母がミカエルのところに食事を届けに行ったので、ノエルは食堂で父と二人になった。
コリンヌが厨房と食堂を行き来している。
すでに朝食はきれいに盛りつけられて目の前に並んでいた。
だが、父は手を付けようとしない。
母が戻るのを待つつもりらしい。
チラッと父に目をやると、ニッコリ笑い「先に食べてかまわないぞ」と言ってくれた。
安心してノエルはスプーンを取り、スープを口にした。
寒い朝、熱いスープが身体をホカホカと温める。
「コリンヌ、今日も美味しいね」
ノエルは思ったことをそのまま口にした。
「それはようございました。たくさんありますからおかわりなさってくださいね」

コリンヌはノエルの隣にセットされていたミカエルの席をさりげなく片付けている。
「ミカエルさま、お風邪でしょうか」
「そうだね、聖誕祭ではしゃぎすぎて疲れが出たって感じかな…」
「どうしてあんな楽しいことで疲れるんですか?」
またしてもノエルは思ったことをそのまま口にした。
虚を突かれた顔で父がノエルを見つめた。
それからクスッと笑った。
「ノエルは疲れなかったのかい?」
「ちっとも!毎日聖誕祭だったらいいのに」
「では毎日ご馳走を作らなきゃならないからモーリスが大変だ」
父の言葉に、ノエルは過日の食卓の豪華さを思い出し「だったら最高じゃないですか」と叫んだ。
コリンヌが我慢できずに吹き出した。
そしてパンを食べきったノエルの皿に、次のパンを置いた。
「ノエルさまは本当にお元気でらっしゃいますね」
「あったりまえだよ。毎日剣の稽古で鍛えてるんだからね」
「では今度の公現祭はうんとご馳走にいたしましょうね」
「ありがとう、コリンヌ」
「いえいえ、お二人のお誕生日でもあるのですから、夫も腕に力が入るというものですわ」

スープとパンを忙しく口に運ぶノエルは、幼い頃のオスカルの姿そのままで、アンドレは得も言われぬ思いにとらわれる。
もちろんオスカルが食事をしている時に同席したことはない。
ジャルジェ邸でのアンドレはお仕着せを着て今のコリンヌのように給仕をしていた。
引き取られてからずっとそうだった。
窓から差し込む朝日にオスカルの金髪が反射してまぶしくて、身分の違いや立場の違いは歴然とあったが、いつまでも見飽きない光景だった。
今、食卓につき、給仕を受ける側となり、当時のオスカルそっくりのノエルが無邪気にパンを頬張る姿を見ていることが、実は幻ではないかと思う。
突然目が覚めて、自分はやはりお仕着せを着て給仕をしているのではないか。
目の前のノエルは実はオスカルではないか。
アンドレは夢うつつの世界に入り込んでいた。

「待たせたな。おまえも先に食べていて良かったのに!」
隣の椅子が引かれ、オスカルがやれやれと座る。
大人のオスカルだ。
目の前には子どものオスカル、いや、違う。
我が子のノエルがジュースを飲んでいる。
かつてジョゼフィーヌがオスカルのために作った特製ジュースの作り方をモーリスに教え、以来毎朝子どもたちに提供されている。
慣れとは怖いもので、ノエルもミカエルもジュースをこれしか知らないから、そんなものだと思って飲んでいる。
アンドレは左手で自分の額をポンと叩き、現実の世界に戻った。

「かなり咳き込んで、苦しそうだったぞ。医師を呼んだ方がいいのではないか?」
オスカルの言葉にさらに現実が提示される。
「えっ?本当に?」
「ああ、息もできないほどだった。しばらくして落ち着いたら、食事は取っていたが…」
「わかった、昼まで様子を見て、それから考えよう」
オスカルが戻ったのを見て、コリンヌが温め直したスープを持ってきた。
二人そろってスプーンをとり、スープに口を付けた。
「コリンヌ、今日も美味しいな」
母子そろって同じ感想だ。
「ありがとうございます」
コリンヌは頭を下げた。

「ノエル、おまえの調子はどうだ?」
オスカルがそろそろ食べ終わりかけているノエルに聞いた。
「わたしは元気です」
「そうか、それは良かった」
「ミカエルのところに行っても良いですか」
「そうだな、どう思う?アンドレ」
「まあ移る病気とも思えないが、念のため今日は別々にいる方がいいな」
「ということだ。ノエル、今日はミカエルのそばには行かないように」
ノエルはたちまちむくれた。
「つまんないな」
小声でぼやいてるつもりだろうが、オスカルにもアンドレにもはっきりと聞き取れる。
「とりあえず剣の用意をして庭で待っていろ、すぐに出ていくから」
オスカルに言われてノエルは渋々席を立った。
そしてふたたびつぶやく。
「母上と二人か…」
今度は本当に小声だったので誰にも聞きとがめられなかった。
ノエルは扉を開けて廊下に出た。
「寒いから、暖かくしていくんだぞ」
その背中にアンドレが声を掛けた。

「ミカエルはそんなに苦しそうだったのか?」
ノエルの前では聞きづらかったようで、アンドレは扉が閉まるなり、オスカルに聞いた。
「ああ。かなり咳き込んでいた。顔を見た時はそんなでもなかったのだがな。発作のような咳だった。落ち着いた頃には涙と鼻水と汗でひどいもんだった」
「そうか…」
アンドレは首をかしげた。
「食欲はあったんだな?」
「ああ。出されたものはちゃんと平らげてた。それでわたしも少し安心したのだ」
「よし、今度は俺が見てこよう」
「頼む。わたしはノエルの相手をしてくる。ひとりだとつまらんだろうからな」
オスカルとアンドレは、朝食を完食し席を立った







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変わりゆく…
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