かたかごさま画
「オスカル、どうして…?!」
アンドレは言葉が続かない。
「挙動不審のアンドレをつけてきた。フェルゼン、どういうことだ?」
オスカルは、それがアンドレだとは思わずにアンドレを詰問した。
「こ、これは…、その…」
フェルゼンと呼ばれて、アンドレは口ごもるしかなく天を仰いだ。
オスカルは答えられぬフェルゼンに業を煮やし、今度はアンドレの格好をしたフェルゼンに矛先を変えた。
「アンドレ、どういうことだ?」
当然、アンドレと呼ばれたフェルゼンもしどろもどろである。
ここでオスカルが現れるというのは、完璧を期したはずのフェルゼンの台本にはなかったことだ。
「二人ともわたしのよく知る者同士。なぜわたしに隠れてこそこそ密会しているのだ?わたしに聞かれたくない話でもあるというのか?」
オスカルの語調は一層厳しくなる。
しかし、そう言いながら、もしかしてアンドレがあの日のことをフェルゼンに問いただそうとしたのでは、という想像がオスカルの頭を一瞬よぎった。
パリのカフェでフェルゼンに別れを告げられた夜、アンドレは鋭く察し、フェルゼンと何かあったのか、と聞いてきた。
もちろん答えなかったが、というか答える前に押し倒されたのだが、そのためにアンドレは直接フェルゼンに聞くという暴挙に出たのだろうか。
しばし沈黙したオスカルに、フェルゼンは頭をフル回転させて質問の返答を考えた。
フェルゼンとアンドレがこっそり会う理由。
オスカルに知られたくないこと。
何がある?
何ならオスカルを納得させられる?
突然名案がひらめいた。
フェルゼンはにんまりと笑った。
「オスカル。黙っていて悪かった。こうなってしまった以上、隠し立てはできない。正直に言おう」
アンドレのなりをして、いかにもアンドレが秘密を告白するという風に装い、フェルゼンは恥ずかしそうに告白を始めた。
「実は、先日、フェルゼン伯爵からお見舞いを頂いた御礼にお屋敷へ伺った」
アンドレは、目の前の偽の自分が何を言おうとしているのか皆目わからず、ただ目を点にしている。
「そのとき、伯爵家の侍女に…」
フェルゼンはいかにも恥じらうように言葉を切った。
「その…、いわゆる、非常にきれいな、というか俺の好みの女性がいたのだ…」
思いがけない伯爵の言葉にアンドレはあんぐりと口を開けた。
「な、何を言ってるんですか!?」
フェルゼンのいでたちであることがとんでしまい、つい敬語を使ってしまったアンドレに、余計なことを言わせないため、フェルゼンはあわてて、続きを話し始めた。
「まあ、その、なんだな。一目惚れというやつだ」
実際王妃さまに一目惚れした経験がある身だ。
どんな心境になるかは、逐一詳細に説明できる。
「彼女に会った瞬間に世界が変わってしまったんだ。今まで出会った女性は女性ではなかった、とさえ思った」
フェルゼンは18歳のとき、本気でそう思ったのだ。
だが、今、30歳を過ぎて、しかもアンドレの格好をしてそれを言うのはあまりにもちぐはぐだった。
しかもオスカルに告白したばかりのアンドレとしては…。
「ほ…う。そういうことだったのか」
オスカルが険しい目つきでアンドレのなりをしたフェルゼンを見た。
「ちがう!絶対違う!俺はそんな軽薄な男じゃない!」
アンドレは声を限りに叫んだ。
だがオスカルは本物のアンドレを見ず、偽物をにらみつけている。
あまりのことに正体をばらしかけるアンドレに、フェルゼンは必死で偽装を続けた。
「伯爵、今のはわたしの話であって、あなたのではありません。どうしてそんなに興奮なさっているのです?ああ、そうか、やはり怒ってらっしゃるんですね。恋のキューピットなどをお願いしたことを…」
フェルゼンはあくまで思いつきの話を真実で通そうと奮闘する。
なんといっても、我ながら素晴らしいストーリーだと思うのだ。
ジャルジェ家の使用人がフェルゼン家の侍女に一目惚れし、侍女の主に橋渡しを依頼しようと、こっそり密会する。
事ここに至った以上、この案で通すしかないではないか。
フェルゼンは必死の形相でアンドレに目配せし、話を合わせるよう合図を送り続けた。
だが…。
フェルゼンは大きな読み違いをしてしまった。
アンドレは切れるとコワイのだ。
ましてオスカルがらみのときは、尋常ならざる態度、行動に、一瞬の迷いもなく突っ走る。
「違う!オスカル。ああ、もうこの際何もかもぶちまけるぞ」
アンドレは大きく息を吸い、一気にまくしたてた。
「俺がアンドレだ!そっちで勝手なことを言っているのがフェルゼン伯爵だ。オスカル、いいか。俺がアンドレだ!」
こいつ、ばらす気か?
