翌日、フェルゼン伯爵からアンドレへのの呼び出し状は、ジャルジェ家ではなく、衛兵隊に届けられた。
なるほど、こうすればオスカルの目に触れることはない。
フェルゼンは、善人に間違いないが、こういう策謀は意外に得手であるようだ。
事務官は単なる連絡文書だと思い、いたって気軽に手渡してくれた。
見覚えのない差出人にいぶかりつつ、アンドレは封を切り、
「親愛なるアンドレ・グランディエ、ハンス・アクセル・フォン・フェルゼンだ」という一行目を読んでのけぞった。
疫病神からの招待状だった。
いや、決してアンドレはフェルゼンを嫌っているわけではない。
たとえ決して太刀打ちできない恋敵ではあっても、命の恩人であるし、オスカルもたびたび危機を救ってもらっている。
だが…。
フェルゼンは善意で大変困惑することをしでかしてくれるのだ。
せっかく無事戻れたというのに、今さら何用があるというのだろう。
アンドレはは戦々恐々の気分で続きを読んだ。
ノエルの夜、あわてて別れたので、身体が入れ替わっていた間にあった重大なできごとを伝え忘れた、とあった。
忘れるのは帰り道だけにしてほしい、とアンドレは心底切望した。
互いのからだが元に戻って一週間、別段困ることなく過ごしている。
それは単なる幸運で、その重大なできごとが話題になっていないだけなのだろうか。
それとも、実はオスカルにはそれとなく怪しむ節があって自分はためされているのだろうか。
そういえばノエルの夜、遅くに訪ねた自分との乾杯のとき、オスカルは「いつもの聖夜に…」と言っていた。
何かいつもと違うと感じていた証拠のようでもある。
これは、やはり直接伯爵から聞き出すよりほかあるまい。
アンドレは、やむなく指定された時間、指定された場所に行くことを決意した。
オスカルには適当な理由を言っておけばよかろう。
勤務後のことだから、とやかく言われることもない。
案の定、オスカルは、すんなり了解し、その夜は一人で帰ってくれた。
アンドレは、車寄せまでオスカルを見送り、馬の頭を撫でながら、
「オスカルを頼むぞ」
と声をかけ、オスカルが座席についたのを確認して、御者に馬車を出すよう指示した。オスカルは、心なしか優しい顔つきをしているように見えた。
それから司令官室に戻り、新年祝賀会にともなう警備の配置表などを作成しながら、時間が過ぎるのを待ち、定刻に待ち合わせの場所に着いた。
衛兵に怪しまれないよう、灯りは消していた。
小さな声で、「フェルゼン伯爵」と呼んでみた。
壁際から、「こっちだ」という声がした。
「お待たせしました」と言いながら、近づいたとき、アンドレの頭上でゴチンという音とともに、星が瞬いた。
決してあり得ないような異様な経験も、二度目ともなると、人間というのは学習能力を発揮するようだ。
強烈な痛みとともに、何が起きたかは、すぐに理解できた。
アンドレは頭を押さえつつ、ゆっくりと起き上がり、あえて見たくはないけれど、確認のため見ざるを得ないものを見た。
予想通り、自分がニコニコと頭をさすりながら立っていた。
何が起きたかはわかったが、なぜ起きたかがわからず、アンドレは率直に自分の格好をしたフェルゼンに尋ねた。
「せっかく戻れたのに、一体なぜこんなことを…?」
「悪く思わないでくれ。退屈な毎日にあきてしまったのだ。あのドキドキしながら過ごした日々をもう一度、と思うと我慢できなかった」
まったく悪びれる様子もなく、フェルゼンは言葉だけ謝罪した。
ああ、王妃さまとフェルゼン伯爵は退屈嫌いなところで惹かれ会ったのか、と妙に納得しそうになる自分を叱咤激励し、アンドレは常になく声を荒げた。
「冗談ではありません!これから衛兵隊は新年の行事に忙殺されるのです!あなたで務まるとお思いですか?」
「まあ、そうカッカしないで…。貴族の正月はのんびりできるよ。多忙極まる君へのわたしからのちょっと遅れたノエルの贈り物だと思ってもらえれば、大変ありがたいのだが…」
アンドレは平素おとなしいが切れると想像を超えた行為に出ることを知らないフェルゼンは、いたってのんきに構え、超ご都合主義の理由を並べ立てた。
「すぐに戻りますから、もう一度壁を上ってください!」
アンドレは叫んだ。
だが、今すぐ戻るくらいなら、こんな手の込んだ計画を立てるはずはない。
フェルゼンは、アンドレの提案を完全に無視し、
「馬は前回と同じところにつないであるから、遠慮なく使ってくれたまえ」
といかにも親切そうに告げた。
アンドレは仕方なく、自分が壁をよじ登った。
この際、どちらが落ちるかは関係ない。
とにかく二人の頭が強打すれば入れ替われるはずだ。
アンドレは、さっと壁に手をかけた。
そのとき、ガサッと茂みが揺れる音がして、人影が現れた。
闇夜の三日月の中、そのわずかな光を受けて輝く豪華な金髪は間違いなくオスカルのものだった。
「オスカル!!」
フェルゼンとアンドレは同時に叫んだ。
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