公現祭の日に双子が生まれた。
神の福音だ。
母とディアンヌが、その話題でずっと盛り上がっている。
もう何度も聞かされてうんざりしているアランは、ただ新聞を読んでいる。
先程ベルナールから届いたものだ。
ロザリーがノルマンディーに行ってしまい、突然一人暮らしになったベルナールは、今まで以上に仕事一筋になったようで、新聞発行回数がやたらと増えた。
出せば売れるし、売れれば金が入るのだから、書きまくっているのだろう。
などというのはいわゆるなんとかの勘ぐりで、ベルナールは寂しさを埋めるために書いているのだ。
それがアランには痛いほどわかる。
アラン自身、最近は軍制改革に没頭している。
それは周囲に望まれた事であるには違いないが、自分にも忘れたいことがあるゆえの逃避でもあった。
「男の子と女の子ですって。しかもオスカルさまそっくりの金髪碧眼ですって…!」
ディアンヌの情報源はクリスであり、クリスの情報源はジョゼフィーヌだった。
オスカルの姉からの話である。
嘘偽りのあろうはずがなかった。
「お名前は、男のお子様がミカエル、女のお子様がノエル」
「本当にいいお名前だわ。ぴったりね」
「いつかお目にかかれるかしら?」
「そうね。いつかこの目で拝見したいわね」
「ねえ、お兄様もそうは思われないこと?」
ディアンヌは屈託なく会話に兄を引き込もうとする。
アランは聞こえぬふりで新聞を読み続ける。
めずらしく三人そろって家にいるというのに、ずっと黙り込んで、声をかけても上の空だ。
ディアンヌは同情のこもったため息をついて、お茶をいれた。
「はい、どうぞ」
カチャリと音をたてて置かれたティーカップに目もくれず、左手を宙にさまよわせながらアランは取っ手をつかんだ。
「お兄様、手元をちゃんとご覧にならないと、こぼすわよ」
まるで弟に言い聞かせているようだ。
案の定、揺れて溢れた紅茶がアランの膝をぬらした。
「あっつ…!」
「ほら、ごらんなさい」
「熱いぞ!」
「いれたてですから当たり前です」
「くっそ〜!」
ソワソン夫人がタオルを持って来てアランに渡した。
ゴシゴシと拭き取る。
「ところで、お兄様、今日はどうしてうちにいらっしゃるの?」
「休暇だ」
「まあ、めずらしい!今まで一日もなかったのに…」
「だから、だ。部下たちが、頼むから休んでくれってうるさいんだ。あいつら自分が休みたいからって…」
「あらあら、そういうことですか」
「無理矢理一週間休めと言ってきた」
「一週間?そんなに?お引っ越しの時だって休めないとおっしゃっていたのに…。ねえ、お母様?」
「そうですよ。女2人で荷造りからなにから大変だったんですよ」
ソワソン一家はつい先日、ラソンヌ家のすぐ近くに越してきたのだ。
これで出勤が大層楽になり、ソワソン家、ラソンヌ家双方にとって効率的で便利になった。
新居は医師宅から徒歩3分である。
「ヘッ!明日には出勤してやる」
母と妹は顔を見合わせた。
「まじめになったものねえ…」
「本当に…、別人みたい…」
急にアランが真顔になった。
「誰か来たぞ」
「え?呼び鈴はなっていないけど…」
ディアンヌが振り返った時、部屋の扉が開き、クリスが蒼白の顔で立っていた。
「クリス!どうなさったの?」
「マダム…!」
それきり言葉が続かない。
ただ事ではない。
常に冷静沈着な人だ。
こんなに取り乱して、呼び鈴もならさず入ってくるとはよほどのことだ。
夫人はクリスに駆け寄った。
「父と母が…」
「ご両親が?」
「うちが燃えたって…」
「まあ!」
「それでご無事なの?」
ディアンヌも震えるクリスの手を取り肩を抱いた。
「とりあえず近所の人が担ぎ出してくれたらしいのだけど、そのあとのことはわからないの…。手紙にはそれだけしか書いていなくて」
ついさっき、休診日のラソンヌ邸に早便が来たらしい。
故郷から宿を次いで届けられた手紙は、父の従弟からだった。
「すぐにおうちにお帰りなさい!」
ソワソン夫人が言い切った。
「え?」
「2便、3便の知らせが来るとは限らないわ。それより自分の目で確かめてきなさい」
「でも…患者さんが…」
「今はご両親も患者さんよ。しかも重症の!」
クリスは黙り込んだ。
今度はディアンヌが聞いた。
「クリス、おうちはジヴェルニーだったわね?」
「ええ、そうよ…」
「お兄様、すぐにクリスを送ってあげて!」
「え?」
「馬、あるんでしょ?すぐに仕度して!」
ソワソン夫人が大賛成した。
だからアランは逆らえなかった。
クリスは、常になく動揺していて、自分では決断できないようだ。
だから夫人とディアンヌの指示にうなずくことしかできない。
「いいこと?今から一旦帰って旅支度をして来るの。そしてアランと一緒に出発するの。私とディアンヌも一緒に先生の所に行きますから、あとの心配はいらないわ。さあ、アラン、馬の仕度をしてきて!」
冗談ではなさそうだった。
ジヴェルニー?
ルーアンに行く途中か?
パリから70qぐらいだったはず。
今から馬を走らせて、今日中に着くのか。
アランが諸々考えている間に、女3人はバタバタと新居を出て行ってしまった。
こぼれた紅茶のあとがようやく乾き始めていた。
HOME
MENU
NEXT
BBS
※こちらは「悲喜こもごも」のあとの挿話です