作 オンディーヌさま
やがて、馬のひづめの音がゆっくりとなり、馬車はジャルジェ邸内に入った。
出迎えに待っていたのは、執事だけだった。
いつものように、オスカルは武具を執事に手渡しながら、さりげなく、いかにも落ち着いた口調で尋ねた。
「母上が私にご用とのことだが・・・」
「はい、お客様がお待ちでございます」
思わず、オスカルの手が止まった。
これか!?用事というのは・・・?
胸騒ぎの正体がだんだんと見えてきた。
母上が浮き浮きとした心持ちで、私に引き合わせたい人間が待っているのだ。大事な職務の残業もまかりならないとばかりに、使いをよこすほど、母にとっては最重要かつ、好人物なのだ。
オスカルはアンドレをちらりと見た。アンドレはいたって冷静な面持ちのままだった。
オスカルは気を取り直して、さらに聞いてみた。
「それは、どちらのご婦人か?」
「いえ、オスカルさま。男性でございます」
「くっ・・・!」オスカルは言葉をかみ殺した。
最重大事項がたった今、執事の口から告げられたのだ。ジェローデルが父の書斎で自分の帰りを待ち構えていたのは、一月ほど前のことだったろうか。今度は母が、次の候補者を連れてきたのだ。あれほど、結婚の意志はないと伝えたのに。
カッシャーン!!
乾いた音がエントランスに響く。
オスカルが目をやると、アンドレが余裕の笑みを浮かべ立っていた。わざと落とした剣を拾おうともせずに。
もう、あの時とは違う。この一月ほどの間に二人の関係は激変し、そして、その他にも語りつくせぬ様々なことが起こり過ぎた。
アンドレの態度によけい、神経を逆撫でされはしたが、オスカルは努めて冷静に対応した。
「ほほぉ!それは楽しみだな」
「奥様のお部屋でお待ちのはずでございます」
執事の前を離れると、その後のオスカルの歩調は極めて速かった。それに従うアンドレの歩調も同様に。
階段を駆け上がるオスカルの足音にアンドレの足音がぴったりと重なることは不可能で、微妙にずれた二人の足音は早足のポルカのように屋敷内に響いた。
駆け上がりながら、オスカルはアンドレに言い放った。
「おまえ、他人事だと思うなよ!」
「他人事だなんて、思ってもないさ!」
「あのジェローデルでも断ったのだ!」
「次がますます楽しみだ!」
オスカルは足を止め、アンドレを睨みつけた。
アンドレは肩をすくめておどけて見せた。この愛嬌が、オスカルへの沈静効果をもたらす。
「今回は面を拝んでおいてやる気さえ失せる」
「一見の価値くらいはあるかも知れん」
アンドレがにっこり、笑って答えたところで、二人はジェルジェ夫人の部屋の前まで来ていた。オスカルは大きく深呼吸すると、母の部屋の扉をノックした。一呼吸おいて、ドアは内側へと開かれた。
オスカルの姿をみとめると、ジャルジェ夫人は飛び跳ねるようにして長椅子から立ち上がり、オスカルに満面の笑みを湛え、近づいてきた。
おお!これは母上、娘のようなはしゃぎようでいらっしゃる。そのように慌てなくても、いつものように、私の方から参りますのに。顔を少々、引きつらせ、心でそう呟きながら、オスカルは母の部屋の中へとゆっくりと歩みを進めた。
「ただいま、帰りましてございます」
母の手を取り、口付けるが、オスカルが顔を上げるのを待たずしてジェルジェ夫人は言葉をかけた。
「待ちかねていましたよ、オスカル」
ジェルジェ夫人は、自分の手を取っているオスカルの手に、さらにもう片方の自分の手を添えた。
「お客様がおいでとか?」
「ええ、あなた、きっと気に入るわ!」母には珍しくトーンの高い声。
「素敵な殿方だとか??」
「ええ、あなたの好きな方よ!」
・・・・???
ここで、自分の想像とは反対方向に母の言葉が返ってきた。
ちょっと待て!私を好きではなく、私が好きと言われた。ということは面識のある人物で、しかも『私が好き』???
