大人達全員がそろって出ていったので、ミカエルはノエルとふたりだけで部屋に残された。
双子はしばらくポカンとしていたが、やがてノエルが我に返り、寝台で身体を起こしているミカエルに気づいた。
「起きあがってて大丈夫なの?」
「え?あ、うん。なんだか大丈夫みたい」
もともとなんともなかったので、大丈夫に決まっているのだが、不思議なことに祖父の襲来で、本当に具合が悪かったように思われ、そして嵐が過ぎて快復したように思われた。
「そう、よかったね」
まぶしい笑顔のノエルに胸が痛い。
話をそらせるために聞いてみた。
「おじいさまなんだよね?」
「そう。母上の父上だって」
そこはわかった。
どう見ても父上の父上には見えなかった。
ただ立っているだけでも辺りに発散される威圧感。
そしてその心理状態がすぐに顔に表れるシンプルな性格。
子どもの目にも明らかな相似形だった。

「おじいさまは何しに来たんだろう」
ずっと気になっていた。
「なんかミカエルにやたら会いたがってた」
「僕に?」
意外な答えだった。
「そう。剣の稽古してたら突然やってきて、ミカエルかって聞かれたからノエルだって答えたら、ミカエルはどこだって。だからミカエルに用があるんだなと思った」
「でも僕の顔を見ても何も言わなかったよ」
枕元に立ってこっちをにらみつけてるような感じだった。
「そりゃ具合が悪くて寝てたら何も言えないさ」
悪くなかったんだ…ごめん。
もしウソをつかずに一緒に剣の稽古をしていたら、何の用か聞けたのかもしれない。
それはそれでちょっと怖いけど。
でも気になる。
「もう治ったから、今から聞きに行こうかな」
「無理しない方がいいよ」
無理してる訳じゃないんだ、とは言えなかった。
朝から剣の稽古をさぼったことがばれてしまう。
たったひとつの嘘が次の嘘を生む。
どうしようもないジレンマだ。
「きっと母上や父上が聞いてくれてるよ。ミカエルはもう休んだ方がいいかも」
ノエルはミカエルの肩をポンとたたき、様子を見てくると言ってあっという間に部屋を出ていった。

ついにミカエルは再び部屋に一人になった。
ホーッと大きく息をつく。
祖父の顔が浮かんでは消える。
なんだか怖い人だった。
立ち姿が母とよく似ていた。
周囲を威嚇するところも。
声が大きいところも。
きっと本人にそのつもりはなくても、怖いと思わせる物があるのだ。
もしかしたらノエルはちょっと似てるかもしれない。
こんなことを言うと怒り狂うから絶対言えないけど。
それにしても…。
なぜ自分なのだろう…。
ノエルではなくミカエルを探していたという。
そういう扱いをされたことがなかった。
ノエルと二人でセットであることに、生まれたときから馴染んでいた。
従兄姉のニコールやニコレットやル・ルーは、それぞれの名前を呼ばずに、「天使たち」とまとめて呼んでくるくらいだ。
ル・ルーいわく、「こう呼べばどっちでも間違いなしよ!」
ひどい話だが、天使と呼ばれて抗議もできず、いつしかそんなものだと思うようになった。
だからミカエル単独で用向きがあると言われるのが不思議でならなかった。

ボーッと考え事をしていると、パタパタと足音がしてノエルが帰ってきた。
「どうだった?」
「扉が開いてたから、そっとのぞいてたんだけど、なんだか長い話みたいで、終わらないから戻ってきた」
「そんなに?」
「うん。父上も母上も椅子に座ってお茶ばかり飲んでる」
あっ、聞いてないんだ。
ミカエルはピンときた。
母は聞きたくない話のときはいつもお茶を飲む。
聞きたい話のときはワインを飲む。
だいたい、父はともかく母は、「人の話は目を見てしっかり聞け」といつも言っているのに。
ノエルも同じことを考えているようだ。
「わたしたちが話しを聞いてないとすごく怒るのにさ。もうティーカップも空になってるんじゃないかと思うくらいお代わりばっかりしてるんだ」
「絶対、なんにも聞いてないね」
二人は目を合わせ、笑いながらうなずきあった。
「うん、だからさ、あとで母上におじいさまの用向きを聞くっていうのは難しいんじゃないかと思うんだ」
「でも父上が聞いてるんなら大丈夫じゃない?」
「父上だってお茶ばっかり飲んでたよ」
「そうなの?!よっぽど退屈なお話なんだね」
「きっと母上にしたらクロティルドおばさまのお話くらい退屈なんだよ」
「おばさまのお話は面白いと僕は思うけどね」
「うん。僕もそう思うよ。とくに母上の子どもの頃のお話なんて最高に面白いよね」
そこで二人はもう一度笑いながらうなずきあった。

「とにかくさ、おじいさまの用向きはしばらくわからない。だから、もうミカエルは休んだほうがいいよ。具合悪いのに、もっと悪くなるよ」
ノエルの言葉が思いがけず優しくて、ミカエルは鼻の奥がつんとした。
そして、これ以上心配をかけるのは絶対やめようと決心した。
ミカエルは、ガバッとシーツをめくりあげ、寝台の足元に置いた室内履きに素足を下ろした。
「大丈夫なの?」
ノエルが駆け寄ってきた。
「うん、もうすっかり大丈夫。だからさ、今から一緒におじいさまに聞きに行こう」
力強いミカエルの言葉に、ノエルはにっこりうなずいた。
「よし、行こう!」
天使たちは手を繫いで走り出した。










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変わりゆく…
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