フェルゼンは信じられない様子で一歩あとずさった。
だが、ここで引くわけにはいかない。
せっかく苦労して計画し、痛い思いをして入れ替わったのだ。
ここであきらめてどうする、と自身を叱咤激励した。
「伯爵、気でも狂ったのですか?落ち着いてください」
フェルゼンはしらじらしくアンドレを取りなしにかかった。
「なにが伯爵だ?あなたが伯爵じゃないか!俺は、あなたが言い忘れたことがあるというから、こうしてやってきただけだ。それなのに…!」
「おかしいのはあなたの方ですよ。俺がフェルゼン伯爵だなんて…。どこをどう見ても、誰が見ても、フェルゼン伯爵はあなたです。オスカル、そうだろう?」
フェルゼンは自信たっぷりにオスカルに話を振った。
オスカルは、憮然とした表情で代わる代わる二人の男の顔を凝視した。
「確かに、間違いなく見た目はこっちがフェルゼンで、こっちがアンドレだ」
「そうだろう。そうに決まっている」
フェルゼンが嬉しそうにうなずく。
「だが…」
オスカルは、フェルゼンの格好をしたアンドレに視線を戻した。
「フェルゼン、おまえ、自分がアンドレだと言うのだな?」
アンドレは大きくうなずいた。
「俺がアンドレだ。以前に道に迷った伯爵を追いかけていって、壁から落ちてきた伯爵としたたかに頭を打った。そうしたら身体が入れ替わっていた。あまりのことにその場ではおまえに言い出せず、そのあと、二人でもう一度ぶつかってようやく元に戻った。ノエルの日のことだ。そしたら今日、伯爵からもう一度会いたいと手紙が来た。入れ替わっていた間におこった大事なできごとを伝え忘れた、と。それでおまえに内緒でここまで来た。そしたらいきなり伯爵が上から振ってきて、また入れ替わったんだ。信じてくれ、オスカル」
あまりに意外な話にオスカルは沈黙した。
「オスカル、伯爵と俺が頭を打ったことは事実だ。だが、身体が入れ替わるなんて、そんな馬鹿なことがあるわけはない。伯爵はあまりに強打して一時的におかしくなっているんだ。だからそんな話を信じるな」
フェルゼンはやっと手に入れたアンドレの身体を手放さないために、必死でオスカルに言いつのった。
「俺はあの侍女にもう一度会いたくて、それて伯爵に手紙を出して、ここに来てもらったんだ!」
「その侍女はそんなに好みだったのか?」
オスカルはサラリと尋ねた。
「ああ。もう一生に一度の恋だ」
「どんな女だ?」
「中肉中背、とびきりの美人。だがつっけんどんではなく愛くるしい。女神のように優しく上品で、女らしくて…」
まるでアントワネットそのままの描写をフェルゼンは延々と続けた。
「冗談ではない!」
アンドレが叫んだ。
「俺がそんな女に惚れるわけがない!それはあなたのことでしょう」
「違う。アンドレはわたしだ!」
興奮する二人の男をオスカルは交互に見比べた。
本当のフェルゼンは?
本当のアンドレは?
オスカルはゆっくりと一歩前に出た。
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