私が好きな男性と言えば、アンドレとフェルゼンと・・・あと誰かいたか??・・・・・・あえて、挙げるなら・・・・・・
「国王陛下でしょうか?母上」
オスカルはかなり訝しげに母を見た。
「まあ、あなたといったら、理想の高いこと!」
そう言うと、母はオスカルの肩を扇でポンと叩いた。
だめだ・・・母のジョークのセンスとテンションの高さについていけない。
暗い表情のオスカルをよそに、ジェルジェ夫人は続き部屋で控えている客人を通すよう、召使いに合図した。
その男はオスカルの帰りを待ちかね、そして、自分の運命を懸ける対面に勢い込みすぎて、扉が開かれるタイミングと足を踏み出すタイミングとがずれ、まるで転がるように夫人の部屋に入ってきたと思ったら、勢いあまって、そのままオスカルの足元へダイブする形で登場した。
オスカルは自分の足元で転んでいる男を、ただただ、冷ややかに見下ろしていたが、その白い鬘の男は動じもせず起き上がると、前にずれた鬘をむんずと掴んで後ろに直し、足を引いてお辞儀をした。
「お目にかかれて、光栄です!ジャルジェ准将」男は目をぱちくりと開いてオスカルを見上げた。
すると、横から男を紹介する母の声が聞こえてきた。
「ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトさん」
オスカルは目の前の男に口元だけで微笑んで答え、その後、冷たい一瞥をくれると、母に向かって歩み寄った。そして、母の腰に手を回すと、そのままくるりと二人して客人に背を向け、窓辺へと急ぎ足で誘った。誘いながら、オスカルは母に小声で問いただし始めた。
「母上、なにか騙されておいでなのでは?いったい、どこから連れてきたのです?」
「あら、マダム・ド・ギーヌのサロンでご一緒になったのよ。あなたが許せば、しばらく当家に滞在してもよいと伝えてあります」
「サロンなど、めったとお出かけにならないのに。それに、作品と人物のイメージのギャップがあまりにも大きすぎます」
「今日のサロンは最低限のお付き合いよ。そして、ムッシュウ モーツァルトはウィーンから出てきたばかりなのですって。まだ逗留先もお決めではないとか」
「サロンで一緒になったと言われるが、母上からの手紙を受け取ったのは昼過ぎですよ」
「午前中にマダム・ド・ギーヌから、手紙を受け取ったのです。あなたの好きなムッシュウ モーツァルトが当サロンに出席するから、ぜひとも起こし下さいと。だから、サロンに出かける前にあなたに手紙を書いたのよ。そうでもしないと、あなたも仕事の段取りがつかないでしょうから」
母は、この著名人を我が家へ招いたのは、いかにも自分の手柄と言わんばかりに、またオスカルの肩を扇でポンポンと二回、叩いた。
が、オスカルには、どうしてもこの白い鬘の男は、世間知らずの母をまんまと騙しているペテン師にしかうつらなかった。
「ジェルジェ准将〜!僕、本物ですよ〜!」
よほど耳がいいのか、振り返れば、その男がこちらに向かってにこやかに手を振っている。
オスカルは母の腰に回している左手を右手に替えると、母子して内回りにくるりと方向を変え、今度は笑みを湛えて、来た道をそのまま引き返した。
「ムッシュウ モーツァルト、あなたはたしかザルツブルグの領主、コロレド大司教から解雇されたままだと聞いているが?」
「おかげで、命令されずに作曲ができます。そして、旅に出るのもこのように自由です」
「ふむ。で、フランスへ来た理由は?差し支えなければで構わんが」
「音楽のインスピレーションを求めて」
モーツァルトは即答し、また、にこりと笑った。
「アンドレ!どう思う?」
「ああ、君がアンドレ・グランディエ君?」
モーツァルトはオスカルの視線の先をつきとめると、アンドレにつかつかと歩み寄った。
「君のことは奥様からよく聞いてる。君が僕によくしてくれるだろうって」
