終  焉

【6】


久しぶりのパリの夜が、このような形になるとは…。

アンドレは、暖かく迎えてくれたラソンヌ一家との夕食を終えて、ようやくオスカルが閉じこもってしまった部屋に戻った。
もう寝ているのでは、と思っていたがやはりそれは甘い考えで、オスカルは蒼白のまま暖炉の前の揺り椅子に座っていた。
医師が用意してくれたこの部屋は、おそらくこの家でも最上級の客間で、豪華ではないが寝台と数脚の椅子、大小のテーブルが配されたそれなりに落ち着いた部屋だった。
暖炉脇の扉は、寝台が一つあるだけの小部屋に続いている。
そして今そこにはルイ・ジョゼフが横たわっているはずだった。

きっと泣いていたのだろうが、オスカルの瞳はもう濡れていなかった。
無表情にしていることが、かえって心情を表している。
処刑されたルイ16世本人、その妃マリー・アントワネット、その子女マリー・テレーズとルイ・シャルル。
誰の心に自身の心を寄り添わせてみても、涙以外出てこない。
だが、どんなに泣いても王は帰らない。
フランスは王を失った。
いや、王を抹殺したのだ。

オスカルが人の不平等を嘆いたとき、王を殺そうと思ったか?
アンドレが身分の差を恨んだとき、王をギロチンにかけようと願ったか?

断じて否である。

廃したかったのは制度である。
人ではない。
だが制度を変えようとして、人の命を奪ってしまった。
それは本当に仕方のないことだったのか。
本当に必要なことだったのか。

今度は答えが見えなかった。

仕方がなかった気もする。
だが一方で違う方法があった気もする。

ロベスピエールやサン・ジュストは当然だと言うだろう。
事実、国民議会でそう演説している。

「ルイは死なねばならない」と。

公正な投票が行われ議決されたことだ。
国民であるならば受け入れなければならないのだろう。
だが、それは正しいことなのか?
いみじくもルイ自身が最期に願ったとおり、彼の血がフランスの礎となり、この国は幸福へと前進できるのか?

王の死によって何かが終わった。
何が終わったのかわからないが、確かに終わった。

「終焉だな…」
オスカルが暖炉の火を見つめたままぽつりと言った。
薪が一本、はじけて火の粉が小さく飛び散った。
その一本は静かに燃え尽き、それでも周囲の薪が燃え続けているおかげで、部屋の暖かさは保たれていた。
「何も口にしていないが、大丈夫か?」
まったく現実的なことを、アンドレはあえて尋ねた。
「そうだったか…?」
オスカルがうつろに答える。
「食べたものを忘れるのは単なる物忘れだが、食べたかどうか忘れるのは感心しない」
アンドレはこの話題にオスカルを引き込もうと試みた。
「フン…。人間とは面倒なものだな」
「生きとし生けるものの宿命だ。食わねば生きられん」

「食べて、生きて、死んで…」
オスカルの言葉が途切れた。
アンドレの目論見ははずれた。
結局、話題はそこに帰って行く。
「だが、人はまた生まれもする。おばあちゃんのように、子、孫、ひ孫とつながっていくんだ」
死の話題が国王ではなく祖母に行くようそらす。
「そうだ」
オスカルが大きくうなずいた。
乗ってきてくれたのだろうか、アンドレは心の中でそっと祈る。

「陛下にはまだ二人のお子がいる」
やはり、話は王に戻っていく。
オスカルは背もたれにから背中を離し、まっすぐにのばした。
「もともとルイ・ジョゼフは、二人のお子さまのための計画を立てていたのだ。だから我々のなすべきことを何ら変更する必要はない」
ようやくオスカルはアンドレに視線を移した。
「ルイ・ジョゼフはどうしている?」
「あっちにこもったままさ。まったく似たもの同士の師弟で困ったもんだ」
アンドレのぼやきは完全に無視して、オスカルは立ち上がった。
「アンドレ、厨房から何か食べるものを取ってきてくれ。いいか?わたしとルイ・ジョゼフの二人分だ」

アンドレはすぐに部屋を出た。
ブルボン王朝は終わった。
フランス王国も終わった。
だが、オスカルも俺も、ルイ・ジョゼフも終わってはいない。
アンドレは厨房で三人分の食事を確保した。
部屋ではオスカルとルイ・ジョゼフが待っている。
さあ、これからだ。










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