もしもフェルゼン伯爵ならばスウェーデンに行かねばならなくなる。
アランだとすれば、衛兵隊にはいられるがジャルジェ家には入れない。

アンドレは朦朧とした意識の中で、代わる代わる三つの名前を思い浮かべている。
この三人の男。
全然違う男。
フランス人というくくりなら、アンドレとアランが同国人。
貴族というくくりでは、フェルゼンとアランが同類。
そして、オスカルに恋い焦がれているのはアンドレとアランだ。
誰になりたい?
誰がもっとも幸せ?

裕福なのはフェルゼンだ。
豪華なフェルゼン邸の主として、生活の苦労など見たことも聞いたこともない身分だ。
そしてオスカルの思い人でもある。
なにもかも手にしている。
うらやましい存在。
だが、彼は永遠に報われぬ愛に生きている。
凄絶な恋に生きている。

しがらみがないのはアランだ。
母と妹は暖かく優しい。
言いたいことを言い、したいことをする。
だが実は軍隊という組織の中で、出世して行く道を閉ざされている。
才能も人望もあるのに…。
さらにアンドレのみるところどうやらオスカルに惚れている。
こちらも絶望的な片思いだ。
これからどれほど長い時の営みを耐えるのだろう。

頭が痛い。
何度も強打して、たぶんそこら中たんこぶだらけだ。
今度目を開けて、鏡に映る姿が誰なのか、想像もできない。
これは何かの罰なのだろうか。
そうか、罰なのだ。
オスカルを襲った罪に対する…。
ならば甘んじて受けねばなるまい。
胸が痛いのも仕方ない…。
それにしても…本当に胸が痛い。
そっと手を当ててみる。
ズキン!と激痛が走る。
なんと生々しい心の痛みか。
いや、違う。
これは心ではなく、肉体的に痛いのだ。
もう一度、そっとを胸に手を触れてみる。
痛い!
と、手が何かに掴まれた。
条件反射で掴み返した。
これは…?
目を開けようとまぶたに力をいれる。
こちらも相当痛い。
ようやく薄目をあけることができた。
胸の上の自分の手のひらが視界に入ってきた。
そしてそれを掴んでいる白い手。
手の先を視線で追っていくと…

「アンドレ、気がついたか?」
オスカルがこちらをのぞき込んでいた。
「アンドレ…?」
オウム返しに繰り返した。
「おれは、アンドレなのか…?」
「あったりまえだ!」
ドスのきいたオスカルの返答。
「そう…か。ちゃんとアンドレの顔をしている…か?」
「ああ、正真正銘アンドレ・グランディエの顔だ」
オスカルが手を強く握ってきた。
思わずこちらも握り返す。
「よかった…」
オスカルがつぶやく。
「よかった…」
アンドレもつぶやく。

暖かい血が通っている。
生きている。
それを実感して、安心するためにオスカルはアンドレの手を握っていた。
アンドレもされるがままにしていた。
オスカルの手のぬくもりが生きるよすがのようで、振り払うことができなかった。
振り払うどころか、自分からつかまえておきたかった。
許されるなら、永遠にこうしていたかった。

「オスカルさま!!」
ばあやの怒声が響いた。
握られていた手は、慌てて離された。
「こんなところで何してるんですか?さっさとお部屋にお帰り下さいまし!」
シーツを抱えたばあやが仁王立ちしていた。
オスカルはアンドレと繋いでいた手をもう片方の手でそっと包んだ。
アンドレもオスカルと繋いでいた手をシーツの下に滑り込ませた。
ばあやはオスカルを追い立てるように廊下へ出した。
オスカルは両手を握りあわせたまま黙ってその場を離れていった。
取り残されたアンドレはばあやにシーツをはがされてあらわになった手を、ただ名残惜しく眺めた。
そしてオスカルがしていたように、もう片方の手でそっと名残の手を包んだ。
パリでの出来事は悲惨だったが、この一事だけでも救われる。
奇跡のようだ。

だがばあやはその手をつかむと、たっぷりと消毒液をつけた。
「傷からばい菌が入っちゃ困るからね!これで安心だよ」
アンドレは呆然として寝台に倒れ込んだ。
パリの奇跡は跡形もなく消え去った。












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パリの奇跡

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