そういうと、モーツァルトは握手のために手を差し出した。
「もちろんです。ムッシュウ モーツァルト。あなたがこちらに滞在することになればですが・・・」
アンドレは握手の前に、問いの視線をオスカルに投げた。
「アンドレ、ムッシュウ モーツァルトを客室にご案内してくれ」
オスカルは小さく溜め息をつくと、アンドレに答えた。
まさか、マダム・ド・ギーヌと母上とが二人そろって、騙されてくるはずもなかろう。それに、天才というのは得てして変わり者だと聞く。
「オスカル!音楽室に一番、近い客室でいいか?」
「ええ〜〜!?呼びつけ!?」
オスカルが答えるまえに、モーツァルトが大声を上げた。
「ジャルジェ准将って、君のご主人じゃないの?」
今度はアンドレが答える前に、呆れ顔のオスカルが早く連れ出すように手で合図を送ってきた。
「それに、君のご主人の鬘はすごいね!あんな豪華な金髪の鬘、初めて見・・・うぐっ!」
アンドレは握手のために、差し出しそうとしていた右手をモーツァルトの口に当て、そのまま引きずるようにして扉の外へ出た。
「あ〜びっくりした!窒息するかと思ったよ!僕、なにか悪いこと言った?」
廊下に出るが早いか、モーツァルトは悪びれもせず、苦情を申し立てた。
「ムッシュウ モーツァルト、君はもっと、言葉に気をつけたほうがいい」
アンドレはアンドレで、廊下へ出るとさっそく、ジェルジェ家滞在にあたり、説教を始めなければならなかった。
「あっあ〜、その呼び方は堅苦しい。どうぞ、ヴォルフガングと。よろしければヴォルフィとでも」
こちらの言うことをいっこうに解そうとしないモーツァルトに、アンドレはたじろいた。
「ああ、大丈夫。僕にそのケはないから。僕は女の子が好き。あとで、パリで一番、かわいい子を集めている店を紹介してよ」
モーツァルトがアンドレに詰め寄っていると、後ろで大きな咳払いが聞こえた。
言わずと知れた、ジェルジェ家次期当主、オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ准将。その溶けぬ氷の美貌に青い焔を湛えながら、大股でモーツァルトに近づいてきた。
「モーツァルト!当家は代々、王家の軍隊を統率してきた家柄である。退廃、享楽を最も嫌う家風だ!そのことを充分に念頭に置いて、滞在されよ!君が当家で作曲に専念したいというなら、滞在を許し、援助もしよう。しかし、君の放蕩の手助けはいっさいしない。いいな!」
モーツァルトはオスカルの大声に縮み上がった。即座に姿勢を正すと、大仰にお辞儀をして見せ、『かしこまりました』の意を表明した。実際、ジェルジェ家に滞在できるかどうかは、モーツァルトにとって死活問題だった。マダム・ド・ギーシュは家にまだ、嫁入り前の若い娘がいるため、この頃、評判の良くないこの天才を逗留させることを断った。そこへ、運よくジャルジェ夫人から慈悲深い言葉がかかった。ここで、ジャルジェ家を追い出されれば、ホテル住まいを余儀なくされる。確かにパリにはセーヌ左岸のサンジェルマン・デ・プレ近辺や右岸のパレ・ロワイヤル近辺に、小奇麗なホテルが点在していた。しかし、上の階の安い部屋でさえ、月に30リーブルも50リーブルもかかる。1階のスウィートなどは月、150リーブルという高値で、もちろん、食事は別料金である。そして、なによりホテルで好きな時間に楽器を弾くことなど不可能だった。ここは、お行儀良くして、なんとしてでもジャルジェ家に滞在させてもらうしかなかった。それに、ジャルジェ准将は別にしても、この家の奥様もこのアンドレも、とても優しそうだ。モーツァルトはジャルジェ准将の毅然とした後姿を見送ると、おとなしくアンドレの案内に従った。
