アンドレとオスカルが暮らす屋敷に泊まる気には到底なれない。
まして子どもまでいて家族で暮らしているのだ。
わざわざ疎外感を感じることを好んでする馬鹿はいまい。
「例の方がもうフランスにはいないと確認できればそれでいいのです」
顔見たさに来たなどと、死んでも言えないアランは、またもや口から出任せを言ってごまかした。
「それは責任を持って保証する。未来永劫、あの方が王位につくことはない」
オスカルは力強くうなずいた。
もうフランスに王は要らない。
ルイ16世はフランス最後の王であり、マリー・アントワネットは最後の王妃であるべきなのだ。
もしルイ・ジョゼフ王太子が存命であれば、あるいはオスカルは聡明で美しい王子が治めるフランスを思い描いたかもしれない。
だが、かの方は天に召された。
わずか6才で…。
フランスは国民が治める国となったのだ。
「ならば安心です」
アランもうなずいた。
そして立ち上がった。
お茶の時間は終わりだ。
気持ちにケリを付けねばならない。
この人の配下からナポレオンの配下になるのか否か…。
決めるのはアラン自身だ。
「アラン、副官としてナポレオンにつくならば、ぜひ見ていてくれ」
突然オスカルが言った。
「なにを?」
「彼がしようとすることを…」
「…」
「彼がまことに偉大な指揮官であるならば、フランスの救世主となるだろう。だがその分、強大な力を身につけることになる。そうなったとき、ナポレオンはあの7月14日を忘れずにいるだろうか。おまえたちが命がけで闘い勝ち取った栄光の日。その精神が彼によってより強化されるのならいい。いや、そうならなければならない。それをそばで見届けてほしいのだ」
アランの胸の中を一陣の風が通りすぎた。
副官就任依頼が来てからずっと心の中を占めていたことだった。
騒ぐ軍人の血の声に唯々諾々と従って良いのか。
なんのために軍人でいるのか。
その答えを今、オスカルが口にしてくれた。
7月14日の精神を守るためだ。
軍隊の力は大きい。
平時はもちろん、非常時にはその存在がフランス全体をゆるがしかねない。
そして、対フランス連合を形成して攻め寄せてくる周辺諸国と、これからフランスは戦い続けなければならない。
革命を守るために。
だが、ナポレオンは7月14日を肌で知らない。
あの熱い日。
すべての楔を断ち切って新しいフランスを作るため命をかけて闘った。
フランス革命の始まりの日。
フランスのこれからの道と、そこに大きな影響を及ぼすであろうナポレオン。
その双方の行方を見届ける役目をアラン以外の誰が担えるか。
外からではなく内側から監視するのだ。
アランはするべき任務をようやく見つけた。
副官になる。
フランスのために軍人で居続ける。
来て良かった。
「おまえがいれば安心だ」
オスカルは心の底から嬉しそうに笑った。
アランは、目頭が熱くなるのを隠すため姿勢を正して敬礼し、踵を返した。
そして颯爽と立ち去った。
…はずだった。
少なくともアランはそのつもりだった。
が、どうも足が進まない。
とても重いのだ。
ふと見ると、両足を2人の子どもに抱えられていた。
ミカエルが右足に、ノエルが左足に抱きついていた。
「な…なんなんですかあ?!!」
普通の子どもなら、軍人のこの音量の声に怯むはずが、日頃母親の怒声に鍛錬されている2人は、まったく気にしていない。
馬の耳に念仏、馬耳東風、のれんに腕押し…いや違う。
何が違うかわからないが…。
「ねえ、もう少しお話しして行って〜」
こんな子ども相手に何を話せと…。
「ヴァンデミエールの戦いってどんなだったの〜?」
話したところでわかるのか…。
「母上と勝負してみて〜」
とんでもない!絶対に嫌だ!!
アランの心の声などお構いなしで2人はしがみついている。
「ちょ…ちょっと…は、離して…。おい、アンドレ!なんとかしろ!!」
アランは、力づくで引き離すこともできず、両手をバタバタとさせ、アンドレに向かって叫んだ。
「悪いな、アラン、2人ともどうやらおまえがことのほか気に入ったみたいだ」
アンドレはどこ吹く風で笑っている。
「た、隊長…」
やむなくオスカルに救いを求めた。
「誇り高き軍人は子どもたちのあこがれなのだ。ちょっと訓辞でも垂れてやれ」
「そ、そんな…!」
「母上とが無理ならわたしと手合わせしようよ〜」
勘弁してくれ…!
なんとか離れてもらおうとアランは両手を合わせて頼み始めた。
「頼みます、離して下さい…」
だが、双子は一層しっかりとひっついてくる。
アランは泣きたくなった。
パリから遠く離れたノルマンディーの空はどこまでも青い。
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