オスカルがノルマンディーに引き上げるまで、アランは国民衛兵に所属していた。
これはオスカルがいたフランス衛兵隊とは別個のもので、1789年のバスティーユ襲撃直後、ラ・ファイエット侯爵が最高司令官に選ばれ、士官も選挙で選ばれたという新しい組織である。
バスティーユの英雄であったアランも当然のように士官に選出され、任務に励んでいたわけだが、1794年7月27日のテルミドールの反乱のあとは、国民衛兵はあろうことか王党派の指揮下に収まってしまった。
アランは、そんなところにいるのはまっぴらゴメンだと思ったが、その頃、オスカルがルイ・シャルル救出の為にパリに出てきていた。
そして救出作戦にはアランの軍人としての立場が是非とも必要とされた。
ために辞めるに辞められなくなった。
もちろんアランはそのようなことをオスカルの前で口にしたことはない。
アランは自分語りをする男ではなかった。

オスカルが無事にルイ・シャルル救出を果たし、身代わりのルイ・ジョゼフも救い出してノルマンディーに引き上げてしまうと、アランはさっさと辞表を提出した。
つまりこの3カ月ほどの間、アランは軍人ではなく一般人だったのである。
そして古巣の国民衛兵が王党派の指示のもと、ヴァンデミエールの反乱を企てていると知って、居ても立ってもいられず鎮圧軍の元に駆けつけた。
このあたり、非常にアランらしい。
どんなに腐敗していても革命は守らなければならない。
アランがナポレオン・ボナパルトに出会ったのはその時だった。
ナポレオンは鎮圧軍の実質的な司令官だったのだ。
 
「ほう…!パリ市内で大砲をぶっ放したのか!」
オスカルはアランの語る大胆な戦法に感嘆の声を上げた。
「まったく、大した度胸でした。おれもそれしか勝つ方法はないと思ってましたがね。実際にできるかというと、やはり被害も相当なものになりますから…」
だがナポレオンは一切躊躇しなかった。
勝利への道がそれしかないならば、犠牲は仕方ない。
ましてコルシカ島出身の彼に、パリの町並みや文化財への愛着などみじんもない。
大砲で破壊することは最善の選択肢だった。

「一度だけ、わたしもそいつに会ったことがある」
思いがけないオスカルの言葉だった。
「いつですか?」
「三部会が開かれる前後だったと思うが…」
広場ですれ違っただけである。
だが、その恐ろしく透徹した眼差しに、身震いした。
鷲の目、帝王の目をしていた。
「そう、そういう目をしてますよ。まだ26才だっていうのに。人の心の奥底まで凍らせる…」
「アランが言うのだから間違いないな。やはり頭角を現してきたか」
「はい。ただ冷徹なだけなら部下はついてこないんですがね、いざ戦場となると誰よりも熱いんです。そして怯まない。だから兵士から圧倒的に支持される…」
「根っからの軍人だな」
「そうです。そして根っからの指揮官です」
「そうか。フランスはしばらく周辺国との戦争が続く。案外救世主かもしれないな…。で、おまえはそのナポレオンのもとで新たな活躍を、ということか?」
「副官にとの話が来ました」
「さすが人を見る目があるな」
オスカルはニヤリと笑った。

「遅くなってしまって…」
料理人の妻のコリンヌがお茶のセットを持って来た。
「アゼルマは庭仕事の手が離せないというので。すみません」
アゼルマは庭師の妻である。
この時間ならアゼルマのほうが手が空いてるかとアンドレは思ったのだが、読みが外れてしまったようだ。
双子は、それぞれ菓子の入ったかわいい箱を持ってコリンヌの後ろにいる。
少しおっかなびっくりの様子でアランを見つめるミカエルと、興味津々で軍服に触りたそうなノエルである。

「アラン、息子のミカエルと娘のノエルだ」
アンドレが紹介した。
そう言われてもまったく同じ顔をしているのだから、アランにはどっちがどっちかわからない。
自己紹介すべきなのかすらわからない。
こんなチビ相手にどうしろというのだ。
すると、オスカルが言った。
「こちらは、フランス国内軍副官のアラン・ド・ソワソン」
「隊長!まだ正式に発表された訳じゃ…!」
「いいではないか、その軍服は国民衛兵のものではない、すでに内諾してあるのだろう?」
「…」
アランは無言で顔を背けた。
オスカルの言う通りだった。
ここへ来ると決めた時、着ていく服に困った。
まさか昔の軍服とはいかず、かといって国民衛兵はすでに解体されている。
ちょうどナポレオンから装備一式が届けられた。
返事を渋るアランへの催促でもあったのだろう。
とりあえずそれを着た。
だがナポレオンに直接返事はしていない。

「隊長だって?!」
ノエルが大きな声を出した。
「ねえ、母上が隊長なの?」
アランに問いかける。
「あっ…、まあ、その…はい…」
ああ、こんな子ども相手に何を言っているのだろう。
だが、金髪の蒼い瞳が二つ並んでいて、しかもじっと見つめられると、なぜだか心がざわついて、うまく言葉が出てこない。
「父上じゃなくて母上が?」
ミカエルが父に尋ねる。
「そうだよ。この偉い軍人さんはね、母上の部下だったんだよ」
アンドレが答える。
「えー?!」
二人の声が見事に重なり、一人分にしか聞こえない。
音量は二人分だが…。

「そうなんだ〜。ねえ、母上って怖かった?」
ノエルの質問にオスカルの眉がピクリと動いた。
思わずアランはコリンヌがいれたお茶に手を伸ばした。
ゴクリと飲む。
フー…と息をつく。
そしておもむろに口を開いた。
「決して甘い隊長ではなかった…です」
なぜだか敬語を使ってしまう。
オスカルの子どもではあるが、アンドレの子どもでもあるのに…。
「やっぱり〜!!」
またも二重唱。
「わたしたち、今、母上に剣を習ってるんだけど、ホントにこわいんだ」
「そうそう。もうね、ヘトヘトになるんだよ」
次々と声が上がる。
「馬鹿者!あれしきの稽古で何を言うか!」
オスカルが一喝した。
懐かしい…、とアランは涙ぐみそうになった。
この声で怒鳴られたなあ…。
何度も何度も…。
「アラン、感傷にふけるな!」
「す、すみません!」
ナポレオンの副官も形なしである。

「ねえ、剣はどちらが強かったの?」
「もしかして母上より強い?」
「きっと軍人さんのほうが強いよね」
「うん、強そうだよね」
代わる代わる声がかかる。
なんと答えて良いのかわからない。
どれに反応して良いのかもわからない。
「アランが相当の使い手であることは間違いない」
オスカルが断言した。
「わたしの生涯で最高の相手だった」

最高の相手。
剣の…。
そう、人生ではなく、剣の…。
最高の剣の相手…。

「さあ、もうおしゃべりはいいから、せっせとお食べ」
アンドレが、子どもたちの口に次々と菓子を放り込んだ。
子どもたちはもぐもぐと菓子を食べた。
オスカルがお茶を飲んだ。
アランは黙って菓子を食べた。
コリンヌがアランのカップにお茶のお代わりをいれてくれた。






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