今回のオスカルの依頼は、本当にロザリーに対する物だった。
ベルナールは、フランソワのときのように、身元保証人になって革命委員会に推薦するだけでよかった。
ロザリーを獄中のアントワネットの世話役につけるために。
革命委員会の生粋のメンバーであるベルナールの夫人だ。
身元保証など誰も要求しないし、必要もない。
彼女がかつてジャルジェ家の遠縁として宮廷に出入りしていたことは、誰一人知るよしもないのだ。
「ロザリー不在の間の子どもの世話は責任をもってわたしがする」
オスカルは断言した。
どうせするのはアンドレだろうが、と思いつつベルナールは首を振った。
「こまやかに子どもの配慮までしてもらって恐縮だが…」
丁重に断ろうとする夫の声に、涼やかなロザリーの声がかぶせられた。
「承知致しました。お役にたつかわかりませんが、精一杯つとめます」
「ありがとう。アントワネットさまも、おまえがそばに付いていてくれれば少しはお心もはれるだろう」
無論、ロザリーを通して、王子の様子も知らせることができる。
それがもっとも大きなねらいだ。
今、オスカルの心が国政や世情に及ぶのと同じくらいに、遠いノルマンディーに置いてきた子どもたちの上にあるのを考えれば、牢獄でアントワネットが最も心にかけているのは我が子のことであるはずだ。
であるならば、その暮らしぶりや成長の様子を、少しでも伝えたい。
それによって悲惨な獄中生活を少しでも慰めたい。
すでに国王が処刑されているのだ。
王妃が無罪であるわけがない。
終身刑に処して危険を放置するほど革命委員会は甘くはないし、まして国外追放など虎を野に放つ行為だ。
王妃をかついでフランスに攻め寄せたい周辺諸国にわざわざえさをやる馬鹿はいまい。
とすれば…。
結論は見えていた。
おそらくアントワネット自身がわかっているはずだ。
「オスカルさまのことを王妃さまのお耳に入れてもかまいませんか?」
ロザリーはまっすぐに尋ねた。
少し答えに間があいた。
それからゆっくりとオスカルはうなずいた。
「もしご下問があれば、偽りなくすべて申し上げてくれ。」
「わかりました」
オスカルとロザリーの会話をベルナールは憮然として聞いている。
拒否権はないのだ。
こっちの夫にも、そしておそらくあっちの夫にも。
ベルナールはここに来て初めてアンドレに親近感を抱いた。
だがあえてその心を押さえ込む。
いや、あっちは見た目も中身も尻に敷かれているが、こっちは違う。
内実はどうであれ、世間的には名の通った新聞記者だ。
自分の意志で動いたのでなければ格好がつかない。
妻の言いなりだなんて…。
「わかった。次の委員会にはかってみよう」
オスカルとロザリーの会話に突然口をはさんだ。
「あら、そんなのんきな…。今からでもかけあってきてちょうだい」
「そうだな。少しでも早いほうがありがたい。時間がないんだ。急がねばならん」
「わ、わかった」
ロザリーはすぐに席を立ち、夫の出発の支度を調えだした。
追い立てられるようにベルナールも立ち上がる。
まったく…とぶつぶつ言っている声は完全に無視され、最高級に優しい声で行ってらっしゃいと送り出された。
ベルナールがバタンと閉められた扉の外でどんな顔をしているか、きっと想像もされないに違いない。
ロザリーは部屋の隅で遊ぶ息子を抱き上げるとにっこりと笑った。
「さあ、フランソワ、あなたもオスカルさまのお手伝いをするのよ。いい子でいることがお手伝いですからね」
何も知らないフランソワは優しい母の抱擁に満足そうだ。
「すまないな、フランソワ」
オスカルも脇からのぞきこんで神妙に謝る。
「大丈夫ですわ。この子は人見知りがなくて助かりますの。それにもともとアンドレにはなついているし…」
このロザリーの屈託なく明るいところがオスカルは好きだ。
苦労といえば、これほど苦労した娘もめずらしい。
それでも、今を生きることに誠実だ。
栄華を極め、そして地獄の底にいるアントワネットのそばで、誠心誠意つとめてくれるだろう。
苦しかった自分の青春時代に心の安らぎとなってくれたロザリーが、今度はアントワネットの救いとなってほしい。
未来の王妃をお守りするのだと誓いをたてた日から二十余年、こういう形でしか役に立てない自分がもどかしい。
結局王妃の運命を救えなかった。
王妃が有罪なら自分も同罪だ。
考え出すと底なしの暗闇に吸い込まれる。
「さあ、フランソワ。夕飯の仕度をするからオスカルさまと遊んでてね」
ロザリーがフランソワをオスカルの元へ歩かせた。
ノルマンディーにいる双子は三歳を過ぎた。
それより少し早く生まれたフランソワはすでに言葉もしっかりとしているし、こちらの言うこともきちんと理解している。
「ムッシュー、遊ぼ」
呼ばれ方がいまひとつなじまないが、ほかに適当な言い方も見つからないので、これで我慢している。
「よし、剣を教えてやろう。どこかにないか?とって来い」
「ママン、剣だって。剣を出して〜」
フランソワは厨房の母親のもとに走っていったが、しょんぼりと帰ってきた。
「ムッシュー、うちにはないって」
「そうか、それは気の毒に。ではお話しを聞かせてやろう」
オスカルは長いすに座ると、かつて子どもたちに毎晩読み聞かせて暗記してしまった昔話をゆっくりと話し始めた。
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