夕陽が窓から差し込み、そのまぶしさにオスカルは少し目を細めた。
手元の書類をとんとんと揃え、決裁済みの箱に入れる。
われながらよくはかどった、と自分で自分をほめてやった。
実際、アンドレが休んでいるこの2週間というもの、書類のたまる早さが尋常では
なかった。
おそらく今までは、わざわざオスカルの決裁をあおがなくとも、とアンドレが判断した
書類は、廻ってきていなかったのだ。
器用なアンドレは、オスカルのサインくらい簡単に真似る。
そして用件だけをオスカルの耳にいれておく。
何の問題もなかった。
−明日からアンドレが復帰する。−
もう何回心の中で繰り返しただろう。
馬車の中、司令官室、練兵場、ただ移動のために通る廊下でさえも、オスカルはア
ンドレの不在を痛いほど感じさせられていた。
「失礼します」
オスカルが声の方に顔をあげると副官のダグー大佐が入ってきた。
手に一枚の書類を持っている。
そしてその顔には心なしか、とまどいの色が浮かんでいる。
「どこかからまた書類がまわってきたのか、大佐。今日ははかどったからすぐに目
を通 せるぞ」
「あの、隊長、アンドレ・クランディエのことですが」
「アンドレがどうかしたか。明日から復帰するが」
喜びを努めて面に出さないようにしているが、やはり声が弾んでいる。
ダグー大佐は困ったように答えた。
「実は、たったいま、ジャルジェ家から使者がまいりまして、アンドレ・グランディエの
休暇延長願いを提出していきました」
「なんだと!」
「やはり、隊長はご存知ないことなんですね」
「聞いていない。理由は何だ?今朝はあんなに元気だった。また悪くなったのか?」
見る見る内にオスカルの顔色が変わる。
ダグー大佐から書類をひったくるように受け取ると急いで文面を追う。
「伯爵家私用につき‥‥。何だ、これは!?」
ダグー大佐も弱り果てている。
大佐自身、アンドレ・グランディエの復帰をどれほど待ち望んでいたことか。
書類が溜るだけではない。
各部隊との連絡ミス、ブイエ将軍への報告の遅滞、そして何よりも隊長の機嫌の悪さ。
隊長が自覚されていたかどうかは知らないが、はじめの一週間ほどは暇があればた
め息をついておられた、とダグー大佐は思う。
さすがにここ数日は、アンドレが順調に回復しているらしく、隊長も落ち着いてこられ
ていた。
まして今日は、昨今にめずらしいほど機嫌がよかったのだ。
そう、たった今まで。
「とりあえず、今日の仕事が片づいておられるようですから、今すぐお帰りになって、
確認されてはいかがですか」
「悪いが、そうさせてもらう。大佐、あとのことは頼む」
相当頭に来ているのだろう。
休暇延長願いを机にたたきつけると、オスカルは飛び出すように司令官室を出ていっ
た。
〈3〉