モーツァルトが案内された客室というのは、応接間、寝室、そして連れてきた召使い用の部屋と三部屋続きとなっていた。もちろん、調度も一流品揃い。美術品に囲まれていると言ってもいいほどだった。金塗装の施された一対の肘掛け椅子は、タピストリーの布地張りとなっており、まるでオペラの一幕を写し取ったような絵が描かれていた。窓と窓との間に置かれた大理石のコンソールの彫刻装飾も金塗装され、くすむことなく磨き上げられていた。掛け時計の飾り枠は、左右非対称の植物の装飾の上に女神と天使達がまた、左右非対称に配置され、それが実は時を刻む道具だということを忘れさせてしまうほどの、優美な装飾となっていた。モーツァルトはただただ、呆気にとられた。
「すごい・・・!宮殿みたいだ。僕はよほど、歓迎されているらしい・・・」
「歓迎されるかどうかは、君の態度次第だ。ヴォルフガング」
アンドレの落ち着いた声が、モーツァルトを現実に引き戻した。
「そうだね。君の言うとおりだ」
モーツァルトはとりあえず、このアンドレの助言には従おうと心に決めた。
次にアンドレは客室の隣の音楽室に案内した。その大きな部屋にはピアノフォルテが対面するかたちで2台、クラブサンが1台、そして、ハープにコントラバス。楽器戸棚にはいくつもフルートにヴァイオリン・・・
モーツァルトは息を呑んだ。
「この部屋を自由に使っていいの?」
「ああ、今はめったに使われていない。たまに、オスカルがヴァイオリンを取りに来るくらいだ」
モーツァルトはさっそく、ピアノフォルテに座ると音を確かめ始めた。
「これはウィーンから取り寄せたんだね。新型のピアノフォルテだ。そして、調律も行き届いてる」
音を確かめると、モーツァルトは自分のピアノソナタを弾き始めた。そして、弾きながら、満足そうな笑顔をアンドレに送った。
「その曲はオスカルもよく弾く」
「正直、ジャルジェ准将が女性だというのは信じがたい。いつも、ああやって怒鳴るの?」
アンドレは、声をたてて笑った。
「怒鳴るなんて軽い方だ。悪けりゃ、剣を突きつけられるし、もっと悪けりゃ、短剣が飛んでくる」
「冗談と聞こえないところがすごい」
モーツァルトはピアノを弾く手を止めずに答えた。
「ここなら、落ち着いて作曲できそうだ。家だと妻のコンスタンツェや子供の声がうるさくて、なかなか集中できない。借金取りもやって来るしね。作曲用に友達が森の中の東屋を貸してくれたんだけど、ここも結局、友達が遊びに来て朝までドンチャン騒ぎさ」
借金にまみれながらも、夜は友達を集めてドンチャン騒ぎ。そして、仕事に行き詰れば、こうして旅費のかさむ長旅にも出る。アンドレには、まったく理解できない生活だった。
「アンドレ、君の奥さんは?」
「・・・あっ、いや・・・」
急な質問に、アンドレは口を濁すしかなかった。
「え〜〜!?もしかして独身!?その年で!?」
だが、この天才は無遠慮で不躾きわまりない言葉しか返してこない。
ただ、モーツァルトはどんなに叫ぼうとも、弾いている曲の速度も曲想も変化させることはないというところが、天才たる所以かも知れないのだが。
それよりも、アンドレはこの口の利き方さえも知らぬ無作法な客人を、どうやってトラブルなく、ジャルジェ家に滞在させるかを考えると頭が痛くなってきた。
「で、最近、気になった女性は?」
「・・・そうだな」
まさか、ここで最愛の女性について語るわけにもいかず、かといって軍隊とお屋敷勤めの繰り返しの毎日を送っているアンドレにとって、気に留まる女性の出現などあろうはずもなかった。
「そういえば、最近、変わった女性に会った」
「どんな?」
そう聞いたところで、モーツァルトはソナタの第一楽章をやっと弾き終えた。
「彼女とは木陰のベンチに座って、話したんだが、とってもしっとりとした話し方をするんだ」
「ふぅん、いい感じだね」
ここへきて、ようやくモーツァルトは人の話に興味を持って聞く体勢に入った。
「彼女は話している間中、ずっと白い手を膝の上で揃えたままだった」
「それで?」
