アンドレが屋敷で寝ている間のオスカルの帰宅は、日頃にくらべるとかなり早く、それが
2週間も続いていれば、屋敷の者たちも大概早い帰宅に慣れてきてはいたが、今日はま
た特別に馬車が戻ってくるのが早かった。
門番からの知らせで、執事やばあや、オスカル付きの侍女たちがあわてて玄関ホールに
集まってきたときには、オスカルはすでに階段を駆け上がっており、そのまま二階のアン
ドレの部屋のドアを荒々しく開けて叫んだ。
「アンドレ、どういうことだ!」
しかし、その部屋はしんと静まりかえり、昨日までアンドレが横になっていたベツドもきれ
いに整頓されていた。
うしろからやっと追いついてきたばあや達に鋭い眼差しを向け、
「アンドレはどこだ?」
と尋ねた。
オロオロしながら、ばあやは答える。
「旦那様の急の御用でアラスへ参りました」
「アラス? 病み上がりの身でそんなところに。父上はどこにおられる? 」
「宮廷に奥様とともにあがられました。お帰りは深夜になるそうです」
これもまた、ビクビクしながら執事が答える。
オスカルは振り上げた刀の下ろし場所がないことを知らされた。
仕方なく自室にひきあげ、軍服を脱いだ。
なにがどうなっているのか、見当もつかない。
今朝のアンドレは、確かに明日から復帰すると言っていた。
ラソンヌ先生の太鼓判つきだったはずだ。
それなのに、なぜ今はいない?
それにいくら父上の急な御用だといっても、私に断り無しというのはどういうことだ。
アンドレに何か命じるのなら、まず私を通すべきだろう。
どんな急用なんだ。
ひとり悶々と考えていても、頭の中は堂々巡りを繰り返すばかりで、腹の中は煮えくりか
えっている。
侍女が晩餐の用意ができたと呼びに来たが、食欲など全く感じない。
両親とも宮中なら、たった一人の晩餐だ。
アンドレが給仕についてくれるならまだしも、今夜はそれもない。
軍人として、出されたものは残さず食べるという習慣がついているはずのオスカルだった
が、今夜のそれは拷問のようだった。



は じ ま り

〈4〉