あわただしい荷造りだった。
なにしろ、昨日までベッドに寝ていたのだ。
パリの留守部隊へ行く途中、オスカルとともに乗り込んだ馬車が民衆に襲われ、アンド
レが大けがを負ったのが2週間前だった。
彼が必死でかばったことと、通りがかったフェルゼン伯爵がとりあえずオスカルを救い
出してくれたことで、オスカルは軽傷だったが、アンドレはしばらく立ち上がることはお
ろか、食事もまともにとれないほどの重傷を負った。
そして昨日のラソンヌ医師の診察でようやく床上げの許可が下り、明日から衛兵隊の
勤務に復帰することになっていた。
今朝、出勤を見送りに出たアンドレに、オスカルは、それはそれはうれしそうに言った
ものだ。
「やっと、明日から一緒に行けるんだな」
「ああ。長い間、迷惑かけたな」
「なにを言ってる!今回のおまえの怪我は全て私のせいだ。またおまえを傷つけてしま
った」
うれしそうだったオスカルの顔がたちまち曇った。
「いい休養になった。前より元気になったくらいだ」
できるだけ明るい声でアンドレは答える。
 −もう気にするな。俺に負い目を感じるな。−と、心の中で叫びながら。
「明日には、おまえが来るなと言っても行くさ」
「ん‥、では、行って来る。おまえも明日からの用意をしておけ。勘がにぶってるかもし
れんぞ」
明日の話になって気を取り直したオスカルは、もう一度アンドレに笑顔を見せると馬車
に乗り込んだのだ。

しかし、今、アンドレがしている用意は、衛兵隊復帰のためのものではなく、パリのラソ
ンヌ医師のもとに行くためのものだ。
アンドレの右眼の視力が奪われかけていることを、もしオスカルが知ったら、さらに深
い負い目を与えてしまう。
できればオスカルには何も知らせないまま、アンドレの視力を回復させたい。
それが将軍と夫人の願いであり、もちろんアンドレにとってもそれは同じことだった。
そのため明日からの職場復帰はとりやめにし、休暇を延長してこのままラソンヌ医師の
ところで治療をうけることになったのだ。

「あれが戻ってくると話がややこしい。あれのおらん間に出発するのだ」
将軍の厳命だった。
オスカルの心情も、自分の症状も、ともに思いやってくれる将軍の温情に、アンドレは
感謝の念を禁じ得なかった。
「あれには、ジャルジェ家の私用で、アラスの領地に使いに出したとでも言っておく。お
まえも帰ってきたら、そのつもりで話を合わせろ。家のもので知っているのはわしら夫
婦とおまえだけだ。ばあやにも言うな。ばあやはオスカルに弱い。問いつめられれば
白状しかねん」
どこまでも行き届いた主人であった。
アンドレは着替えなど身の回りのものを鞄につめ昼下がりには出発した。
家中の使用人もばあやも、突然のアンドレの出立に大層驚いていたが、何せあの旦
那様が、大声でアンドレを呼びつけ屋敷中に響き渡るように、すぐアラスへ行けと命令
されたものだから、そしてまた、アンドレが非常に手際よく旅支度をととのえて出ていっ
たものだから、口を差し挟む余地など誰にもないことだった。
そして夕刻には、アンドレを載せたはずの馬車が戻り、アンドレは一旦パリに出て、そ
こで馬車を雇ったと報告した。
長期にわたる出張にジャルジェ家の馬車を使ってはお屋敷がご不自由だろうから、と
いうのがその理由だった。




は じ ま り

〈2〉