戦闘の朝。

オスカル達が王から貰った三頭の馬に、立派な鞍が付けられた。

とりわけ、オスカルの栗毛の馬に付けられた鞍、くつわ、鐙には金の金具の縁取りや装飾が施されており、実践向きと言うよりも観賞用馬具と言った方が相応しいくらいだった。

オスカルが選んだだけあって、その馬は毛並みも毛の艶もよく、足は骨格も筋肉もしっかりしており、いかにも速く走りそうだった。

ただ、王の馬としてはその面構えにやや精鋭さを欠いていた。

目はとろんとし、寝ているわけではないのだがいつも瞼が半分下りていた。

また、口元はどことなくしまりがなく、やや受け口気味だった。

「おまえ、ほんとに馬かぁ?」

アランが面白がって、その間の抜けた鼻面をペチペチと叩きながらからかうと、その馬は「ブヒンッ!」とくしゃみをした。

おかげで、アランは馬の唾液と鼻水を顔中にあびせられるはめになった。

「なにすんだ!このヤロー!」

馬にまでからみ、その挙句に馬にけんかを売っているアランを、あとから厩に入ってきたオスカルは呆れ顔で眺め、アンドレはこらえきれずに、くっくっと笑いを漏らした。

「アラン、この馬はこう見えてもなかなか頭がいい。まるで私が話す言葉が分かるようだ」

オスカルは馬の鼻面を撫でながらそう言った。

「なあ、おまえ、今日はできる限り速く走ってほしい。できるか?」

「ブヒッ、ブヒッ、ブヒヒヒーン!!」

今まで、気持ち良さそうに撫でられていたその馬は、まるで返事をするかのようにいななき、前足を持ち上げた。

「ほんとうだ。それにこの顔もなかなか愛嬌がある」

アンドレはそう言うと、オスカルの隣で自分の馬の蹄鉄の点検にとりかかり始めた。

「オスカル、やはり一騎駆けは危険だ。どうしてもやると言うなら俺が代わる」

「大丈夫だ、アンドレ。私にはこいつがついている」

首を撫でられながら、オスカルの言葉を聞いていたその馬は再び、いなないた。

「ブヒヒヒーン!!」

「ああ!どうせここは夢の中だからよ!馬も言葉が分かりゃあ、王様も先代の15世陛下ってことよ!」

アランは完全にふてくされてしまった。

「まったく、2万の兵の犠牲だと?3万のうち2万も失って勝利と言えるのかよ!だいたい、村から集められてきた戦力にならない新米の兵士達は弾除けとして使われるんだ、こんちきしょー!」

