「さあさ、悔いなき人生を望む者はここに集まれ!若者よ、軍隊へ!栄誉に輝くアキテーヌ連隊へ!王に一身を捧げ、誇り高き人生を歩め!」

 

市場を抜けた広場で、徴兵官が太鼓のリズムをバックに声を張り上げていた。

 

「これ以上、村の若いもんを取られてたまるもんかい!」

「おかげで、売れ残りの娘ばっかり増えてくいっぽうだ!」

 

村のおかみさんや年寄りにからかわれながらも、胸囲よりも腹回りのほうがふた回りほど大きい壇上の徴兵官はひるまなかった。

 

「訓練は週に、たったの三日!あとは自由にしてよし!支度金付だぞ!」

 

 

そこへオスカルたちは飛び込んだ。

「志願する!早くサインを!」

「衛兵隊より、ずっと待遇いいじゃねえか」

そう、つい漏らしたのは、もちろんアラン。

長引いている戦争の中、兵士の数がなかなか目標まで集まらないのに、やきもきしていた徴兵官はいきなり現れた3人もの志願兵に思わず頬を緩めた。しかも3人とも兵士としての体格に恵まれているばかりか、一人は白地に金糸の刺繍をあしらった上着を着、貴族顔負けの雅な風情をしていた。そして、もう1人はきらびやかではないにしても立派なお仕着せを着用し、容姿まで申し分ない。さらにもう一人は裕福には見えないまでも面構えも上々で、いかにもいっぱしの軍人に見える。これは上官からお褒めの言葉を頂くに違いないと3人を満足げに眺めた。しかし、その後にもう1人隠れているのを見つけると、世の中そんなに都合のいいことばかり起こるものではないと認めざるを得なかった。

「おいおい、軍隊に娘は困るぞ」

徴兵官がオスカルたち三人の後に隠れるように立っているディアンヌを覗き込んで、眉間に皺を寄せた。

「これは俺の妹だ。こいつも一緒でなきゃ入隊はなしだ。飯炊き女がいるだろ?」

アランの言葉に、オスカルとアンドレも同調の意を示した。

「わ、分かった。いいだろう。では、兵士3人に飯炊き女1人だ。飯炊き女には支度金はなし」

それで、合意すると3人はさらさらと書類にサインをした。

 

「いたぞーっ!!」

入隊の手続きを済ませたばかりのオスカルたちに、娘と娘の親と村人達が追いついた。

「おいっ!おまえ達、降りろ!」

壇上のオスカルたちに飛び掛る勢いの親達に、徴兵官は驚いた。

「なっ、なにをする!?これらは王の兵士であるぞ!」

「なにが王の兵士だ?そいつらは娘の婿達だ!」

徴兵官はにやりと笑った。

「残念だったな。先ほど、手続きが済んだばかりだ。7年は除隊できん。それまで待つんだな」

「7年も待ったら、娘が老けちまう!行き遅れたらどうしてくれる?」

「では、他を探すことだ」

徴兵官はオスカルたちに奥へ引っ込むようにと促した。

その手を遮って、オスカルは親達の前に出た。

「ムッシュウ、娘達の純潔は、私の名誉にかけて保障する。どうか、他でよい婿を探してくれ!そしてこれは、操正しい娘達の結婚の支度金だ」

オスカルは先ほど、サインと同時に受け取った支度金の入った布袋をアンドレとアランからも取り上げて、娘の親達に向けて投げた。

「イレーネ、マリーズ、私達は命を王に捧げた身。どうか、よい伴侶に恵まれてくれ」

 

本来、今日はディアンヌを連れ、サントノレ通りでアフタヌーンティーを楽しむ予定だった。

それが、パリでは飢えた民衆に追われ危うくディアンヌともども袋叩きに合うはめとなり、すんでのところで「扉」へと逃れた。

そして、今度はいつのどことも分からぬ場所で見ず知らずの娘と結婚されられそうになったところを、危機一髪で軍隊へと逃げ込んだ。

 

一日に二度も起死回生劇を演じたオスカルは、ここにきてやっと本来のペースを取り戻し、娘達を見下ろした。

見れば、やぼったいながらも二人の娘はそこそこ器量よしで、日に焼けた肌も彼女達にはよく似合い、チャーミングといえば、チャーミングだった。

「お幸せに!」

オスカルは心からそう思い、その冬のオリオンを浮かべる瞳でウィンクを贈った。

アンドレも二人の幸せを願って、濡れてきらめくふたつの黒曜石の瞳で微笑みを贈った。

 

納屋でしか寝たことがない羊飼いの少年が、突然、召し使いにかしずかれ薔薇の香油入りの風呂に入れられ生まれて初めて、羽根布団で寝たとしたら。

あるいは、堆肥の匂いと牛小屋の匂いしか知らない田舎娘が、いきなり小奇麗な洋服を着てパリの香水店で働くようになったら。

また、あるいは、憧れの俳優の舞台を天井桟敷でしか見たことのない少女が、一年こつこつ貯めたお金で最前列中央席のチケットを手に入れる。そして、その俳優が舞台で使った薔薇を自分に向けて投げてくれたなら。

こういうとき、人はどういう反応を示すのだろう。

この二人の村娘の場合、脳がその筋肉の神経支配を放棄してしまい、二人はその場で腰がくだけ、地面にへなへなと座り込んでしまった。

「大丈夫か、イレーネ!」

「しっかりしろ、マリーズ!」

 

