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予想以上の売り上げに気をよくした陶器商が、あんたの助言のおかげだ、と言って、謝礼をくれた。
商人にはわずかなものでも、一介の新聞記者にはなかなかの金額だった。
無論、ベルナールは断ったのだが、何度かの押し問答の末、結局受け取って帰宅の途についた。
貴族相手の商売方法を取材したい、と嘘八百で頼み込んで同行させてもらった上、金までもらうのは気が引けたが、懐の寂しい折りとて、家計のやりくりに苦労するロザリーの顔が脳裏に浮かび、断り通せなかった。
しかも、そんな苦労をして潜り込んだジャルジェ家では、せっかくうまく目当ての人物に会えたのに、肝心のことを言うつもりが、最後は捨てぜりふを投げつけて、屋敷を後にしてしまった。
国外脱出を助言にいったはずが、陶器の選び方だけ助言して、それで礼金までもらってくるとは…!
ロザリーになんと説明しようかと思うと、日頃陽気なベルナールもさすがに気が滅入った。
だが、いつまでもくよくよしていてどうなるものでもない。
自宅の扉を開けるときには、無理にいつもの強気な彼に戻り、心配顔で出迎えたロザリーに、まず謝礼を渡した。
それから、上着を脱ぎながら、これ以上簡単には言えないほど簡単に、今日の出来事を報告した。
つまり、外国へ行け、と言ったら、祖国と心中する、と言われたので、カッときて、アンドレも道連れか、と捨てぜりふをはいて帰ってきた、と。
正直者だから、自分のセリフもそのまま伝え、相手の言葉も都合良く脚色したりせず、寸劇のように語って聞かせたから、二人をよく知るロザリーには、目に見えるようだった。
「それで、アンドレもか、とあなたに言われたオスカルさまのご様子は?」
と、聞くと、
「なんか、固まっていたな。どうもアンドレのことは、俺にも負い目があるからな。あいつがいいように連れ回したり振り回したりするのが気にいらんのだ」
と、ベルナールが答えた。
年末の二人の様子からして、ベルナールの言葉はオスカルには相当こたえたことが、ロザリーには察せられた。
それにしても、祖国と心中するなど、とんでもないことだ。
ロザリーもその点は夫と全く同意見である。
そしてそれを思いとどまらせる鍵はおそらくアンドレが握っている。
というか、今のオスカルさまにとって彼しかいない。
何も知らないのに、ベルナールが相手の一番弱い所を鋭くつくあたり、さすがに人と人とのつながりのなかで生きる新聞記者だけはある、とロザリーは夫を見直した。
そうとは知らぬベルナールは、勢いをつけて一気に話はしたものの、やはり、満足な結果ではなかったことが申し訳なく、めずらしく弱気な顔を見せ
「まかせておけ、と言ったわりにはこんなザマですまない」
と謝った。
「まあ、ベルナール、そんなことはないわ。きっと大成功よ。オスカルさまは心中なんて馬鹿なお考えはきっと思い直してくださるわ。とってもうまくいったじゃないの」
と、明るい声で夫を励ました。
妻の意外な反応に、単純なベルナールはあっというまに急浮上し、
「そうか?やはりそうか。俺は当を得た助言をしてきたわけだな。ハッハッハ。さすがだ。大したもんだ。考えてみれば、従僕道連れに祖国と心中する貴族なんてちゃんちゃら可笑しいんだ」
と、満足そうに高らかに笑った。
「ねえ、ベルナール、わたし、今からこのお金でお酒を買ってくるわ。あなたがもらったものなんだから、あなたのために使いましょうよ」
とロザリーが言ったので、ベルナールは心底驚いた顔をした。
「ロザリー、いっときの感情でものを言ってはいけないよ。せっかくの臨時収入なんだ。もっと大切に使おう」
と、今度はロザリーがびっくりするような堅実な回答をした。
それから、二人はいつもと台詞が完全に入れ替わった自分たちの会話に大笑いし、二人で一番安いワインを買いに行くことに決定した。
おわり