道  程


雄々しくも堂々と議場前から近衛隊を退却させたあと、ぴったりと自分の後ろをついてきたアンドレを伴い、オスカルは自らブイエ将軍の待つ部屋に戻った。
そして、直訴した。

「わたくしの処分はいかようにも受けます。だが部下は釈放していただきたい。」

将校である自分の処分は軍法会議の上での国王陛下のご判断だが、隊員たちの生殺与奪権は直属の上司たる将軍が握っている。
銃殺執行は将軍の腹次第なのだ。
オスカルは必死だった。
心のありったけををぶつけ、すべてをさらけだして、固い絆で結ばれた部下たち。
その誰一人として命を奪われるなど考えられない。
ましてや12人が全員銃殺などとは…!

だが、オスカルの相手をする間もなく、ブイエ将軍に国王陛下からのお呼び出しがかかり、彼はあたふたと退室してしまった。
二度と勝手に部屋を出ることのないよう、見張りの士官の数が倍増され、それきり彼女は再び軟禁状態となった。
無論、アンドレの同室が許されるはずもなく、彼もまた再び廊下で長いときを過ごすことになった。
長い一日の中でも、またさらに長い時間が、ゆっくりと過ぎていった。

そしてどっぷりと日が落ちたころ、将軍は相当に疲れた顔で司令官室に戻ってきた。
眉間に深い皺が刻まれ、肩はがっくりと落ち、日頃のいかめしい姿からはほど遠い将軍に、オスカルを監視していた部下達も驚きを隠せないようだった。
どっかりと椅子に腰を下ろし、苦虫を噛みつぶした表情で将軍は言った。

「ジャルジェ准将、きみの処分は本日は行わない。とりあえず帰宅するように。」

処分言い渡しの覚悟をしていたオスカルははじかれたように顔をあげた。
「帰って良い、とはどういうことですか?」
「いずれ正式な通達がいく。それまで出仕には及ばぬ。自宅にて謹慎するように。当然ながら軍務証書は返却しない。また、きみの謹慎中の態度が部下の命運を左右する、ということをあえて付け加えておく。今後の行動に部下の首がかかっているのだ。重々留意するように。」

言わねばならないことは言った、とばかりに将軍は大きくため息をついた。
そして、短く「帰る。」と言うと、部下を従えて部屋を出て行った。
監視の将校たちがあわててあとを追い、部屋にはオスカルがひとり残された。
寸刻置かず、アンドレが駆け込んできた。
「オスカル!」
そう言ったきり、アンドレは黙ってオスカルの右肩をつかんだ。
オスカルは襟元をゆるめ、ホーッと長い息をついた。
そしてアンドレの胸に手を当てた。

「どういうことかはわからんが、処分は後日だそうだ。」
「相当会議が長引いたようだな。」
アンドレが青白い顔で答えた。
「そのようだ。結論がでなかったのかも知れん。とりあえず謹慎ということだ。帰る仕度をしてくれ。」
「わかった。すぐ仕度する。」
アンドレは、くるりと身を翻し、走って廊下へ出た。

そしてオスカルは、ついさっき自邸に到着し、それからは部屋にこもった。
一応謹慎ということなのだから、取るべき態度はこれしか思い浮かばなかった。
何も知らない侍女たちが食事のことや、明日の予定など細々と尋ねてきたが、今夜はいらない、と短く答え、またひとりで過ごした。
アンドレはどうしているのだろう、と気にはなるが、謹慎の身であれば、呼びつけるのもはばかられ、侍女が持ってきた蝋燭を、ただぼんやりと見つめていた。

すでに日が落ちてからかなりの時がたっていて、周囲は闇の帳に包まれているため、広い室内に蝋燭が一本というのは、すこぶる心許ない明るさだった。
6月の夜は蒸し暑く、侍女が開け放していった窓からの風で、ゆらゆらと炎が揺れる。
そのはかない一筋の光がまるで自分たちの運命のようだ、と思った。

なんと長い一日であったことだろう。
数えるだけで、事件の多さにめまいがしてくる。

議場に入れず、雨中立ちつくす平民議員。
ドルー・ブレゼ侯への抗議と、それに対する冷たい返答。
そして怒りに満ちたアラン。
平民議員武力排除の命と、拒否宣言。
当然の結果としての身柄拘束。
さらには兵士達の命令拒否と銃殺命令。
近衛隊の代理出動に対する阻止行動。

万全の体調とは言い難い中で、これだけのことが続発した。
しかも処分を待つ身は、おのれひとりではない。
潔く撤退したジェローデルもまた、軍法会議にかかるはずだ。
あのとき自分が出て行かなければ、ジェローデルは間違いなく任務を遂行していたであろう。
否応なく彼を巻き込んでしまった。
今頃、どうしているだろうか。

そして、すでに銃殺刑、と決定されているアラン達。
彼らもまた、自分が命令拒否せず、直々に命令を伝えていたならば、たとえその場で否、と答えようと、一気に銃殺などとブイエ将軍に言われずにすんだだろう。
間に自分が入ることが可能なのだから。
高圧的な将軍の命令に、反感を募らせ、一気に爆発したに違いない。
12名全員が銃殺などという過激な処分がその事実を証明していた。

だが、ふと、オスカルは思い出した。
ブイエ将軍は、君の態度いかん…うんぬんと言っていた。
つまりは執行保留ということか…?
部下を救う道が残っていると言うことだろうか?
さらには、自身の処分保留もまた腑に落ちないことではある。
罪状から言えば、ジェローデルよりはるかに重い自分がこれならば、もしかしてジェローデルの処分はさらに軽いものとなる可能性もある。
行く末に一筋の光があるのだろうか。

自身の判断の結果としてまきこんでしまったものたちの顔が、頭の中をグルグルとかけめぐった。
多くのものの命運が風前の灯火となっている。
一息で消してしまえそうな目前の蝋燭が、それらと重なった。

ばたーん!

突然大きな音がして扉があいた。
見上げると父が剣を持って立っていた。

「勲章と階級章をはずし、そこへなおれ!」
父は、剣を娘の首にあてがい、凍り付いた表情で命じた。
「国王陛下より正式な処分があるまではずしません!」
蒼白のまま、返答した。
「処分など待つまでもない!」
父の怒号が響いた。
「いいか、聞け。たとえすべての貴族が国王陛下を見捨て、平民に寝返ろうとも、このジャルジェ家は、ジャルジェ家だけは、陛下に忠誠を尽くし、最後まで王家をお守りするはずだったのだ。」

父は一旦剣をおろすと、オスカルの真正面に立ち、宣告した。
「この家から裏切り者を出すわけにはいかん。父がこの手で成敗してやる。」

近衛隊一個中隊を威厳で撤退させたオスカルの顔から、一気に血の気がひいた。
剣を構える父に対し、素手の自分に何ができるか。
オスカルは、心の中で、アンドレの名を呼んだ。






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