ミカエルはおとなしい子だと周囲に思われている。
事実、双子の妹であるノエルが活発で、ほぼ屋敷にいることがなく庭で走り回っているのに比べれば、読書や楽器の演奏を好む彼は内向的で物静かな印象を与えるのは自然のことだ。
だが、オスカルの見るところ、剣の筋はいい。
ノエルも優れたものを持っているが、ミカエルも決して劣ってはいない。
むしろ練習次第でノエルより上達するのではないかとすら思う。
まだ6才だが、片鱗は、見るべき人が見ればわかるのだ。
そのためついオスカルは期待してしまい、稽古にも力が入る。
「おまえの気持ちはわかるが、ミカエルはどう思っているのかな」
アンドレにさりげなく釘を刺されても、「腕が上がってくれば楽しくもなる」と反論して、剣の稽古を日課とするのをやめようとはしなかった。

どんぐり屋敷のどんぐりがたわわに実り、風に吹かれてぼたぼたと落ちはじめている。
アンドレはオスカルと違って決して子どもたちと剣の手合わせはしない。
親子とはいえ、手合わせする時は本気だし、真剣だ。
ジャルジェ家に引き取られた頃から、だんなさまとオスカルの丁々発止のやりとりを見てきた身として、オスカルがだんなさまの役をするなら、自分は奥さまの役目を果たさねばならないと思うのだ。
そうでなければ子どもの側に息をつくところがない。
だから…。
アンドレはどんぐりを拾い、細く削ってとがらせた小枝と組み合わせて、馬や牛を作っている。
もうすぐ稽古を終えた母子がテラスに戻ってくるはずだ。
テーブルに並んだ細工物を見つけたらどんな顔をするだろう。
想像するだけで楽しくなってくる。
実は、片眼が見えないアンドレにとって細かい細工はなかなか難しい。
けれど、子どもたちの笑顔を見るために、コツコツと作っている。
案の定、息を切らした双子がテラスに駆け戻ってきた。
「何を作っているのですか?」
ミカエルが目をキラキラと輝かせながらじっとどんぐり細工を見つめている。
「何に見える?」
「こっちは馬、こっちは牛に見えます」
「正解!」
とたんに破顔するミカエルに「わたしだってわかっていたよ」とノエルが吠える。
「ではノエル、こちらはな〜んだ?」
たった今できあがったものを前に並べる。
「んーとね、んーとね…うさぎ!!」
「そのとおり!」
ほらね、という顔でノエルはミカエルを見た。
もちろんミカエルもわかっていた。
長い耳が2本突き刺さっているのだから、一目瞭然なのだ。
だが、優しいミカエルはニッコリ笑って「ノエル、すごいね」と言ってやった。

そこへオスカルが子どもたちの剣と自分のものと3本抱えてやってきた。
「稽古の後の始末が大事だとあれほど言っているだろう」
ぶつくさとこぼしている。
「上達の基本だぞ」
こどもたちをにらみつける。
双子は震え上がるかと思いきや、すでに慣れっこになっているらしく振り向きもしない。
大したもんだ、とアンドレは我が子ながら感心する。
「何を作っているんだ?」
テーブルの上に小さいものにようやく気づいたらしい。
「ちょっとしたお遊びだよ」
「なかなか器用ではないか」
剣をテラスの柵にたてかけて椅子に座った。
アンドレは用意していた2本の小刀を双子に渡し、やってみろと促した。
二人は奪い合うように小刀を取ると、どんぐりを探しに走っていった。

「昔からおまえは剣より小刀のほうが得意だったな」
「まあ、剣はベルサイユで初めて触ったけど、小刀のほうは物心ついたころから使っていたからな」

テラスを風が吹き抜けた。
サワサワと茂みが揺れる。
穏やかな日々。
平和な日々。
今朝ほど、パリでヴァンデミエールの反乱が鎮圧されたとの知らせが届いたばかりだ。
王党派による暴動をナポレオンが大胆な戦法であっさりと鎮圧し、彼が国内総司令官に任命される契機となった事件である。
アランもナポレオンのもとで参加していたと、ロザリーの手紙に書いてあった。
アランは戦いのさなかにいるのだ。
砲弾をくぐり、流血を目の当たりにし、少しでも良きフランスを作ろうとその身を捧げている。
ひるがえって、自分は…。
オスカルがそのように考えているだろう事が、アンドレには手に取るようにわかる。

「軍神マルスの子として生きる」と宣言していたオスカルである。
だんなさまから伝え聞いた奥さまが話してくださった。
それを止めたかったのだと。
だから縁談など出したのだと。
結果的に相手は違ったが、めでたくアンドレと結ばれ子どももでき、おかげで軍隊を退いたわけで、軍神マルスの子としては生きていない。
それは両親にとってはめでたいが、果たしてオスカルにとってはどうだったのだろうという思いが常にアンドレにはある。
特に、子どもたちと剣の鍛錬をしているオスカルを見ると、未練はたっぷりとあり、かなえられなかった夢を子どもに託しているのではないかとすら思える。
だがそれを話題にすることがアンドレにはできなかった。

片手に小刀、片手にどんぐりを握りしめて子どもたちが戻ってきた。
その後ろに、見慣れない軍服を着た男が立っていた。
「アラン…」
アンドレの声に、剣を磨いていたオスカルも顔を上げた。
生粋の軍人がオスカルに向かって見事な敬礼をしていた。



                            





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