夏の気配が色濃く残るサン・クルー宮殿に、フェルゼン伯爵が伺候した。
まだ幼顔の小姓がひとり付き添っている。
十五歳を迎えたかどうか、随分ときゃしゃな体つきの少年だ。
先日までは、割合がっしりした黒髪の少年だったのだが、ここ最近、フェルゼン伯爵の小姓は取っ替え引っ替えだから、誰も気に留めない。
ベルサイユを出てから、王妃との親密さは増したものの、その分家族水入らずの王家を間近で見る機会もまた増えるわけで、彼なりに思うことが色々とあるのだろう。
それを癒すのが若い女ならば、いかに王妃とていい気はしないはずだが、小姓というのは存外女性からは盲点である。
清廉そうでいて彼もなかなかやるな、というのが監視役であるコミューンの委員たちの一致した見解だった。

おかげで新顔の小姓は誰にもとがめられることなく宮殿に入ることができた。
随分無警戒に見えるが、実はフェルゼン伯爵の嗜好癖の噂に加えてもう一つ伏線があった。
上層部から、今日の警護には、バスティーユ陥落の英雄、アラン・ド・ソワソンがあたるという連絡があったのだ。
目的は警護体制の監察だ。
強面のアラン直々の指揮となれば、兵士の士気も引き締まり、本日の警護は万全のはず。
監視委員たちは、与えられた一室にこもり、安心して政治談義にふけっていた。

いまや一個大隊の司令官であるアランは、かねての不遇が嘘のように、好待遇を受けていた。
階級はあがり、その上実力が伴っているから、やつかみはあっても、それが表だっては出て来ない。
政治には口出しせず、ひたすら軍務に励む彼の目下の課題は指揮官の育成である。
にわか仕立ての国民衛兵隊の人材不足を補うために、彼はラ・ファイエット将軍の命を受け、めぼしい人材を見つけると、手元に置いてしばらく鍛え、順次各地の司令官として送り込んでいた。
こういう状況であるから、よほどの緊急事態でもない限り、自分の行動の決定権は自分で握ることが可能だった。
今日はサン・クルー宮殿を見る、といえば反対するものはいない。

この日のアランの従者は三人だった。
アランのお眼鏡にかなった幹部候補生ということだ。
鍛え甲斐のありそうな若者と、男にしておくのが惜しい美貌の金髪、そして際だって背の高い隻眼の黒髪である。
金髪と黒髪はアランより若干年齢は上に見えるが、現在の軍隊は実力主義であるから、部下のほうが年長ということは何も不思議ではない。
三人とも急ごしらえしたであろう軍服がうまく合わず、かなり着心地が悪そうだったが、それなりに様にはなっているし、アランの後ろを闊歩している姿もなかなか堂に入っている。

注意して見れば、四人の中でアランが一番緊張していることがわかるはずなのだが、無論誰も気づかない。
通りすがる兵士は皆一様に立ち止まり敬礼していく。
アランはわずかに顎を引く程度でそれを受ける。
貫禄充分の所作である。
だが、実は、その敬礼のたび、アランの後ろで金髪と黒髪がクスクスと笑っている。
我慢しようとはしているようだが、こらえきれない、といった様子である。
その笑い声に苛立ちと決まり悪さが交錯した顔で、アランが振り返ると、二人は素知らぬ顔で、首を左右に振り、いかにも真面目に巡回している風を装う。
「アンドレ、何が可笑しいの?」
若者が無邪気に尋ねる。
「いや、別に…。」
あのアランが、と思うとおかしくてたまらないのさ、とは言わない。
ひいき目を抜きにしても、アランの態度は、傲慢ではないが威厳があり、卑屈ではないが慎み深さがある立派なものだ。
これで笑われては、立つ瀬がなかろう。
だが、オスカルとアンドレは、つい二年ほど前の跳ねっ返りを思い出してしまうのだ。

「コホン…!」
苦々しそうにアランが咳払いをした。
「あそこの扉から国王一家は庭に出る。」
付き従う三人の視線が一斉にそちらに集まった。
「フェルゼン伯爵が同行していることが多々ある。その場合、散歩ということで、我々も声の聞こえない範囲での監視に留めている。」
常に他人がいるという暮らしは、王室の宿命である。
家族水入らずなど、生まれた時から存在しない。
出産でさえ、衆目の凝視する中で行われるのだ。
ならば、せめて周囲に置くものを気に入りの側近だけにしたい、というのが王妃の強い願望であったし、その結果がプチ・トリアノンであった。
けれど、宿命を拒否したものには、相応の反動が待っている。
プチ・トリアノンもベルサイユもすでに遠い世界になり、水入らずを手にした今、敬意の伴わない冷ややかな警護が彼らを取り巻いているのである。

オスカルの計画が順調ならば、まもなく国王一家は、フェルゼンと小姓を伴ってここから庭に出てくるはずだった。
数年前、国王が王妃のために購入した城であったが、庭園の手入れが行き届かず、雑草が木々の根元を覆っている。
それを踏み分けて四人はそれぞれ立ち位置を探した。
目立たない、けれどしっかりと目の届く場所。
これから起こることを見届けられる場所。
そのためにはるばるノルマンディーからやってきたのだ。
オスカルは固唾をのんで扉を見つめた。





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