ルイ16世の処刑により、ルイ・シャルルがルイ17世として即位したと認識したのは、当然ながらごくわずかの人々でしかなかった。
母であるマリー・アントワネット、叔父であるプロヴァンス伯爵を中心とした反革命を掲げる貴族以外には、この少年を王として意識する人などもはやいるはずもなかった。
だが、皮肉なことに革命派は忘れていなかった。
やがて反革命の旗頭になるであろう可能性を秘めた少年。
それを放任するなどという愚策を革命派は絶対に取らない。
というか、取ってはならない。
処刑から半年、7月になって国民公会はルイ・シャルルを母親から引き離すことを決定した。
反革命の精神を植え付けなければならないのだ。

面倒を見るのは靴屋のシモン夫妻と決まった。
泣きくれるアントワネットから容赦なく奪われた少年は、けれどもタンプル塔から出ることはかなわず、結局、母や姉のいる四階から三階に移されただけだった。
シモン夫妻は、国民公会の幹部がアランとベルナールに依頼して連れてきたパリの靴屋だ。
彼らは住み込みのような形でタンプル塔でのルイ・シャルルの生活を世話した。
一見して気の弱そうな夫と美人の妻は、では不似合いかというとそうでもなく、無学なようだが人間の質は結構良いものを持っている、というのがベルナールの評価であり、アランにいたっては、自分の元部下であるから決して革命軍を裏切らない、その意味で信用できる人間だと断言した。


そばかすだらけの靴屋のシモンは、アランの部下であったときの名は、フランソワ・アルマンといった。
先代のシモン親方のところで修行して、いよいよ独立しようとしたとき、ポックリと親方が逝ってしまい、そのまま店を引き継ぐことになった。
ならば、わざわざ看板を変えるのも面倒だと、シモンの名前で店を続けることにした。
そこにオスカルが目をつけた。
ベルナールの話から、早晩ルイ・シャルルが母親と別居させられることはわかっていたので、それならばフランソワを推挙するよう画策したのだ。
ベルナールはもののわかった男である。
たとえ憎い王家のこどもでも、まだわずか8歳。
母親から引き離し、なまじ自分がフランスの支配者などという意識さえ持たないように養育できるなら、その健やかな成長を保証するのはやぶさかではない。
いやむしろ彼の平等かつ公平な精神からすれば、かつて王のこどもに生まれたというだけで幽閉されて育つのは認めがたいものでもあった。

一方のアランは、もはやあきらめの境地に達しているという状況だった。
革命の英雄たるソワソン司令官の、唯一の泣き所である元上司が、ときに恫喝しときに泣き落としで、幼い王子の身の安全を訴えてくるのだ。
ならば会わないようにすればいいのだが、そこは人間、恋情押さえがたいものがあり、ついついラソンヌ邸に足が向いてしまう。
するとここでは圧倒的に優勢な女性軍が、全員オスカルの味方について、お気の毒な王子さまを何とかしてさしあげるべきだ、と責め立てる。
革命派の耳に入れば首が危ない話なのだが、口の堅い彼らは決して外部のものには漏らさない。
オスカル、アンドレ、ルイ・ジョゼフが出てきていることも極秘にしているくらいだ。
この三人はラソンヌ邸の奥深くに住まいして、屋敷から一歩も出ていない。
アランはついに屈した。
ベルナールとともにフランソワを推薦したのである。

国民公会では、この二人に推された靴屋のシモンが有力候補となった。
そして、シモンについてさらに詳しい情報を上げるようアランのもとに依頼が来た。
たとえば家族構成などだ。
子どもの世話をするのだから、できれば所帯持ちがいい、という条件がこのときつけられた。
アランは、内心ほっとして、フランソワは独り身だから無理だとオスカルに伝えた。
だが、オスカルはあきらめなかった。
ディアンヌに頼み込んだのだ。
いわゆる偽装結婚である。
ルイ・ジョゼフが涙を浮かべてディアンヌの前に跪いた。
絶対の秘密ではあったが、長々と逗留させてもらって世話になる以上、隠し事をするわけにいかず、オスカルたちは、ルイ・ジョゼフの素性をラソンヌ医師とクリスには伝えていた。
そして、このたびディアンヌにも打ち明けたのだ。
曲がりなりにも貴族であるディアンヌは、非常に驚きながらも、ルイ・ジョゼフの境遇に深い同情を寄せ、協力を誓ってくれた。
兄にも母にも、夫役となるフランソワにも、ルイ・ジョゼフの素性については言わぬとも誓ってくれた。
「オスカルさまとアンドレはわたしの命の恩人なのです。その方の是非にとのお願いならばできる限りのことをいたします」

それからディアンヌは、しばらくの間、助産の仕事ができなくなるため、ロザリーにあとを委ねる手配を整えた。
ロザリーは、少しく驚きながらも承諾してくれた。
彼女はルイ・ジョゼフが何者かは知らない。
ただ事情があるのだということはわかっている。
自分だって、決して口外できないが、王妃の寵臣ポリニャック伯爵夫人の娘だ。
こんな時勢で公になれば、夫の身すら危ない立場だ。
だが、それでも、今はシャトレ夫人として生きている。
ルイ・ジョゼフの面差しが、かつて宮廷で見かけた王族によく似ているなどと、誰にも言うつもりもなかったし、言う意味もなかった。
それに、何といってもほかならぬオスカルの頼みである。
ディアンヌにしばらく仕事を頼んだゆえ、その間ディアンヌの替わりを努めてほしいと言われれば、身を挺して協力するのは、彼女の使命だった。


だが、この件で、最大最高に驚愕したのはフランソワ・アルマンだった。
知らないところで自分が王子の世話役になっており、しかも所帯持ちになっており、そのうえに、妻はディアンヌだというのだ。
狐に化かされたのか、狸に謀られたのか。
目も口もぽっかりと大きく開けたまま、フランソワは、オスカルの前に立ち尽くしていた。







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そら

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光の天へ…