宴 会
-おまけ-


大変なことになった。
このままでは前回の二の舞だ。
それだけは避けねばならない。
オスカルにつきあって飲んではいけない。
フェルゼンは、オスカルの注いだグラスを持ち、3回目の乾杯を言うや、一気に飲み干し、勢いよく立ち上がった。
「よかろう、オスカル。今夜の支払いはすべてわたしが持つ。おまえの部下の分も、その土産の2本も、全部払う。だからわたしは帰る!」
もはや何がよかろうで、何がだからなのかわからない。
この際なんだっていいのだ。
この場から退散さえできれば、今夜この店に来た人間すべての支払いをしてやったってかまわない。
二度と二日酔いにはにりたくない。
ただそれだけだ。
「アンドレ、馬を借りるぞ!おまえはオスカルと二人辻馬車を拾え。いいか、できるだけみすぼらしいのを拾うんだぞ!」
そう言うが早いか、フェルゼンは店の主のもとに駆け寄り、財布からあるだけの金を渡して、店を飛び出した。
「アドゥマイン!!アンドレ、楽しかったぞ!」

「なんなんだ、あいつは…」
オスカルが目をぱちくりさせている。
「まあ、お気持ちは痛いほどわかる」
アンドレは、自分のグラスを持つと、ゆっくりと口をつけた。
「また明日と言われてもな、明日は仕事だ」
オスカルもグラスをとった。
口から出任せに決まっている。
スウェーデン国王の出国許可を得ずに来たため、ひどくご立腹の国王から緊急帰国命令が出ているのだ。
明日にはベルサイユを出るはずだ。
アンドレとの飲み会は、そんな彼のささやかな願いだった。
今日の午後一番で王妃に目通りし、別れを告げてきたフェルゼンが、次にフランスに来るのは、バスティーユ襲撃の後である。
その頃には、オスカルもアンドレももうセーヌ川を下ってノルマンディーだ。
だが、今夜、そのことを知るものはいない。

「思いもよらない夜になってしまったな。伯爵には申し訳なかった」
「ふん!おまえとフェルゼンが密会とは恐れ入った」
「数日前に、手紙を頂いたんだ。静かに飲みたいと」
「それでわたしをはずしたのか」
「すまない」
「まあいい、今夜はおあいこだ」
「ああ、そうだな。さて、おれたちもそろそろ帰ろう。結局二人になったのなら、続きはお屋敷でいいだろう」
「そうだな。さすがにわたしも、もう充分に飲んだ。アランもフランソワもなかなかの強者だったからな」
「楽しかったか?」
「結局最後まで何が何だかわからなかったが、まあ、楽しめた」
「そうか。ならよかった」
「おまえは?フェルゼンと楽しめたのか?」
「ああ、それなりに」
「それならよかった」

アンドレが店のものに辻馬車を呼んでくるよう頼んだ。
よほどフェルゼンがたっぷりと払ってくれたのだろう。
若いウエイターがすぐに見つけてきてくれた。
充分にみすぼらしい、小さい馬車だ。
「ちょっと狭いな」
身体の大きな二人は身を寄せ合って座った。
急ぐように御者に言ったので、かなり荒い走りである。
アンドレは片手でオスカルの肩を抱き、反対の手を天井について、身体を固定した。
ベルサイユまで、抱いて歩いて帰ったこともあった。
これもフェルゼンがらみだった。
逆に、暴徒に襲われ、オスカルに付き添われて帰ったこともあった。
このときもフェルゼンがからんだ。
フェルゼンの話がよみがえってきた。
わたしのアンドレと言ってくれたのだ。
胸が熱くなる。
「おれのオスカル…」
小さく言ってみた。
だが、反応はなかった。
どうやらいい気持ちで眠っているらしい。
「今夜も星がきれいだろうな」
アンドレはオスカルにそっと口づけを落とした。






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