突然の将軍の呼び出しに驚いたアンドレは、将軍夫妻の居間での、あくまで内密に、
と念を押されたその話にさらに驚愕の色を隠せなかった。
長く仕えてきたこのジャルジェ家で、従僕の習性として、感情を面に表わさないよう心
がけてきた彼ではあったが、このたびだけは、その仮面も姿を消していた。

将軍は窓辺に、アンドレに背を向けて立ち、腕を後ろ組にして、言葉を継いだ。
「おまえ、わしの眼をごまかせると思っていたのか。甘いな。わしはオスカルほど甘く 
はない。」
心なしか、笑みさえ浮かべているのではないかと思えるほど、将軍の声は機嫌が良
い。
話の内容は決して楽しいものではないはずだが。
立ちつくすアンドレに、椅子にこしかけた夫人が、優しく声をかける。
「ラソンヌ先生が確かめてくださったのですよ。そして間違いないと。」
「わしが、命じておいたのだ。おまえの残された眼は本当に見えておるのか、と。」
カードゲームの賭に勝つべくして勝ったときのように、将軍はさらに声を弾ませる。
それをたしなめるように夫人は一度夫に目をやったあと、アンドレに向き直り、微笑み
かけた。
「今は、まだ時々かすむ程度でしょう。けれど放っておくと、どんどん悪化して、いつか
見えなくなることもあるそうです。」
アンドレの心臓が早鐘を打つ。
最近見えづらいことが主人に知られてしまっている、それも恐れ多いことだが、このま
までは見えなくなる、まさか…。
「それは、残された目に過度に負担がかかっているから、と先生はおっしゃいました。」
夫人の声はあくまで優しい。衝撃的な話を聞いているはずなのに、心を暖めていく。
 「あのとき、あなたはオスカルを救うため、先生のご指示に反して、包帯をはずしまし
た。おかげであの子は無事に帰ってきました。どんなに感謝しているか‥。」
「それは、私が勝手にしたこと…。」
アンドレは慌てて言葉を返す。 
そうだ。誰に命じられた訳ではない。
黒い騎士を追ってパレ・ロワイヤルに単身乗り込んだオスカルを救うには、自分も黒い
騎士に扮するしかなかった。
たとえそのために失明する危険があったとしても…。
アンドレの心の中の葛藤にかぶせるように将軍の声が響く。
「とにかく、黒い騎士の件といい、今回の馬車襲撃の件といい、おまえはよくやってくれ
た。主家のために命をかけてくれているおまえに、わしらも報いねばならん。」
「あの‥」
主人の思いがけない言葉にアンドレはとまどうばかりだ。
「時間はかかるそうですが、治せるそうですよ。あなたのその右眼は…。先生のもとで
適切な治療さえ受ければ‥。私達はぜひ治してもらいたいのです。」
夫人のあくまで優しい言葉と声音が、アンドレの心を静かに包んでいった。



    

は じ ま り

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