アランはそう言うと飼い葉桶を蹴り上げた。

桶はカタカタと乾いた音をたてながら、半円を描きオスカルの馬の前まで転がってきた。

その桶を馬が前足でピタリと止めると、アランの方を見て「ブヒン!」と小さく鳴いた。

「アラン、だから私達が戦闘前に出陣する。すべて打ち合わせどおりにやれば、きっとうまくいく」

「フンッ!」

アランは睨み合っていた馬から、目を離すとオスカルとは目を合わさず、自分の馬のもとへ行き、鞍を調整しだした。

準備が終わると三人はそれぞれの馬を引いて、外へ出た。

兵士達は前夜からカツンダ城周囲に陣営を構えており、兵舎にはオスカル達三人と厩番と飯炊き女達しかいなかった。

オスカルはやっと仕上がった華やかな軍服の上に、国王から贈られた鎧を着、兜をかぶり、そしてブルボン王朝の旗を持った。

三人の周りには厩番や飯炊き女達が集まってきて、口々に武運を祈ったが、その中に兄を見送るディアンヌの姿はなかった。

「では、行くぞ!」

オスカルの号令とともに、三騎は走り出した。

空は青く、陽光は父や夫の留守を守る村々にも、いずれ何万もの戦死者を横たえることになる平和ヶ原にも同じようにまぶしく降り注いでいた。

ただ田舎道を蹴る三頭の馬のひづめの音だけが、まるでこれから始まる戦闘の序曲のように田園風景の中、響き渡っていた。

マケナイ城が近づいてくると、三騎は道をはずれ林の中を走った。

そして、城の1キロほど手前から、オスカルだけが道に出た。

栗毛の馬は半分閉じていた目をぱっちりと開け、たてがみを風になびかせて気持ちよさそうに走った。

それと平行して2騎が林の中を進んだ。

木々をはさんで、見え隠れするオスカルにぴったりと吸い付くようにアンドレとアランは馬を走らせた。

マケナイ城に陣営をとっていた敵兵も夜明けとともに平和ヶ原に向かっており、城にはフラントブルグ元帥と将軍達、そして城を守る約100人の兵士が残っているだけだった。

城に掲げられたプロイセン軍の旗がはっきりと見えるようになると、オスカルは馬の脇腹を蹴った。

「さあ、行くぞ!」

「ブヒヒヒヒーン!!」

オスカルは馬に声をかけると、ともに前傾姿勢をとり、さらにスピードを上げた。

ぱっちりと開いた馬の目は血走り、たるんだ口元はきりっと持ち上がり、まるで百戦錬磨の戦馬の面構えだった。

城を目前にすると、オスカルは空に向けて何発か銃を撃った。

アンドレとアランも城に向けて、次々と銃を撃った。

敵を脅すのが目的のため、狙う必要はなかった。

案の定、急な襲撃に敵兵達は驚き、こちらの人数の推測もできぬまま数人の兵士がフラントブルグ元帥の元へ走った。

「奇襲でございます!」

「敵は平和ヶ原の兵士だけではありません!」

「真っ黒な恐ろしい形相の馬にまたがったフランス軍の将校が指揮をとっております!」

「緋色の羽飾りのついた金色の兜をかぶり、まるで軍神マルスのような勇敢さで城に迫ってまいりました!」

「もしかしたら、我々を挟み撃ちにする気かもしれません!!」

不安が不安をあおり、たった三人での襲撃が何百、何千の兵士によるもののように伝えられた。

勝ち戦を確信していたフラントブルグ元帥は敵を追うよう指示を出すと、すぐさま作戦を変更すべく、他の将軍達を司令官室に集めた。

一方、オスカルは城を突っ切ると、追っ手を確かめるべく馬上から振り向いた。

できるだけ、多くの兵を城から引き離したかったオスカルは敵が追いつきやすいように速度を若干、落としてみた。

敵の数が城を守っている兵士の半数以上であることを確認すると、オスカルはブルボン王朝の旗を鞍にくくりつけた。

「私はここで下りる。おまえは全速力で平和ヶ原に向かえ!いいな!」

そう言うと、敵に気づかれないようにまるで曲馬師のように馬の腹にぶら下がり、そのまま林に向けて身を投げた。

馬は、一声いななくと脇腹にブルボン王朝の旗を掲げ、土ぼこりをごうごうと上げながら全力疾走していった。

オスカルは敵兵達が通り過ぎるのを林の中で確認すると、今度は城に向かって走り出した。

もちろん、すぐに援護射撃していたアンドレとアランが見つけ、合流した。

二頭の馬を林の奥深くの樫の木につなぐと、三人は目的の地下道を探し始めた。

林の中は草木がうっそうと茂り、なかなか地下道はその入り口を見せなかった。

「おいっ!これじゃねえか!?」

最初に見つけたのはアランだった。

長い間、使われていないらしく植物が地下道の入り口深くまで生い茂っていた。

その草木をなぎ倒しながら、三人は地下道を進んだ。

「おそらく、昔、物資を敵に気づかれずに城に運ぶために作られたのだろう」

「本当に、城にまでつながっているのか?」

三人はひんやりとした地下道を進んでいった。

やがて地下道は突き当たりとなり、そこは城の地下室らしかった。

その地下室も現在は使われている形跡はなく、1階への階段さえ取り壊されていた。

「はずれそうな床石を探せ!」

飯炊き女の話では、その床石をはずすと広間の中央に出るとのことだった。

「オスカル!どうもこれらしいぞ!」

アンドレはわずかに差し込む光に気づいた。

「よし!」

オスカルは手でアンドレに合図すると、アンドレはオスカルの足を抱き、持ち上げた。

オスカルがそっと、床石を外し、顔を出してみるとそこはまさに、作戦会議の真っ最中。

四本の四角いテーブルの足の間には、何足もの軍用ブーツが並んでいた。

オスカルは扉の位置を確認すると、いったん、床石を元に戻した。

扉から一番遠い位置に立っているのがフラントブルグ元帥に違いなかった。

 

 

 

 

 

 

 







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(7)

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