「その美しい手で、炊事も洗濯も掃除までもこなしているというんだ。なのに、貴婦人よりもずっと、しっとりとみずみずしい手をしていた」
「不思議だ」
モーツァルトは身を乗り出して、アンドレの話に聞き入った。
「その手の上にずっと、木漏れ日が差して、時々風が吹くと手の上で光がダンスするようにキラキラと輝くんだ」
「こんな感じ?」
モーツァルトはまた、ピアノフォルテを弾き始めた。十六分音符で、綴られる光のダンスの描写はキラキラときらめいていて、その時の情景をアンドレの目の前に再現しているかのようだった。
ここで、やや遠慮がちなノックの音がしたのだが、話に夢中なこの男二人は気づかない。
「まさに、その感じだ。そして、彼女は話し終わると立ち上がって、去っていった。でも、その歩き方もこの国の貴婦人達のようにそろり、そろりとは歩かない。姿勢を正して颯爽と立ち去るんだ。面白いだろ?」
「ああ、まるで行進曲だ」
そう言って、モーツァルトは光のダンスから、少し、勇ましい感じの曲想に展開していった。
「だが、彼女の後姿はとても美しい。彼女にとって、余分なものは一切、ないんだ。時間さえも、無駄にしない。一日の時間を目いっぱい、有効に使っている。だからといって、心に余裕がないわけではない。人を思いやる心で溢れている。素晴らしいと思わないか?」
「ああ・・・」
そう答えるモーツァルトはもう、アンドレの話を聞いていなかった。自分の作りだした曲を完成させるのに夢中だった。作りながら弾いているのに、モーツァルトの指は止まるどころか、ためらいさえ見せなかった。ただ、必死に自分の内側からあふれ出る音楽を、ピアノフォルテで表現しているといった感じだった。
「はあ!出来た!」
最初の連続する十六分音符のきらめきはそのままに、最後は装飾音符もふんだんに、フォルテッシモでその曲は完成した。
「五線譜を持ってこようか?」
「いや、これくらいの曲は覚えていられる。譜面にすることなんか、後でも構わないさ。それより、さっきのご婦人は君の恋人じゃなさそうだ・・・」
モーツァルトの視線は、アンドレにさらに、別の女性の話を催促していた。
「そうだな・・・」
アンドレはモーツァルトの奏でる音楽のせいで、少し、気分をほぐしていた。
「俺の想い焦がれた女性は・・・」
「うん!」
モーツァルトはまたもや、身を乗り出した。
「とても近くにいるのに、とても遠い女性なんだ」
「ああ、それじゃあ分からないよ!彼女の愛は手に入れた?」
「何年もかかって、やっと・・・」
「ワァオ!!で、結婚は?」
「それが、結婚できる相手ではないんだ」
「ああ〜!その子、きっととてつもない借金があるんだ!だから、お店を辞めて、君と結婚ができない。でしょ?」
人というのは、どうしても自分の経験や尺度でしか想像できないものらしい。
「いや、ちょっと違う」
アンドレは苦笑した。
「話しづらいところは省いていいよ。で、彼女はどんな感じ?」
「完璧異常に美しい!髪に触るのさえためらわれるくらいだ」
「ええ!?ちょっとオーバーな表現すぎない?」
「いや、実際、そうなんだ。彼女を見ていたい。彼女に触れたいと思うのに、そう簡単にはそうできない」
「彼女は君のことを愛してるって言った?」
アンドレは微笑みながら、うなずいた。
と同時に、モーツァルトの表情がくもり、声のトーンも下がった。
「なのに、触らせてくれない・・・アンドレ、こう言っちゃ悪いけど、君、よっほど性質の悪い女に騙されているんじゃ・・・」
モーツァルトが言い終わらないうちに、二人しかいないはずのこの部屋から咳払いが聞こえてきた。
「アンドレ、この家の者がそんな性質の悪い女に騙されているようではいかんな」
二人が振り返ると壁にもたれて腕組みをしたジャルジェ准将が、冷ややかな笑みを湛えて立っていた。
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