広場の騒ぎを後に、オスカルたちは連隊本部へと向かう幌馬車に乗り込んだ。

「どうやら、ここは未来ではないようだ」

「田舎とはいえ、1788年にしてはのんびりしすぎているような・・・」

オスカルとアンドレが話しているその横では、ディアンヌに悪い虫でもつかぬようアランがもう1人の新兵をコワモテで威嚇していた。

田舎道に石畳などあろうはずもなく、馬車はでこぼこ道を派手に揺れながら進んでいた。

他の幌馬車には、別の村から集められた暢気な顔の新兵達が乗せられ、同じように揺られていた。

そして、徴兵官はといえば、集めた新兵の数によって支払われる報奨金へと思いを馳せ、馬車の先頭でにまにまとした笑みを浮かべながら、これまた揺られていた。

だが、あと1時間ほどで連隊本部へ到着というところで、いきなり何発もの銃声が響き渡った。

一番、驚いたのは徴兵官だった。せっかく集めた新兵を、こんなところでいざこざに巻き込まれて失ってしまえば、それだけ自分の報奨金が減ってしまうからだ。

徴兵官は馬車から飛び降りると、できるだけ小さな声で幌馬車の御者達に号令をかけた。

「林へ入れ!隠れろ!新兵を一歩も外へ出すな!」

馬車はでこぼこ道をはずれ、林の中へと入っていった。

すると、今度は銃声に続いて女性の悲鳴まで聞こえてきた。

アンドレはオスカルを見た。

「どうする?」

「隠れているわけにいくまい」

馬車の前と後には、新兵が外へ出ないよう見張りがついていた。

オスカルは剣を抜くと幌を、縦一筋に切り裂き馬車を飛び降りた。アンドレもそれに続いた。

アランはディアンヌとともに残ることになる新兵を睨み付けた。

「おい!分かっているだろうな」

アランは新兵の前に立ちはだかると、剣を少し抜いて見せた。

新兵は両膝を抱かえて縮み上がり、大きく二回うなずいた。

「ディアンヌ、すぐ戻る」

そう言うと、アランはオスカルとアンドレの後に続いた。

 

少し走ると六頭だての豪華な馬車が賊に襲われていた。御者や従者はことごとく逃げてしまったらしく、残されたのは馬車の中の主人だけらしかった。

「私が誰だか分かっての狼藉ですか!?」

馬車の中の婦人が、今にも自分に襲い掛かろうとしている賊の一人を睨み据えた。

「そんなことは知ったことか!」

その男は婦人のネックレスに手を伸ばしたが、とたんに婦人の手で払いのけられた。

「私に触れることができるのは、王だけですよ!」

男はその言葉を最後まで、聞き終わらずに地面に倒れた。

オスカルがその男の太腿を撃ったのだった。

邪魔が入ったと分かると、盗賊たちはよけいにいきり立った。

アンドレも剣を抜いて戦っていたが、アランが追いついたのを確認すると馬が暴れださないように前方に回った。

オスカルは銃を左手に持ち替え、剣を抜いた。

右手で剣を交え、左手で遠くの賊を撃った。

盗賊相手の立ち回りなど、いともたやすいことだった。

アランは敵の数が多すぎることを悟ると、馬車の屋根によじ登った。

そして、自分を目掛けて登ってくる盗賊を次から次へと斬り倒していった。

逃げた2,3人を除き、やがてすべての盗賊は傷を負い地面にうずくまってしまった。

 

銃声と剣を交える音が消えると、馬車の中の貴婦人にやっと、安堵の表情が戻った。

「マダム、大丈夫ですか?」

オスカルは馬車の扉を開け、声をかけたが、その貴婦人の顔を見て表情が固まった。

「私が誰だか分かるのですか?」

オスカルは一歩、退いて礼を取った。

「マダム・ド・ポンパドゥール、ご無事でなによりでした」

アンドレは馬が落ち着いたのを確認すると、オスカルの後に立った。

アランは馬車の屋根から飛び降りると、そのアンドレの横に立った。

「よく助けてくれました。そなた、名前は?」

「オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェでございます」

ポンパドゥール夫人は微笑むと自分の胸から薔薇のブローチを取り、オスカルに手渡した。

「オスカル・フランソワ、王の側近は、これが私の物であることをみんな知っています。これを持って城を訪ねていらっしゃい。王にも話し、褒美を取らせます」

「すでにマダムをお助けするという栄誉を頂いております。褒美など、とんでもございません」

口調から、それが真意であると感じ取ったポンパドゥール夫人は、言葉を変えた。

「どうぞ、訪ねてください。私があなたともう一度、話したいのです、オスカル・フランワ」

オスカルはお辞儀で応えると、周囲を見渡してみた。

賊が再度、襲ってくる気配はなかったが、逃げたはずの従者達がぞろぞろと戻ってきた。

おそらく、近くに身を潜めて成り行きを見守っていたのだろう。

それを見て、夫人は激怒した。

「あなた達、恥を知りなさい。立派なお仕着せが泣きますよ」

「どうぞ、戻る勇気があったことは褒めてやってくださいませ」

オスカルの言葉に、夫人は釣りあがった眉を元に戻した。

 

オスカル達が夫人の馬車を見送った直後、近衛兵が駆けつけた。

「王家の馬車を見なかったか?」

すると、今まで林に隠れていた徴兵官が走り出てきた。

「実は賊に襲われているところを私がことごとく退治し、お馬車は道を進まれました」

近衛兵は転がっている盗賊たちと、徴兵官のよく膨らんだ腹を眺めた後、オスカルの白い上着の襟に輝く薔薇のブローチに目を留めた。

「どうやら、勲功は君にあったようだな」

近衛兵は微笑むと、他の兵士とともに馬車のあとを追っていった。

 

 







オンディーヌさまのお部屋








(4)

オンディーヌさま作

Fanfan La Rose