「相当お悪いのか?」
心底心配そうにダグー大佐尋ねてくれた。
アンドレは黙ってうなずいた。
「そうか。実は、すでに上層部から隊長の軍籍離脱についての話は来ていた。御父君が陛下に拝謁なさり、親子そろっての退役をお申し出になったと…。だが、隊長は謹慎中であり、直接伺ったわけではないから、半信半疑でいたのだ。」
大佐は目を閉じた。
「なかなかきつい任務であったことは、わたしが誰よりも知っているから、無理無いことかとも思った。だが、また一方で、どんな困難に出会っても、きっと乗り越えて行かれる方だとも知っているから、このたびの一連のできごとも、隊長ならご自身で消化し、再び指揮をおとりになるのではないか、とも思ったのだ。」
まったく正しいオスカル評だとアンドレは思った。
この透徹したまなざしに何度も救われた。
今、真実を告げずに除隊するのは、本当に心苦しい。
けれど、やはり言うことは出来なかった。
「おそらく限界だと思います。医者は絶対安静を指示して帰りました。しばらくはここから動くこともできないということで…。なにとぞダグー大佐から面会謝絶とご発表ください。」
原因は体調不良ではなく切迫流産だ、などと、どうして言えよう。
ここは軍隊だ。
男社会の代名詞だ。
妊娠など…。
流産など…。
こんなに似つかわしくない言葉はない。
「そうか…。わかった。司令官室は立入禁止とし、しぱらくは、ここを臨時の司令官室としよう。そして隊長が回復されたら、帰宅なさり、以後ここに出仕されることはないということでよいのだな。」
「はい、おそらくは…。」
「残念だ。」
大佐は目をしばたたかせた。
「素晴らしい上官だった。すべてにおいて…。」
後任にはおそらくこの人が任命されるだろうと、アンドレは思った。
オスカルが去ったあとの衛兵隊をまとめられるのはこの人しかいない。
「休職扱いにして、しばらくは隊長代理をおいてもらい、いずれお元気になられたら復職を、とも思ったのだが…。」
無欲な方だ、とアンドレは感嘆する。
自身の昇格を望まず、あくまで副官に徹しようという心映えの見事さに、今度はアンドレの涙腺がゆるんだ。
「オスカルは、いえ、隊長は、後任にはダグー大佐を、と強く要望することでしょう。」
「ああ、それは大変光栄だが、わたしはその器ではない。隊長がいずれお帰りになるというのなら…、それならば臨時の代理職を喜んでおひきうけするが…な。」
オスカルの赴任前もしばらくこの隊長職は空席だった。
前任者が部下に狙撃されたという噂があり、引き受け手がなかったのだ。
そのときも隊長代理は大佐だった。
もしそうできれば、兵士達も納得するだろう。
病気休養と辞職では、意味合いも違えば、与える影響の大きさもかなり違ってくる。
当分は大佐が隊長代理を務め、いずれオスカルが復帰すると説明されれば異を唱えるものはいないはずだった。
だが、ベルナールとの約束は除隊であったし、だんなさまや奥さまのご意向も同じだった。
自分も、事ここに至ったならば、在職など到底看過できない。
そして何よりオスカル自身が、ベルナールとの約束をそういう姑息な手段でかわすのを忌み嫌うであろう。
オスカルはここを去るのだ。
いや、軍隊そのものを去るのだ。
14才から20年にわたって、生活の全てを捧げた軍隊を…。
彼女の全てだった軍隊を…。
そして自分もまたオスカルとともに衛兵隊を辞職する。
オスカルに比べるべくもない短い軍属期間ではあったが、それはそれで感慨があった。
突然のだんなさまのご命令で、まったく無縁だった軍隊に入り、様々な訓練を受けた。
オスカルのためとはいえ、なかなか過酷な毎日だった。
特に入隊当初は、隊長にべったり付いていることを理由に同僚から厳しい目で見られ、幾多の嫌がらせも受けた。
だが衝突を繰り返しながら、いつか仲間もでき、飲みに行ったりもするようになった。
今日のジャンやミシェルのように、釈放直後の疲労困憊の時にでも頼み事をし、また引き受けてもらえる信頼関係を築くことができた。
屋敷での労働とも、宮廷での従僕としての勤めとも全然違うものに出会った場所だった。
離れたならば、どんなに懐かしく思い出すことだろう。
自分ですら、こんなに名残惜しく思うのだ。
オスカルの喪失感ははかりしれないほど深いにちがい。
アンドレは、部下に司令官室立入禁止を指示する大佐へ丁寧に敬礼して、それから自分を待ってくれているはずの人のもとへ急ぎ足で向かった。
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