岐 路
〜それぞれの…〜
牢獄は、当たり前だが、快適ではなかった。
暗くてじめじめとして、そして蒸し暑かった。
フランス衛兵隊ベルサイユ駐屯部隊の一班12名全員が狭い一室に放り込まれたのだ。
命令拒否という罪状が罪状だから、この扱いは無理もなかった。
とはいえ、野郎ばかりが鼻面つきあわせて、処刑の時を待つばかり、というのは、当然ながら極限状況であり、口を開く者はなかった。
アランは一番奥の壁際にどっかりと座り込み、ドルー・ブレゼ侯を切ろうとして隊長に制止されてからの一連の出来事を静かに思い出していた。
持ち場に帰れと言われ、しばらく雨に打たれ、頭を冷やして後、とぼとぼと隊へ戻った。
平民議員は、裏口からすでに議場に入っていて、衛兵隊はそれぞれの担当区域で警邏にあたっていた。
が、やがて緊急召集がかかった。
隊長から次の命令がくだされるのかと練兵場に整列した隊員の前に現れたのはブイエ将軍だった。
そしてその内容は…。
「ただちに会議場に侵入し武力をもって平民議員を追い出すように!」
将軍は馬上から兵士を見下ろし、いたって冷静に命令を下した。
「い、いやだ…。」
誰ともなく声が上がった。
「そんなことできるもんか。」
「おれたちの代表を追い出すなんて…。」
口々に皆がアランに言って来た。
アランは大声で返答した。
「聞いての通りだ。ブイエ将軍どの。第一班は命令にしたがうことを断る!」
ざわざわと兵士たちから声が上がる。
連鎖反応を恐れた将軍は、即座に第一班全員の逮捕を命じた。
縄をかけられ、つながれひきたてられた。
その途中で、兵舎の二階の窓が開き、隊長が顔を出した。
「隊長!」
兵士達は、必死で隊長を呼んだ。
12名全員の名を大声で呼ぶ隊長の顔は蒼白で、後ろから士官たちがとりおさえにかかるのを何度もふりはらっていた。
「待っていろ!かならず助け出してやる!」
隊長は目に涙を浮かべながら叫んでいた。
ああ、隊長もまた、おれたちと同じ事を言ったのだ、とここに来てアランは悟った。
ブイエ将軍に対し、できない、と言ったのだ、と。
だから隊長は軟禁され、命令が将軍直々に下されたのだ。
そして自分自身の身が危ないときに、隊長は部下の危機を察し、絶対に助けてやると、あそこで叫んだのだ。
同じだ。
それが嬉しかった。
隊長と自分たちは同じ気持ちなのだ。
雨の中、自分ではない、別の男にぴったりとよりそい抱えられ遠ざかっていった隊長は、しかし、思想信条において、自分たちと全く同じなのだ。
国民の代表に銃を向けることはできない。
それは彼らを選んだ国民を裏切ることだ。
指揮官としてあるまじき命令違反を犯し、おそらく捕らわれの身である隊長に、部下たちを救出できる可能性は万に一つもない。
隊長自身の首が危ないのだ。
だが、不思議と怖くはなかった。
もし助からないなら、それもよし。
銃殺だ、とあのくそ親父は叫んでいたが、上等だ。
奴らが虫けら同様に扱ってきた下っ端兵士の意地を見せてやる。
アランは、顔を上げ、周囲を見渡した。
そして隣のフランソワの肩をポンと叩いた。
「後悔してるか?」
今までに誰一人聞いたことがないほど優しいアランの声に、フランソワだけでなく、11人全員が驚いてアランを見た。
「あのとき俺ひとりができないといえば、おまえたちはこんなところへ来なくてすんだのかも知れない。それはすまないと思っている。だが、俺は…、俺は今ここにいることを少しも後悔してない。」
「アラン、最初にいやだ、といったのは俺だよ。アランは俺のかわりにあいつに言ってくれたんだ。俺も後悔なんかしてない。」
フランソワがにっこりと笑った。
「俺もだ。」
「お、おれだって…。」
皆が次々にアランの周りに寄ってきた。
「たぶん隊長もいやだって言ったんだろうね。」
ジャンがぼそりと言った。
今度はアランが驚いて目を見張った。
「そうだ。」
ミシェルが力強い声で同意した
「そうに決まっている。だからブイエの親父が自分で命令しに来たんだ。」
「隊長は俺たちと同じ事をしたんだ。」。
皆の瞳が輝いていた。
アランは感極まって、うつむき、それから再び顔をあげた。
「おまえら、そこまでわかってんなら…。」
言葉に詰まったアランにラサールが続けた。
「わかってるさ。隊長が俺たちを助けに来れないってことは…。隊長自身が危ないんだ。」
「ラサール…。」
「だがなアラン、俺は後悔なんかしてない。きっと隊長もそうだ。命令に従って平民議員に銃をぷっぱなすほうが、どんだけ後悔したかしれない。」
「そうだ。俺もそうだ。」
フランソワがうなずいた。
「それに、もし隊長が助かったんなら、きっと俺たちのことを助けに来てくれるはずだ。」
ミシェルが皆を励ますように言った。
「うん。隊長は絶対助けてやる、待ってろ、って言ってたもんな。」
ジャンはうんうん、と首を縦に振り、笑顔をふりまいた。
アランの目から熱い雫が伝い落ちた。
心が一つになっている。
こんな湿気た、狭い牢獄だが、それでも今までの軍隊生活のどの場面よりも、俺たちは結束している。
処刑の日は一週間後か、三日後か、それとも明日か…。
残された日々がどれほどあるのかわからない。
けれども、こいつらとともに過ごし、ともに死んでいくのだとしたら、誇らしくさえある、とアランは思った。
まして隊長と同じ運命をたどれるのであれば、誇らしさに甘美さまで追加できるってものだ。
だが一方で、隊長だけは助かって欲しい、という痛切な思いもあり、隊長の危機に対して、全く無力である自分の存在の小ささが情けなくもあった。
アランは泣き笑いの顔を誰にも見られないよう、壁に顔を押し付け、身体を横たえた。
皆もそれにならって身体を重ねるようにして寝転がった。
自分に決定権のない大きな岐路に立ってしまった彼らは、ひとりではないことをよすがに、これからの長い夜を迎えるため、それぞれの寝床を作り始めた。
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